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第二十一話「年下の男」

 行ってきたよ。


 現在、入国時に空港から私と平沢さんを拠点まで運んでくれた飛行ドローンに拾われた所。


 ドローンの上で大の字になって、星空を見つめている。

 ああ……風が気持ちいいなぁ。


 って、無理無理無理無理無理!!!! 

 マジ死ぬかと思った!

 というか、ほんとにスパイ映画みたいなことしちゃった!


 少し前まで自分があんなことしてたなんて……実感がない! 思い出しただけで今も身体が震えちゃう!


 これはさぁ……平沢さんに責任取ってもらわないといけないよねぇ。

 あの能面みたいな無表情をぐちゃぐちゃにしてしまいたい。最近無表情が崩れてきたけど、あれじゃ足りない。

 もっともっと破顔させてやる!!


 ――ふと、出発前に私を見送る平沢さんの申し訳無さそうな表情が脳裏に浮かんだ。


 あんな顔、平沢さんに似合わないよな。


 拠点に戻る最中、平沢さんに仕掛けるイタズラについて思考を巡らせた。


 ◆◆◆


「平沢さん!」

「……!?」


 拠点に戻るなり着替えず、そのまま平沢さんの部屋の扉を勢いよく開けた。

 平沢さんは驚いて肩をビクッとさせた。


「ご褒美ちょうだい!」

「な……なにを?」

「当ててみて!」

「……!?」


 ははは。ざまあみろ!

 めちゃくちゃ困惑した表情をしてる。

 ずっとベッドに腰掛けて俯いていたみたいだけど、顔に張り付いていた暗い表情を吹き飛ばすことができたようだ。


 でも、私は少しイジワルをしたい。どうしてもしたい。

 だから、私がしてほしいことについて教えてあげない!


「いや……その……よくやった。とても良い仕事だった」

「……」


 言葉で褒めてくれるのは嬉しい。でも足りない!

 わざと無言で頬を膨らませ、そっぽを向いた。


「み……美琴。よくやった」

「ふん!」


 任務中にちゃんと名前を呼べと強請ったことを思い出したのだろう。でも、普段から美琴呼びでしょ? もっと特別なことをしなさい!


「その……こうか……?」


 平沢さんが膝を差し出した。

 だから、私は無言のままベッドに横たわり、膝を枕にした。


「ん!」

「な……何だ?」

「ん!!」


 平沢さんが恐る恐る私の頭を撫でた。


「ふふふ」

「な……何だよもう……」


 思わず笑ってしまった。

 すっごい情けない顔!

 でも、大分マシな表情になったようだ。


「その……本当に申し訳なかった。本来なら俺がやることなのに」

「別にいいよ。困った時はお互い様でしょ。逆にちゃんと私に頼ってくれて嬉しかったわ」

「……!?」


 平沢さんは目を見開いた。

 そして、なぜか泣きそうな表情になった。


「……そんなことを言う人は2人目だ」

「2人目? 真理お嬢様が1人目?」


 平沢さんは懐かしい情景を思い浮かべているのだろうか。

 穏やかな表情で首を振った。


「いや、俺の姉……姉貴分だった人なんだ」

「ふうん」


 別の女の話で少しもやもやした。

 しかし、私のお姉ちゃんの姿が想起された。


「俺は人に頼るのが苦手だ。全部自分でやらなきゃいけないと思っていた……そもそも、人にお願いする方法も分からなかった」

「ああ、その気持ちわかるわ」


 私も元々そういうタイプだった。

 自分一人で抱え込んでパンクする度にお姉ちゃんに怒られた。


「人に頼ることも強さなんだ、と何度も言われたよ」

「なにそれ。私もおんなじ事何度も言われたよ」

「それは、美琴のお姉さんか?」

「そうだよ。なんか似てるらしいね。私たちのお姉さんは」

「そうらしい」


 懐かしい。

 私たちの大切な思い出。

 最近トラブルの連続だったから、久々に心が安らいだかもしれない。平沢さんも同じなのか、滅多に見せない穏やかな笑顔をしている。


「なんか、美琴はその人に似ている」

「お姉さん扱いしないでくれる?」


 私の方が年下なのにお姉さんはおかしいだろ。

 年下の姉とか矛盾した存在にも程がある。

 ……いや、アイドルゲームのアプリでそんなキャラいたな。


「で、そのお姉さんという人はどういう人だったの?」

「初めて俺に優しくして、人間扱いしてくれた人だ」


 ――人間扱い。

 伊邪那能力開発局と関係がありそうな言葉だな。


「優しくて、純粋で、涙脆い人だった。普段は呆けているのか、ミスが多かったり物忘れしたりしていて……この人大丈夫なのかと思っていた」

「私のお姉ちゃんもポンコツだったな。持ち物よく無くしたり、宿題忘れて先生に何度も怒られてたわ」


 言う事だけでなく、普段の様子も似ているらしい。


「でも、いざという時は誰よりも強かった。姉のように、チームの皆をいつも守ってくれた」

「チーム……ね」


 ――ふと出てきた「チーム」という言葉。

 私が与り知らぬ組織に所属していたのだろう。


「そっか。でもさっき私とその姉貴分の人が似てるって言ってくれたけどさ……私そんなに強くないよ。いつもいっぱいいっぱいで精一杯乗り切ってるだけ。銃の扱いなんてセンス無さすぎて真上に撃っちゃうくらいだし」

「そんなこと無い!」


 平沢さんが力強く否定してきた。


「そんなこと無い。美琴は強い。今もこうやって俺のことを……俺のことを……」

「ありがとう。でもどうなんだろう。私はやりたい事してるだけだし。守ろうとしているのとは違うかもしれない。ただの気まぐれよ」

「気まぐれ……か」


 平沢さんが破顔した。


 やったぞ!!

 ついに能面ぶっ壊した!!

 さて、満足したところでUSBを真理お嬢様に渡してこようか。


「さて、それじゃあそろそろ――」

「ねえ、美琴さんいる? ……ってあらあら」


 私が起き上がろうとしたところで突然、麗香さんが部屋に入ってきた。


「お邪魔だったかしら?」

「いや全然! 違うから!!」

「ふうん。でも意外ね」

「意外?」


 麗香さんが面白いものを見るかのようにニヤリとした。


「直感的に美琴さんは年上好きかと思っていたけど、案外年下好きなのね。しかも未成年」

「え?」


 私は起き上がり、ちらっと平沢さんを見た。


「あら? 知らなかったの? 進士君は身分を隠すために会社で課長職をやっていたけど未成年よ」


 私の頭は真っ白になり、口から魂が抜けた。


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