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顕在化するハイポシシスⅤ

 みれいは唸り声をあげて寝返りを打った。まだまだ思考は奥深いところまで沈んでいく。

 もしかしたら、皆が談話室で発見したみさっきーは、その時まだ死んでいなかったのかもしれない、という仮説が浮かんだ。


 だがすぐに矛盾点に気付く。散らかった本に染みた血がどこから現れたのか分からない。それに、死んだように見せるというのは何のメリットがあるのだろう。自分で本を散らかして埋もれるとは到底思えない。それに、たくみんが語った状況とみれいが見た現場状況は酷似していた。やはり、死んでいたのだろう。


「一体どこで殺すタイミングが……最初の殺人はあつボンさんがして、次にそれに気付いた誰かがあつボンさんを殺したのかしら……」


 気を取り直して、第二の殺人のほうへ思考を誘導する。


 最初の死体発見後、全員は各々の部屋の鍵と荷物を持ち、二階へ行ったと言っていた。それは黒騎士の指示である。

 あんず、イーグル、シュダ、たくみんが西側。現在みれい、冴木がいる東側には、るねっと、あつボンが行ったことになる。


 そして、あんず、シュダ、たくみんはそのまま一階の娯楽室。イーグルだけが脱衣所に行った。どれも、部屋にあった黒騎士の書き置きの指示によるものであるのは全員が紙切れを見せ合い確認済みだ。


 東側のるねっとがあつボンの”客室F”をノックして現れないのを確認してから、遅れて娯楽室に来る。その時の騒ぎを聞いたイーグルが脱衣所から顔をだした。

 それからは全員で行動し、各部屋を確認しながらあつボンの捜索。そこに、偶然にもみれいと冴木が来たことになる。


 そして”客室F”はたくみんが確認した限りは鍵が掛かっており、バールで破壊して中へ入った。そこには、ナイフで胸元を刺されたあつボンの死体と丸まったベッドシーツ。それともう一つ、当然のように黒騎士の紙切れ。

 冴木が紙切れを取り、部屋を出て冴木、イーグル、あんず、たくみんは大食堂に戻った。これが第二の殺人の大まかな概要である。


「……全然わかりませんわ」


 みれいは枕を掴んで抱きしめると、大きな溜息を吐いた。


「各自が部屋に行ってから合流するまでにアリバイがないのは、一人だけ脱衣所という指示だったイーグルさんと、あつボンさんと一番近い距離にいたるねっとさんになる。でも、”客室F”は鍵が掛かっていたのをたくみんさんが確認している。それに、いつの間にか暖炉には火がついていた……」


 オフ会に集まった面々を欺き、殺人を行ったのは一体誰なのか。

 いや、それ以前にもう一つの謎があった。それは、誰がこの黒騎士館で夕食の用意をしたのか、プラスして、見取り図などの紙切れを用意したのは誰なのか。


 二階にある黒騎士像が、瞼の裏に浮かび上がる。


 すぐに幻惑を振り払って頭を振った。整理されていたパーツが散らばる。


 血の付いていない脱いだコート。


 調理室の包丁ではないナイフ。


 散らかった本。


 用意されていた料理。


 女性用トイレのスイッチにあった血液。


 男性用トイレの外で聞こえたという音。


 いつの間にかついた暖炉。


 黒騎士の像。


 密室F。


 丸まったベッドシーツ。


 指示が書かれた紙切れ。


 「あっ……」


 みれいの頭の中で流れ星のように何かが閃いた。そのまま体を起こして、暗い部屋を眺める。


「このスタッフルームには、黒騎士の書き置きが記された紙切れがありませんわね……」


 この部屋の鍵をみれいが開けて入った時、冴木が辺りをきょろきょろしてから廊下に出たのは、紙切れの有無を確かめるためだったのか、とみれいは納得する。


 客室AからEまでは行動を指示する紙切れがあり、あつボンのいる”客室F”には指示を示唆するものはなかった。そして、みさっきーが入るはずだったこのスタッフルームには何もない。つまり、みさっきーがここに来ることは初めから想定されていなかったという事になる。


