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第二十六話「私はアイドルになりたかったはず」

「ごめん……情けない姿見せちゃって」

「いいえ、全然! 誰しもそういう時はありますよ!」


 久しぶりに泣いてしまった。

 後輩の天真爛漫な可愛い笑顔に心が救われる心地がした。


 現在、ティアに連れられ2人でカフェで一休みしている。

 お互い苦いものが苦手なため、お揃いでココアを飲んでいる。


「それで、何があったんです!?」


 ティアが身を乗り出して尋ねてきた。

 しかし……適当な言葉が探せない。


「……わからない。どうして泣いちゃったんだろう」


 視線を落とし、指いじりをしながらポツリと答えた。


「まったくリーダーは……普通そんなこと言う人なんかいませんよ。でも、わたしは何となくわかりますよ。なんでリーダーがわけもわからず泣いちゃっているのか」


 どういうこと?

 自分でも何がなんだか分からないのに。

 しかも、ティアが知り得ないような裏社会の秘密だってあるのに。


 でも、なんだろう。

 ティアの言葉なら私の助けになってくれる気がする。


「それは……なに?」

「一緒に居た男の人。平沢さんって言うんだっけ? その人のこと考えているでしょ」

「それは、そうね」

「でも、それだけじゃないよ」


 ティアは私の手を握り、真正面から私と目を合わせた。

 真摯な眼差しが、私の胸を打つ。


「平沢さん以外の仲間のこと。関係する人達。応援してくれる人、心配してくれる人。もしくは日本の子供達、大人達……世界中の人々。思いつく限りの全ての人々に想いを巡らしてしまってるかもしれないですよ」

「……」


 そんな発想無かった。

 驚きのあまり無言になってしまった。


「まあ、世界中の人々っていうのは大袈裟かもしれないけど、日本の人々のことのために頑張っちゃってるかなーって思いますよ。想像ですけど」


 ティアがスマートフォンの画面を見せてきた。

 ――豊洲のダーティ・ボムによるテロ事件ニュース


「リーダーはこういうテロ事件を防ぐために頑張ってくれたんでしょ? あの時、鈴谷昴っていう警察の人がリーダーのこと協力者って言ってたけど」 

「うーん……まあ、色々ね」


 なんて答えて良いのかわからない。

 でも、ティアの目は何かを確信している。


「ところで、なんでわたしがリーダーのことリーダーって言うのかわかります?」

「え? いや、わからないけど。何か特別な理由でもあったの?」

「リーダーの根っこにある部分をまだ知れてないからです」


 胸がチクリとする。

 ティアとはそこそこ長い時間を一緒に過ごしてきたつもりだし、自分のことも分かってくれる相手だと思っていた。


「アイドルグループのリーダーという姿なら、たぶん世界で一番リーダーのこと知っている自信がありますよ。でも、それ以外の顔はあまり知りません。さっきみたいに弱弱しく泣きじゃくるリーダーの姿を見たことはありませんし。他のメンバーのためとか、感動する出来事を見て泣いちゃう所は何度も見てきましたけど」

「確かに……個人的な感情を出してしまったのは初めてなの……かな?」

「そういう素の部分を沢山みたいなーって思いました。だから、今回の出来事もわたしに話しちゃってくださいよ」


 真剣に見つめてくるティア。

 私は心を動かされた。同時に口も動いた。


「もし……私が皆を救うヒーローだって言ったらどうする?」

「うーん……そうですねえ」


 ふいに出た言葉。無意識に「ヒーロー」という言葉が出てしまった。

 かつてお姉ちゃんと話したあの場面のように。


「色々考えてみたけど……わたしは『ヒーローなんてやめて一緒にアイドルやりましょう!』って言いますね」

「……なんで?」 

「多くの人達……リーダーのことをよく知らない人達は『見ず知らずの人もまとめて救っちゃうヒーローはカッコ良い!』とか思うかもしれないんですけど、なんかリーダーのイメージと合わないんですよね」

「どういう所が?」


 ティアは一度会話を中断し、タブレットでおかわりの飲み物を注文してくれた。

 そして改めて私に向き合った。


「リーダーってあまり相手を敵として認識しなさそう。というか、誰かと戦うことを好まなさそう」

「そう……かな……?」


 日本刀を持った暗殺者と戦った時のことを思い出した。

 あの時は命の危険が迫っていたから、明確に相手を敵として認識していた。

 だから、そういう相手に対しても愛情を向けるほど博愛主義者ではない。

 正直ティアの話はピンと来ないし、私に対して幻想抱きすぎなのかなと思った。


「リーダーは敵と戦うよりも、アイドルとして皆を虜にするほうが合ってますよ。敵さえ虜にして、仲良くなっちゃいそう」

「そんなこと無理だよ!」


 ――その言葉は幼い私の言葉。

 現実をしらない、身の程知らずな子供の発想。


「リーダーは自分の魅力や能力をちゃんと把握してないから苦しい思いをしているんですよ」

「……!?」


 店内を徘徊する給仕ロボットが私たちの飲み物を持ってきてくれた。

 タブレット操作をする時に日本語表記で行っていたため、ロボットが案内に使用する言語も日本語だった。


「リーダーは客観的な数字から自分にアイドルとしての才能に欠けてるって思い込んでたかもしれませんけど、わたしからしたらリーダーは一番の脅威ですよ。今でも」

「ティアにとって……脅威?」


 言っている意味が分からない。

 地味で目立たない、数字も取れない私がティアにとっての脅威?

 何の冗談を言っているのだろうか。


「じゃあ、リーダーの持ってる特殊能力を当ててあげます」


 ティアがにんまりと自信に溢れた笑顔を見せた。

 自分の「嗅覚」のことか?


「リーダーは、共感能力が桁外れに高いんです」

「共感能力……?」


 今まで自分の知識に無かった言葉。

 その言葉に引き込まれる。


「相手の気持ちを汲み取りすぎる。リーダーは相手のことを分かってあげれる優しさを持っていて、本人が気づかないことでも気づいてしまう。だから、トラブルを次々と解決してしまう。逆に、自分でも気づかないくらい相手に合わせてしまう」

「相手に合わせる……?」

「そうです。リーダーは周囲の人達が自分に何を求めているかを理解してしまえる。だから、周囲が持つ答えに従ってしまうんですよ。リーダーは無意識にグループの平均値のパフォーマンスをしていました。逆に、企画で他グループのレベルが高いアイドルと一緒にパフォーマンスをした時はいつも以上のパフォーマンスができていました」

「そうなの……?」

「わたしが言うから説得力あるでしょ?」

「……うん」


 ティアの言葉なら信じられる。

 彼女は思ったことをそのまま言える子だ。裏表がなく、偽りの言葉を使わない。


「本当に、私にはアイドルとしての才能があるの?」

「あるに決まってます! リーダーが地味に見えてきたのは自分自身の『答え』を持っていなかったからです!」

「自分自身の『答え』……?」


 自分の芯をつくような言葉だ。


「幸い、わたしたちパレットプログラムのメンバーは皆レベルが高い。リーダーが皆に合わせる必要が無いくらいに。だから、リーダーがちゃんと自分の『答え』を見つけることができるはずです! そうすれば、わたしでも太刀打ちできなくなってしまうかもしれないです!」

「私が……自分自身の『答え』を……?」


 凄く胸がドキドキしてくる。

 自分が欲しい答えは、現状よりもティアと一緒にアイドルをやった方が手に入れることができるかもしれない。

 そう……思わされてしまった。


「だから、わたしと一緒にアイドルを――」


 ――パアン!

 突然鳴り響いた無慈悲な銃声が、ティアの言葉をかき消した。

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