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顕在化するハイポシシスⅣ

 みれいはベッドに寝転がって瞑想していた。あまり根を詰めて考えていても、真新しい仮説は出てこない。

 そこへ、歯磨きを終えた冴木が欠伸をしながら戻ってきた。


「じゃあ、僕はそろそろ寝るよ」


「あ、冴木先輩。やっと一緒に寝る気になりましたの?」


 みれいは横にごろんと転がってどうぞ、と開いたスペースを手で叩いた。実家にいるペットの伊三郎なら、飛び乗ってくるところだが、残念ながら冴木はペットではない。


「有栖川君は大きな靴下と一緒に寝るといいよ」


「もう、またそうやって……言っておきますけど、私サンタさんは信じていませんの。だって、私の実家の警備に見つからずに枕元にプレゼントを置くなんて、あり得ませんわ」


「……現実的にものをみるのは良いことだね」


「冴木先輩、今日はよく褒めますわね」


 冴木は黙ったまま押し入れから余っているベッドシーツや毛布を取り出すと、ミノムシのようにぐるぐると体に巻きつけて荷物の横に座り込んだ。


「冴木先輩、まさかそれで寝るんですの?」


「別に、僕はどこでも寝られるから問題ない」


「変に意地を張って風邪をひかれても困りますわ」


「問題ない」


「もう……いつでもベッドにいらしていいですわよ」


 みれいはわざと照れたような口調で囁いたが、冴木からの返答はなかった。仕方がない、明日もっといじりたおそう、と考えながら、ふと何故自分がこんなに冴木の事を気にするのかと自問した。


 冴木とは今年の春にミステリー研究会というサークルで知り合った。取り立てて眉目秀麗びもくしゅうれいというわけでもなく、実家のようにお金持ちというわけでもない。だが、サークルメンバーたちがこんなトリックはどうだ、と推敲すいこうした謎を掲示すると、瞬く間にトリックを暴いて細かい矛盾を指摘するのだ。その姿が、みれいの海馬に印象的に残っている。


 そう、まるで自分の好きなミステリー小説に登場する探偵のようだ。


 だが、みれいは自分自身も探偵というものに憧れていた。


 冴木のことばかりになっていた思考をスイッチのように切り替え、今日この黒騎士館で起きた事件の細部を整理しよう、とみれいは鼻息荒く掛け布団に潜り込んだ。


(私だって、名探偵みたいに……きっとやればできますわ)


 みれいはベッドに体重を預け、瞼を閉じる。頭だけ掛け布団からだすと慎重に呼吸を整えて、次に脳に散りばめられた細かい情報を整理整頓することにした。


 まず、るねっとを除くオフ会メンバーがバス停に集い、徒歩で黒騎士館に到着した。この時注意するのは、煙突からは煙が出ていなかったというイーグルの証言だ。


 みさっきーが玄関の扉を開けて、玄関ホールのテーブルに置いてあった黒騎士の紙切れを読む。その指示で、全員が荷物を置いて大食堂に行った。


 大食堂にあった新しい紙切れの指示に従い、イーグル、あんずが調理室へ向かう。そしてその後、シュダが玄関ホールを経由し、一階東通路の男性用トイレに行った。


 すぐにみさっきーも大食堂から西にある談話室を通って女性用トイレに向かっている。実際にトイレまで行ったのかどうか、それを証言できる人間はいない。


 そして男性用トイレに行ったシュダはトイレットペーパーがないことに気付き、調理室に顔を出している。つまり、調理室にいたイーグル、あんずとトイレに行ったシュダがここで再び顔を合わせたのだ。その後、トイレットペーパーを倉庫で入手したシュダは、トイレにいる時に外で雪か何かが落ちるような音を聞いている。


 恐らくシュダがトイレにいる頃、スマートフォンを忘れたたくみんが玄関ホールに行っていた。この時点で大食堂にいるあつボンは一人取り残されており、アリバイがない。


 たくみんはスマートフォンを手にしてすぐに玄関のドアがノックされたと言っていたが、もしかしたら談話室まで行けた可能性があるかもしれない。けれど、この仮説は玄関ホール西側の扉が開かないことにより、難しくなる。二階経由で一階西通路までいき談話室に行くのは時間がかかってしまうからだ。それにこの時点ではみさっきーの死体近くにあった二階の見取り図を確認していないので、二階の間取りが分かっていたとは思えない。


 玄関をノックしていたのは遅れてやってきたるねっとで、たくみんとるねっとはこれが初対面である。彼女は道を間違えたせいで一本遅れたバスで来たと言っていた。


 会話をしている最中に東側からトイレに行っていたシュダが戻ってきて、たくみんはこの時に玄関の鍵をしっかりと掛けた。


「…………」


 周りが皆行動している最中、あつボンは大食堂で何をしていたのだろう。隣の談話室で物音などは聞かなかったのだろうか。それとも、彼がみさっきーを殺したのか……。

 だとすると、荷物が玄関にあるので凶器のナイフを持ち歩いていたことになる。殺してから本を散らかして、何事もなかったかのように大食堂に戻る。彼にそれを誰にも見られずに行えるだけの猶予はあっただろうか。


 それに、シュダやみさっきーのトイレ、スマートフォンを取りに行ったたくみんというのは、黒騎士の指示ではなく、その時偶発的に起きた現状である。あつボンは偶然一人残ったのだ。計画殺人と思われる今回の事件では、最もあり得ないタイミングで犯した殺人ということになってしまう。

 もっといえば、あつボンが紙切れを持っていたというのも頷けない。あの黒騎士からの言葉が載せてある紙切れは、玄関ホールや大食堂、はたまた各客室にまで置かれていた。予め犯人が用意していたとしか考えられない。


 もう一つの仮説はシュダがみさっきーを殺したかもしれないということである。トイレットペーパーを入手したシュダがトイレに行きすぐに東通路の階段を使い二階へ行って談話室まで行って戻った、という仮説。しかし、恰幅かっぷくの良い彼ではその距離の移動に時間がかかりそうに思えるし、そもそも計画的な犯行なのだからトイレットペーパーを忘れるなんていうヘマはしないだろう。


 その後、調理室のイーグル、あんずと玄関ホールからたくみん、シュダ、るねっとが大食堂に現れる。あつボンはずっと大食堂にいた。るねっとを確認したイーグルが調理室に一人で行き、料理を温めて持ってきた。


 そしてみさっきーがトイレから戻ってこないという話になり、るねっとが談話室に向かいイーグルも続いた。そこで、みさっきーの死体を見つけたことになる。


 慄おののきながら、死体の側にあった鍵と書き置きをたくみんが拾い、大食堂に戻った。ここまでが第一の殺人の大まかな概要である。


「うーん……」


 いまいちこれだ、と胸を張って言える仮説が思い浮かばない。冴木なら何かアッと驚く仮説をたてているんじゃないか、と思ってみれいは彼の様子を覗き見たが、ミノムシ状態のままピクリとも動いていなかった。


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