「ちょっと……どういうことなの」
「美琴ちゃん……」
平沢さんが残した手紙を持つ手が震えてくる。
怒り、悲しみ、落胆、絶望。
あらゆる負の感情が湧いてくる。
もう一度、手紙に書かれた内容を確認する。
『美琴へ。今ままでありがとう。スパイとしての活動はもう終わりにしよう。日本に帰ってこれまでの日常に戻ってほしい』
なんで!?
意味かわかんない!
――ガサリ。
手紙にクリップで留められた飛行機の旅券がひらりと手の平に落ちた。
「ふざけるなッ!!」
飛行機の旅券を床に叩きつけた。
「……真理お嬢様。あの子はどこにいるの?」
「……」
「ねぇ! なんか言ってよ!」
「進士くんと会ってどうするの?」
麗香さんが冷たい声色が私の胸に突き刺さる。
「引っ叩く。……そして、ちゃんと話す」
「美琴さんも触れることが出来ない領域がある」
「なに? 平沢さんの出自や経歴の秘密について?」
「そうよ。あなたはまだ日数が浅い。今なら引き返せるわ」
「アンタ昨日私のこと仲間だと言ったよなぁ!」
麗香さんの胸元を掴み、間近で睨みつけた。
「離してちょうだい」
「秘密に触れる? だったら知ってる事、勘づいてること何でも良いから教えろ!」
「ここが引き際よ」
――私のために冷たく突き放しているのはわかる。
ちょっと前まで一般人だった私には荷が重すぎる状況なんだろう。
昨日の平沢さんの様子から察するに、闇バイト、闇オンラインサロンを操り日本を陥れようとする黒幕はとてつもなく恐ろしい存在なんだろう。
日本刀相手にナイフ一本で渡り合うくらい強い平沢さんでも心の底から恐れる相手。
皆して私を守ろうとしているのはわかる。
だけど……だけど!!
麗香さんの胸元を離し、指を差して怒鳴りつけた。
「何が引き際よ! このおハーブおバカ!!」
「な……な!?」
面食らって目を見開く麗香さんを無視して、次の標的である真理お嬢様へ振り返った。そして、同じように指を差し、怒号を飛ばす。
「真理お嬢様だってオロオロして何も言えなくなってやんの! この美人メシうま大和撫子!!」
私は好き放題言い放ってから拠点の出口へと向かった。
「……悪口になっていないわよ」
弱々しく、切なそうな真理お嬢様の声を背中で聞きながら一階へと上がり、拠点を後にした。
◆◆◆
「ここで合ってるよね」
私は現在、一人でスマートシティに隣接するバルクネシアの首都「バラカ」までやってきて、日本大使館の前に立っている。
真理お嬢様の支援も無いため、拠点の倉庫に置かれたバイクを拝借させてもらったわ。
「あのー。すみませーん」
呼び鈴を鳴らし、声をかけてみる。
しかし、反応がない。
誰か中に居ないかと辺りを見回してみる。
「それにしても、大使館に来たの初めてだけど……なんか要塞みたい」
周囲を高い塀が囲み、出入口は大きな鉄格子の扉が守っている。
塀の内側には近代的で、アーティスティックな建造物が聳え立っているが、窓ガラスの向こう側は何も見えない。
――外部から情報収集する事が困難な構造をしている。
「そこのあなた、何者ですか?」
「!?」
突然、凛とした芯のある美しい声で話しかけられた。
いつの間にか、鉄格子の扉の向こう側に小柄な女性が立っていた。
切れ長でまつ毛が長く、超整った目。
鼻と口も美の神が直接形作ったのかと思ってしまうほど整っている。髪の毛はウェーブがかったポニーテールで深紅。身長は小柄で、私より数センチ低く、細い。
身に纏う黒いスーツもカッコよくキマっている。
「ねえ、何か言ったらどうなんですか?」
「ごめん。見惚れてた」
「……はい?」
かわいい。
少し頬が赤くなった。
「ふん。そういう褒め言葉は……悪い気はしないけどね。それより、こちらの質問に答えてくれます?」
