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第二十話「バルクネシアタワー攻略作戦」

「……! い……いっ痛ぁ……!」


 銃の反動というものは大変恐ろしい。

 引き金を引いた瞬間、爆発の衝撃が手、手の甲、腕へと伝わって激痛が走った。


 ――私は地下拠点内の射撃訓練場で銃の練習をしている。


 私が持っている銃は平沢さんの銃で、ベレッタM93Rという銃らしい。

 見た目は好きだけど、自分が銃を撃つ立場になると評価が変わる。

 さっきから私の右手、右腕を痛めつけるこの銃のことが憎たらしくなってきた。


 『バルクネシアタワー攻略で進士君を動かせない』


 ふと、麗香さんの言葉が脳内に蘇ってきた。

 確かにそうなのかもしれないけど……!


 でも、私はちょっと前まではただの一般人だったんだよ!?

 いきなり本格的なスパイの仕事はできないよ!


 銃弾を的に当てることなんて全くできない。人型に象られた的に一発も命中していないし、全弾丸が明後日の方向へ飛び散らかっている。


 一番酷いのは、私の真上の天井に命中している。


「はあ……こんなの無理だよ」


 ゴトリ。

 銃がテーブルの上に置かれる鈍い音が、訓練場内に響いた。


「こらこら。安全装置をオフにしたまま置いちゃダメだよ」

「え……!? たしかアナタは……」


 ――なぜこの場所にいるの?

 私に声をかけた人は、とても意外な人物だった。


「久しぶり。長谷川美琴ちゃん。ボクのこと覚えてる? 鈴谷昴だよー」


 声のする方へ振り返ると、パンク系ファッションをした金髪ショートボブの猫顔美女が立っていた。


「鈴谷さん……」

「昴でいーよ。歳も変わらないし敬語も使わなくていいよ。ほら、汗拭いて」

「それじゃあお言葉に甘えて。あ、ありがとう。」


 渡されたタオルを受け取り、汗をぬぐった。


「美琴って戦闘訓練受けてない一般人でしょ? そりゃあいきなり大仕事任されると怖くなるよね。まあ、情報収集がメインの活動だから戦闘になることは滅多に無いと思うけど」


「うん……。でも、怖くてたまらないよ」

「そっかそっか」


 昴はニヤニヤしながら銃が置かれたテーブルの前に立った。鋭い眼差しと、笑顔で「ω」の形となった口元から猫っぽい印象を受ける。悔しいけど可愛い。 


「そうだよね。でも、ボクはキミに興味があるんだ」

「興味?」


 昴は私がテーブルの上に置いたM93Rを右手で持つと、そのまま片手でマガジンに入っている分の銃弾を全て撃った。

 5発分の激しく、重い銃声が訓練場内に響き渡った。


「す……凄い!」


 全ての銃弾が的の中心を貫いていた。


「どう? これだけ凄いボクがキミに興味を持っているんだよ? ということは、キミも同じくらい凄いってことだよ」

「……ありがとう!」


 なんてカッコ良い元気づけ方!

 平沢さんの何倍も格好良いよ!


「その……昴は私のどういうところに興味を持っているの?」

「それは自分で考えてよ」

「ええ……」


 まあ……こういう事は人に教えられるよりも自分で気づいた方が良いのかもしれない。

 昴の真っ直ぐで、神秘的で、芯の強い眼差しを受けてそうおもった。同時に、胸の奥が温かくなり、身体中に力が漲ってきた。

 もう少し、自分自身と向き合ってみよう!


「そういえば……なんで昴がここにいるの?」

「ボクはキミ達から情報を受け取る側だからね」

「公安外事警察?」

「まあ、そんなとこ。だから今回の会議に呼ばれたんだよ」

「そういえばもう会議が始まる時間じゃん!」


 時計の針が、会議が始まる5分前を示していた。


「どうしよう! 汗かくからメイクしてないんだよね」

「ははは! 大丈夫だよ! 美琴はメイクしてなくても可愛いよ」


 昴のカッコイイ声で言われると、少しドキリとしてしまう。

 私は昴に背中を押されながら、平沢さん、真里お嬢様達の下へと向かった。


 ◆◆◆


「美琴ちゃん大丈夫?」

「うん。まあ、なんとか」


 ノーメイクで会議の場に突撃したけど、顔面の事よりも精神面のことをまず心配された。真理お嬢様が心配そうに声をかけてくれたけど、昴から元気と自信を貰えたからなんとかなりそうだけども。


 ――平沢さんと目が合った。

 一瞬申し訳無さそうな表情をし、そのまま視線を落とした。なんか調子狂う!


「貴女にとって過酷な状況を作ってしまって申し訳ないけど、その分私にできる事はできうる限りサポートするわ」

「……いえいえ」


 このハーブ狂い女!

 苦笑いで受け答えをしたけど、正直この人に対してちょっとだけイライラしてる。状況的に私がやるしか無さそうだけどさぁ……だからといって、新人スパイにいきなり重大任務押し付けるのも違くない!?


 会議に参加しているのは私、平沢さん、真理お嬢様の3人に加えて麗香さん、昴の二人。計5人でモニター前に集合している。


「まず、俺達は『真実を語る足長おじさん』というアカウント名のインフルエンサーを追っていた。しかし、痕跡の一つも残さず消えていた。俺達に残されたのは、奴がこの地で活動していたらしいという情報と、奴が広めていたコミュニケーション用チャットアプリケーションのみだ」


 平沢さんが眉間に皺を寄せながら話し始めた。

 モニターに映し出されているチャットアプリのアイコンが何だか目の形のように見える。


「平沢さん、コミュニケーション用アプリってことは、そのアプリで潜入して情報を得る事はできないの?」


 ふと疑問に思ったことをぶつけてみた。

 それについては代わりに真理お嬢様が答えてくれた。


「わたくしも試してみましたが難しかったですわ。情報が多すぎるし、整理されてない。個人が自由につぶやいたりグループチャットで会話していくから……実体を持たない雲を掴もうとしている感覚に陥ったわ」


「組織の実体が無い……何だかトクリュウみたいだね」


「トクリュウ――いわゆる匿名・流動型犯罪グループですわね。美琴ちゃんの言うイメージに近いと思うわ」

「そーそー。美琴は良い『嗅覚』をしているねぇ」


 昴が私の目の前に立ち、見つめてきた。

 まるで私の全てを見透かすかのように。

 というか顔面良すぎて破壊力ヤバイから勘弁して。


「核となる中心メンバーは存在するだろうけどねー。うまくアプリやSNSを使ってヒトを動かし、犯罪を実行させているみたい! だったら、あらゆる情報が集まってそうな所を奪っちゃえばいいよね!」


 真理お嬢様がモニターにバルクネシアタワーを映し出した。


「そう。鈴谷さんが言って下さったように、この中央棟に設置されているサーバーから情報を盗むことができれば手がかりを掴めると考えています」


 真理お嬢様がUSBメモリを机のうえに置いた。


「もしかして……ビル内に潜入してこのUSBを直接サーバーに挿してこいってこと……?」


 映画で見る潜入シーンを脳内に浮かべながら、恐る恐る聞いてみた。しかし、結果は最悪だった。


「半分正解。正確には、ビルの外から潜入してほしいの」

「……」


 口を開けたまま放心してしまった。


「これから本格的な作戦になるから美琴ちゃんのことコードネームで呼ぶ必要があるわ。『Ms.007』というあだ名をそのまま使いましょうか?」

「……うん」


 もうどうにでもなれ。


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