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第二十三話「暗号『4KN4S』の謎」

「ねえ。もしお姉ちゃんが居なくなったらどうする?」

「無理! 絶対無理! そうなったら私は生きていけない!」


 泣き喚く私の頭をお姉ちゃんは優しく撫でてくれた。

 小学校からの帰り道。公園に寄り道して2人で砂場で遊んでいる時に、そんなことを言われた。


「お姉ちゃんはさ、沢山の人を守るヒーローになりたいんだ」

「でも、そうなったら私の前から居なくなっちゃうんでしょ?」

「いいえ。見守ってるわ」

「嘘!!」


 お姉ちゃんの言葉を聞いてから不吉な胸騒ぎがする。

 まるで、本当にこれから姿を消してしまうかのように。


「じゃあさ、美琴もヒーローになればいいじゃない」

「嫌だ! ヒーローなんて……なんで知らない人のために自分の身を犠牲にして戦わなきゃいけないのか分からない!」


 私は、お姉ちゃんの考えを砕こうと頑張った。


「そう? 見ず知らずの人もまとめて救っちゃうヒーローって、カッコよくない?」

「カッコよくない! お姉ちゃんの言うヒーローの姿はおかしいよ! できるだけ沢山の……みんなを守りたいんでしょ? じゃあお姉ちゃんと戦う敵はやっつけていいの?」

「……美琴はなかなか賢いことを言うね」


 お姉ちゃんは腕を組んで考えた。

 私はチャンスと見て畳み掛けた。


「じゃあさ、私と一緒にアイドルになろうよ!」

「なんでアイドルなの?」


 お姉ちゃんは首を傾げた。


「だって、アイドルなら敵も含めて全員を笑顔にできるんだよ? 全員私達にメロメロにしちゃえば戦わなくて済む! そう……敵じゃなくて、『戦い』そのものと戦えばいいんだよ!!」

「……」

「お姉ちゃん?」


 お姉ちゃんは私の言葉を聞いて、呆然と虚空を見つめた。

 そしてしばらく考え事をした後ゆっくりと私を抱きしめた。


「美琴は賢い。お姉ちゃんよりもずっとずっと賢い。美琴はそれでいい」

「そんなことないよ。お姉ちゃんのほうが頭いいよ」


 そんなやり取りの後、私達は何事もなかったかのように日常に戻った。

 手や顔に泥をつけながら、公園で存分に子どもの時間を過ごした。


 ――しかし翌日、お姉ちゃんは姿を消した。


 悪い予感は的中したのだった。


 ◆◆◆


「ん……夢か」


 大好きだった姉との切ない想い出が夢に出てきた。

 たぶん、平沢さんに「姉貴分と似てる」と言われたからだろう。


 それにしても、平沢さんにとって姉貴分だった人は私の姉にも似た人格のようだ。

 姉的な存在は皆こういう風に包容力のある存在なのだろうか?


「でも、ヒーローになるってどういうことだったんだろう?」


 記憶の彼方に埋没していた情報がいきなり顔を出してきたものだから、少し気になってきた。


 ――そもそも、ヒーローなど存在するものか?


 正義なんて、いち片方の意見でしかない。

 争いは正義と正義のぶつかり合い。純粋な敵などどこに居るのだろうか?


 ベッドの上で胡座をかきながら思考を巡らせた。


 ――なら、日本刀で襲いかかってきたあの暗殺者は悪か?

 ――能力研究と称して人体実験を行う組織は悪か?

 ――ダーティ・ボムによる非道なテロ行為は悪か?