「ああ、ごめん。私は長谷川美琴。昴います?」
昴からもらっていた名刺を見せて、彼女の友達であることを示した。
「ああ、あなたが美琴さんね。まさか本当に来るとは……。どうぞ、こちらへ」
ボソリと何か呟いたが、目の前の小柄な女神さんは私を大使館の中へ入れてくれた。
「私は藤間凛(ふじまりん)。昴の同僚です。よろしく」
「こちらこそよろしく」
凛さんに案内されながら、二階のミーティングルームへ案内された。
「昴は外出しているのでいませんが、これを見せるように預かっていました」
「はあ」
凛さんに渡されたのはファイルで纏められた資料。
開くと、研究室の写真や病院服のようなものを着た子供達の写真、研究結果を纏めたレポートや論文が収められていた。
「ところで、この部屋まで来る途中の階段何段だったか覚えてますか?」
「18段かな。幅は200cmくらいか」
「……」
私は資料を見ながら、聞かれた質問に答えた。
凛さんは一瞬びっくりした表情をしたが、私の正面の席に座って私のことを観察してきた。
「この玄関に置いてあったものを覚えてます?」
「左右に花瓶があったかな。左が灰色で右が茶色い。花は入っていない」
「どこでそう言った技術を?」
凛さんが私の目を見て、何かを探ろうとしてきた。
「事務機器の営業だったから、搬入経路を確かめる癖がついたんだよ」
「……」
首を傾げる凛さん。
また見惚れそうになってしまったため、慌てて資料に視線を戻した。
「これは、伊邪那能力開発局か……ん? 『スサノオ計画』?」
読み進めていくと、これまで私が得た情報が繋がっていく。
「なにこれ……? 超常的な力を持つ者を生み出す研究? 遺伝子研究?」
背中に冷たい汗が垂れる。
恐ろしい情報が目を通して脳内に流れ込んでくる。
「平沢さん? いや、違う。ってこれ……みんな同じ顔をしている!?」
「かつて伝説的な別班エージェントがいたんだ。彼は『スサノオ』と呼ばれていた」
――突然、聞き慣れたハスキー声が聞こえた。
「昴、帰ってきたんだ」
「うん! 対応してくれてありがと!」
「昴……」
スーツ姿の昴が私の隣に座り、肩を組んで耳元で囁いてきた。
「どうせ皆教えてくれなかったんだろ? 平沢進士くんのこと。でもね、初めから言っているように、ボクはキミに期待しているんだ」
「期待?」
平沢さんのこと、私自身のこと、あらゆる感情がごちゃまぜになってきた。
「ボクの予想通り、キミはここに辿り着いて、この情報を得た。さあ、キミは次何をする?」
「それは……」
真里お嬢様も麗香さんも私を遠ざけようとした意味が分かった気がする。
今回の敵は層状異常に強大で、闇深いかもしれない。
――だけど、私はどうしても平沢さんの悲しげで、切なそうな表情を忘れることができない。
彼を、そのまま一人になんてしたくない。
理屈じゃなく、感情が私の胸の中で燃え上がっているようにも感じる。
「もう少し考えてみる」
「うん! 応援しているよ!」
「……ありがとう」
◆◆◆
昴に励まされながら大使館を後にした。
しかし、これからどうしようか。
色んな感情、信じられない情報で脳内も心の中もぐちゃぐちゃになってしまっている。
とりあえずバイクに跨っているが、自分がどこに向かっているのかもわからない。
「あれ? いつの間にこんなところに……」
気づくと、スマートシティの駐車場に居た。
バイクを停め、スマートシティ内を歩いてみる。
お昼を過ぎているのに、全くお腹も空かない。
「あれ? リーダー?」
「ティア……」
可愛い後輩の声がした。
その瞬間、私は感情が溢れだし、その場で泣き崩れてしまった。
「リーダー? どうしたんですリーダー!」
私は後輩の胸の中で泣き続けた。