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東雲シンクロニシティⅣ

 調理室に消えるイーグルとるねっとを一瞥いちべつして、冴木は玄関ホールに向かう。右側にある階段を上って二階西通路に行くと、まずたくみんのいる”客室D”の扉をノックした。


「たくみんさん、僕です。冴木です」


 声を掛けると中から物音が聞こえて、寝癖をつけたままのたくみんが寝間着姿でひょっこりと顔を出した。


「何ですか? こんな朝早くに……」


「もうすぐ朝食が出来るので、呼びにきました」


「ああ、朝食か。行くよ、ちょっと待ってて」


「じゃあ僕はシュダさんを起こしてくるので」


「オッケー」


 冴木は扉を閉じてから少し北側に歩き、今度は”客室C”の前に立つ。そこは、シュダの部屋だ。


「シュダさん、おはようございます。冴木です」


 声を掛けてノックすると、すぐに扉が開いた。


「おはよう、冴木さん。さっきたくみんの方を起こしてただろ?」


「起こしましたよ」


「こっちまで聞こえてきたから、起きたよ」


 シュダがお腹を掻きながら笑った。どうやら彼はTシャツにトランクス姿で寝るらしい。暖房があるとはいえ寒くはないのだろうかと、冴木は不思議に思った。


「結構音が聞こえるんですね。じゃあ、あんずさんも気付いたかな」


「さぁ、どうだろう。とりあえず僕は着替えるよ」


 シュダが「じゃあ後で」と言って扉が閉じる。


 冴木はイーグルがいた”客室B”を通り越し、あんずがいる”客室A”に行く。起きていることは知っているので、軽く扉をノックした。


「あんずさん、るねっとさんが待っていますよ」


 しばらく待ったが、返事はない。試しにドアノブを回してみたが、鍵が掛かっていた。


 変わりに音を発したのは”客室D”の扉である。服を着替えたたくみんが、眠そうに現れてこちらに歩いてきた。


「あんずが起きないんですか?」


「いや、起きてはいます。朝から大食堂にいて、一度部屋に戻ると言っていたんですけれどね」


「二度寝してるんじゃないか?」


 思い返してみるとあんずは朝からワインを飲んでいた。ひょっとして二度寝するということもあるかもしれないな、と冴木は思った。


 今度はたくみんが扉をノックした。だが、帰ってくる音はない。


 次は”客室C”の扉が開き、シュダがのそりと姿を現した。彼も冴木とたくみんを見て、訝しげな表情を浮かべながら緩慢な動きでこちらに歩いてくる。


 たくみんが簡単に事情を説明すると、シュダは首を傾げて考え込んだ。


「違う部屋に行っているんじゃないか?」


「でも、冴木さんの説明じゃるねっとさんがコーヒーを用意してくれるからすぐ戻ると言っていたんだろ? だったら、おかしいだろ」


「あ、じゃあ入れ違いで大食堂に行ったんじゃないか?」


 シュダがお得意の閃きポーズを見せたが、それは考えられない仮説だった。


 何故なら、二階西通路から一階に降りてしまうと玄関ホールに続く扉に板が打ち付けられていて通れないのである。更に談話室にはみさっきーの死体があるので、そこをわざわざ通るのはあり得ない。つまり、あんずのいる”客室A”から大食堂に向かうには、まず二階の像がある場所から一階の玄関ホールに降りて大食堂に続く大扉を開けるのが最短ルートになる。


 だが冴木がその道を歩いてきたのだ。当然ながら、誰ともすれ違ってはいない。

 たくみんが恐る恐る、ほとんど独り言のように呟いた。


「なぁ、もしかしてあつボンの時みたいに……」


「や、やめろよたくみん。物騒なこと言うなよ」


「やっぱり気になる。俺、またバールを持ってくる」


「……待て、なら僕もついて行く。途中で娯楽室と大浴場……あと電気室を覗こう。もし見つかれば、またここに戻ってくる、それでいいだろ? 冴木さん少し待っていてくれますか?」


「分かりました」


 冴木が肯首するとたくみんとシュダは弾かれたように走り出した。正直にいうと朝からあちこち動きまわる気にならなかったので、ここで留守番というのは願ったり叶ったりだった。あの二人は寝起きだというのに、よくそんなに体が言うことをきくな、と冴木は感心した。


 それにしても、あんずは何処へ行ってしまったのか。


 その答えを導き出すために、冴木の頭が徐々に回転数を上げていく。車がギアを上げていくように次第に明瞭になっていく思考は、たくみんとシュダが戻ってくることにより一時停止した。何分経ったのか分からなかった。冴木の頭は今現在パーキング状態である。


「冴木さん、どこにもいませんでした」


 すっかりバールを持った姿が板についたたくみんが、息を切らしながら首を振った。

 三人は目で合図して、”客室A”の扉を壊すことにする。どちらにせよ、もう既にあつボンを見つけ出す際に”客室F”の扉を一度壊しているので、躊躇はなかった。

 たくみんがデジャヴのようにバールを扉に叩きつけ、鍵の上部を壊す。


「冴木さん、鍵を開けてもらっていいですか?」


「心配しなくても、鍵は掛かってましたよ」


 冴木が手を入れて、鍵を開ける。怪我をしないようゆっくりと手を抜いてからドアノブに手を掛けて押したが、何かに引っ掛かった。


「え? どうしたんです?」


 シュダがおろおろと隙間から部屋を覗こうとする。


「何かが引っ掛かっていて開きませんね。たくみんさん、シュダさん、ちょっと一緒に押しましょう」


 三人が力ずくで扉を押し込むと、ようやく人が一人入れそうなスペースだけ開くことが出来た。


「あー、僕は太っているから入れなさそうだ。冴木さん、中を見てもらえます?」


 面倒だな、と思ったが了承した。冴木も少なからずあんずの行方が心配だったからである。


「分かりました。とりあえず引っ掛かっているものをどかしますよ」


 冴木が部屋の中に体を押し込んで扉を確認すると、ベッドの横に置いてあるはずのサイドテーブルがバリケードのように置かれていた。これが邪魔をしていて扉が開かなかったようだ。


 冴木はサイドテーブルをずらして扉を全開にして、たくみんとシュダを部屋に招き入れる。

 三人が列になり部屋の奥に行くと、ベッドの死角になる部分に、今朝方みたあんずの服の袖が見えた。


「あんずさん?」


 冴木はベッドに近付いてあんずを確認する。


 そこにいたのは、胸にナイフを生やしたあんずの姿だった。


「うわっ! あ、あんず……! 嘘だろ!」


 たくみんが慄いて倒れかかり、シュダが咄嗟の所でそれを防いだ。

 冴木はそんな事には目もくれずにあんずだったものを注視した。先ほどまでパーキング中だった脳みそが、アクセルを一気に踏み込むことでキックダウンして迸った。


 あんずの顔面には、十字の切り傷がついている。だがそれは、あつボンの傷と比べると浅いものに感じた。そして胸に刺さっているナイフは、調理室で見た包丁に酷似している。溢れた血は、服と床の絨毯にまだ新しさを感じる生々しさを残していた。


 そして死体の横には、まるでそこにあるのが当然であるかのように、”客室A”と記された鍵が置かれていた。

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