「ヒーローってなんだよ」


 もう一度疑問を口にして、ベッドの上で大の字になって寝転んだ。


「結局、みんなをメロメロにするスーパーアイドルにはなれなかったしなぁ」


 子供の頃に抱いた淡い夢が、泡となって浮かび、弾けていく。


「これが大人になるってこと? なんかイヤだな」

「美琴ちゃん!」

「……わっ!?」


 突然大声で呼びかけられたため飛び起きた。

 真理お嬢様が腕を組みながら呆れた顔をしている。


「びっくりしたぁ……ノックくらいしてよ」

「何度もしたわよ。はやく顔洗っていらっしゃい。会議するわよ」 

「う、うん!」


 私は急いで支度をして、会議の席へ参加した。


 ◆◆◆


「美琴ちゃんが盗ってきてくれたデータの解析が終わったわ」


 真理お嬢様が皆を招集して会議が開催された。


「やるねー美琴! 自信持ちなよ!」

「す……昴、痛いって!!」


 昴に背中をバンバン叩かれた。


「で、何か分かったことはあるのかしら?」

「そうね、麗香ちゃん。分からないということが分かったわ」

「は?」


 ――何も分からなかった……?


 なんで!? あんなに苦労したのに!!!


「ちょっと……どういうことか説明してくれるか?」


 不満そうな顔で平沢さんが尋ねた。


「ええ。もちろん手がかりがゼロというわけではないわ」


 真理お嬢様がモニターにリストを表示させた。


「私達が追っているテロリストは、ほぼ組織が存在していない。ごく中心人物数人は核となって全体を思想的に誘導しているかもしれない。けど、各実行犯は自発的に都度仲間を集い、テロを実行しているようだわ」


 みな押し黙った。

 実行犯は都度自発的に仲間を募集する?

 そんなのどうやって防いでいけばよいのだろうか?


「このリストはアプリやSNSから抽出した、活発に意見交換をしているユーザー名よ。彼らはテロ計画を提案し、それに賛同したユーザーが協力して行動を起こしている。実際に実行された提案もあれば、議論だけで終わったものもあるようね。このように……膨大なコミュニケーションの場が形成されているわ」

「こんなの……砂漠の中から針を探すようなものじゃない……」


 麗香さんが口を手で覆いながら呟いた。


「トクリュウが行っていた闇バイトは中心メンバーの関与度が大きかったわ。匿名で仕事を依頼し、末端に犯罪を代行させる。だけど、これはもっと厄介。思想的な価値観を共有する反乱分子が積極的に意見交換をし、犯罪を立案していく」

「なんか……オンラインサロンみたいね」


 ぽつりと零した私の発言に対し、全員こちらに振り向いた。


「そーだね。美琴の感想の通りだと思う。闇バイトならぬ、闇オンラインサロンと言えば良いかな?」

「……」


 問題なのは物量だ。この大量な情報の中からどうやって実行される計画を見つけ出せばいいんだ……?


 思考を巡らせた。

 何か、頭の中で引っかかっているものがある。

 なんだ? 思い出せ……!


 ――その時、脳内に文字列が浮かび上がった。


「そうだ! アレだよ! 『4KN4S』!」


 私の発言に対し、真理お嬢様は悩ましげな表情を浮かべた。


「犯罪現場に残される謎のキーワードね。もちろんこれをキーワードにして検索かけたわ。だけど1件もヒットしなかったわ」

「じゃあ、数字の4をアルファベットのAに置き換えてみて!」


 私が最近ハマっているDJユニットのグループ名もこの仕掛けを入れている。


「置き換えると『AKNAS』ね。これでも検索引っかからないわ」

「逆にしてみて! するとほら! 『SANKA』になる!」


 ――バリン!


 突然、平沢さんが持っていたコップを割った。


「……平沢さん?」

「ああ……すまない」


 平沢さんは不自然に笑った。

 両手を見ると、小刻みに震えている。


「ふーん。やっぱり美琴面白いね。この『SANKA』という字やあらゆる読み方、外国語に置き換えて検索すれば出てくるかもね」

「分かったわ。早速解析してみるわ」


 真理お嬢様が作業に入るため会議はお開きとなった。


「やったね、美琴!」

「ま……まだ結果出てみないと分かんないって!」


 昴が抱きついてきた。

 しかし、私は平沢さんから目が離せなかった。

 何故か、お姉ちゃんが居なくなる前日に感じた不吉な胸騒ぎがするのだ。


「平沢さん。明日スマートシティで買い物しない?」

「……ん? ああ、分かった」


 もしかしたら、この約束は果たされないかもしれない。そう、根拠なく思った。


 ――案の定、平沢さんは翌日から姿を消したのだった。


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