突然、遠くから聞こえてきた「ばうっ! ばうっ!」という犬の鳴き声に、月音とハルキは顔を見合わせた。
「サモエド!」
月音が声を上げると、すぐにその姿が見えた。白くふわふわした毛並みのサモエドが、元気よく走り寄ってくる。まるで久しぶりの再会を喜ぶように、尻尾を振りながら駆けてくるその姿に、月音の胸が少しだけ温かくなった。
サモエドが二人の前で止まり、嬉しそうにジャンプしてみせる。月音はその柔らかな毛に手を伸ばし、優しく撫でる。
「お前、どうしてこんなところに……」
月音は微笑みながら言った。
すると、サモエドはまるで「こっちだよ!」と言わんばかりに、前足で地面を軽く掻いて見せた。その後ろ姿は、どこか得意げだ。
「サモエド、何か言いたいことがあるのか?」
ハルキが少し疑問そうに言うと、サモエドは元気に振り向いて、二人に向かって走り出した。
「おい、待てよ!」
ハルキが慌てて後を追いかけると、月音も続くように走り出した。サモエドの後ろ姿が、確信に満ちた足取りに見えた。
しばらく走った先で、サモエドがゆっくりと走るのを止めた。
森の中、小さな湖のほとり。日は沈み、闇に満ち始めた森の中は神秘的で、どこか恐ろしくもあった。
そこには、静かに佇んでいるオルテリアが立っていた。
彼女の姿はどこか不思議で、まるで周囲の風景と溶け込んでいるように感じる。
オルテリアはゆっくりと振り返り、月音とハルキを見た。その瞳は、どこか落ち着きと知恵を感じさせるものだったが、同時にその目には深い謎が隠されているようにも見えた。
「オルテリア……!」
月音とハルキが足を止め、警戒を強める。
オルテリア。サモエドを攫った、あの女性だ。
ただ、昨夜に逢った時のような恐ろしげな雰囲気はなく、落ち着いた女性らしい空気をまとっている。
「ようこそ」
オルテリアは、月音たちの視線を受けると、静かに微笑んだ。
サモエドはオルテリアの足元におとなしく座り、再び尻尾を振っている。月音とハルキは互いに一瞬目を合わせ、そして少しずつオルテリアの前に歩み寄った。
――サモエドは彼女にすっかり懐いているようだ。
月音は少し戸惑いながらも、オルテリアに問いかける。
「なんでこんなところに……?」
オルテリアは静かに頷き、目を細めて言った。
「あなたたち、エルストから離れたのね?」
月音とハルキは見つめあい、しばらく逡巡したのち、ゆっくりと口を開いた。
「あなた、エルストのこと。それから罪のこと、知っているの?」
オルテリアは小さく、くすりと笑い声をたてる。
「ふふ、そうね。少なくともあなたが思っている以上には知っているわ。
どうかしら、その様子では今日の宿もないのでしょう。私たちの屋敷で食事でもしながら、この世界の話、それからエルストの話をすこしする、というのは」
彼女の隣で、サモエドは期待に満ちた表情で月音たちを見つめている。
ハルキは月音の腕をちょんちょんっと叩き、耳元に顔を寄せる。
「……どうする? オレはいいと思うけど。他に当てもないし、サモエドも信用しているみたいだし」
「そう、だね……。エルストのこと、聞きたいし」
こそこそと話し合いながらも、月音の胸の中では最初から気持ちは決まっていた。
「決まったようね。さあ、行きましょう」
オルテリアがさっそうと身をひるがえして歩きだすと、サモエドはリードもないのに彼女に付き従うようにゆっくりと歩きだした。