 だとすると、完全に黒騎士の筋書きどおりに事が運んでいるということになるのかもしれない。

 みれいはぶるっと身震いしながら、犯人像を思い浮かべた。


「もしかしたら、共犯かもしれませんわ。いや、偶然二つの殺人計画が交差したのかしら……」


 だとしたら、一体誰なら可能なのだろう。


 現在生きているオフ会メンバーは、ギルドマスターのあんず。彼は皆から慕われているように感じた。少々酒癖が悪そうだが……。


 続いてイーグル。彼はサブマスターとしてギルドにいるようであんずから交代しないかと誘われていた。そして一人だけ黒騎士からの指示が異なっており脱衣所に向かっていた。


 次にシュダ。彼は躊躇せずに毒があるかもしれない料理を平然と食べだした。それに、気が短いのか一度逆上して椅子を蹴り飛ばしていた。


 そしてたくみん。彼がみさっきーの死体に最も接近した人物である。そして、”客室F”でしっかりと施錠の確認を行った人物でもあり、解錠もしている。


 最後に、るねっと。彼女は母子家庭で育ち、母親想いの人に思えた。だがリストカットなどもしていた経歴がある。被害者のあつボンと二階東通路まで一緒にいた唯一の人物である。


 共犯だとするとどうなるだろう。例えば、イーグル、あんず、シュダの三人が共犯だとすると、第一の殺人はお互いにアリバイを作ったと考えられる。あるいは、みさっきー、あつボン以外の全員が共犯……。しかしそれはあまりに突飛な理論である。もしそうだとすれば、もっと確実な方法があるようにも思える。でも一応この可能性も頭の中に残しておくことにした。


「あれ……?」


 みれいは生存しているこの五人の名前を浮かべている途中で何か引っかかった。より深く思考しようかと何度目かの寝返りを打ったとき、突然聞こえてきた声で思考は霧散した。


「有栖川君。独り言はボリュームを下げて言ってくれるかな」


「あら、冴木先輩起きていたんですの?」


「君がいつまでもぼそぼそ言うから眠れないんだよ」


「失礼しましたわ……あの、冴木先輩」


「君、本当に反省してる?」


「るねっとさん以外の、あんずさん、イーグルさん、シュダさん、たくみんさん、って聞いて何か、その浮かびません?」


「まだ事件のことを考えているの? いい加減寝たほうが身のためだ」


 暗くて表情は読み取れないが、冴木が呆れた様子で答えるのが分かった。それでも、みれいは一瞬だけ気になったこの生存者たちが気掛かりで眠れる気が全くしなかった。


「何でもいいので、仰ってください」


「よく分からないけれど、るねっとさんを除くなら西側の客室にいる人達だろう?」


 みれいの頭の上で、小さな豆電球が灯った。


「そうですわ! みさっきーさんのネームプレートがあった箇所にはこの部屋、スタッフルームの鍵。あつボンさんには”客室F”の鍵。亡くなった二人はどちらも東側の部屋に割り振られた人なんですわ!」


「それで?」


「だから、その……るねっとさんも犯人のターゲットか、あるいは、るねっとさんが犯人」


「面白い仮説だね」


「あぁ……何だか疲れましたわ」みれいは目元をぎゅっと押さえる。「その、冴木先輩はどう思います?」


「あのね、有栖川君。僕の率直な意見を聞いてくれる?」


「ええ、もちろんですわ」


 みれいの推理にはまだまだ穴が多い。殺し方や、動機などに全く触れずにふわっとした仮説で納得しかけていたが、冴木の推理ならばいくらでも自分の仮説を手放すことができる。率直な意見を聞き逃さないように、みれいは耳をそばだてた。


「それじゃあ言うけれど」


 冴木が体勢を変えて、イモムシ状態のまま横になった。


「寝かせてくれ」

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