「だから、わたしと一緒にアイドルを――」
――パアン!
「ティア! 伏せて!」
私はティアに覆いかぶさり、頭をテーブルや椅子よりも低い位置になるように態勢を低くした。
「真理お嬢様! 聞こえる!?」
イヤホンマイク型通信機器を耳に装着し、拠点に通信を送った。
「美琴ちゃん!? どうしたの? ……ってこの銃声。ちょっと待ってなさい!」
イヤホン越しにキーボードを叩く音が聞こえる。
こちらの状況を把握しようと動いてくれているようだ。
「よし、街中の監視カメラをハッキングしたわ。こちらに分かる範囲で誘導するわ」
「ありがとう、助かる!」
私はティアの手を引き、真理お嬢様の指示通りに店の奥へと移動する。
「リーダー……?」
「安心して。私が守るから」
「……うん」
ティアが顔を赤らめながら頷いた。
そんなティアの頭を撫でて、バッグの中にしまっていたポーチを取り出した。
「奥の窓際の席まで辿り着いたけどどうする?」
「窓を溶かして脱出しましょう」
ポーチから口紅を取り出し、窓ガラスに塗った。
すると、ガラスが解けて人が通れるほどの穴ができた。
「……すごい!」
「ほら、出るよ」
ティアと二人で抜け出し、ヘアスプレーを窓に向かって噴射した。
ガラスが泡に包まれ、修復されていった。
「ネイルガンはつけてる?」
「うん。……一応」
自分の指の爪を撫でた。
最悪、これで戦うしかない。
「次はどちらの方へ逃げれば良い?」
「そうね……企業エリアの方から脱出しましょうか。でも……色んな場所で銃撃戦が発生しているわ。気をつけなさい!」
「……うん」
あらゆる方向から悲鳴や銃声が聞こえる。
一体、何が起こっているのだろうか?
四方八方が死地。しかし、私には嗅覚がある。
企業エリアの方向へ向かいつつ、周囲に漂う匂いをかぎ分けていく。
匂いが薄い方を選びながら進んでいく。
「しっかり付いてくるのよ」
「うん、リーダー!」
私の手を握りながら、私を頼りにしてくれる。
――絶対に守るんだ。
私は覚悟を決めて歩みを進めた。
◆◆◆
「一体……どうなってんのよ」
私達は真理お嬢様に誘導されながら、企業エリアのすぐ傍までやってきた。
ジュエリー店の建物の影に隠れながら遠目で確認できたが、企業エリア側は厳重に警備体制が敷かれている。
軍服を着てライフル銃を携帯する軍人が大勢立っている。
この商業エリアから企業エリアまで橋で繋がれている。
そのため、この橋を渡り切ってしまえば安全圏まで退避できるだろう。
「同時多発テロみたいね。スマートシティだけでなく、首都のバラカでも発生しているみたい。日本でも駅のロッカーで爆発騒ぎが出ているわ」
「何てこと……この事件は闇オンラインサロンで提案されていたものなの?」
――再び発生した同時多発テロ。
テレビ画面で見た沢山の人々が血を流し、救急車に運ばれていく様子。
再び地獄が作られていく……。
「いいえ。日本国内では提案されていた内容と一致するけど、この国でのテロ計画は見当たらないわ」
「そうなると……別組織によるテロってこと?」
「恐らく。このスマートシティは他国の協力のもと建設された都市。逆に言えば、この国で暮らしていた人々の意思とは別の思惑で建設された都市でもあるということ」
「なるほど。スマートシティの式典前にテロを起こせば行事を阻止できるかもしれない。そうして自分達の主張を通す隙や交渉材料を見つけようという魂胆ね」
「美琴ちゃんの言う通りかもしれないわね。カメラを見る限り、テロリスト達の統率はとれていない様子。各々のテロ集団が好き放題暴れているわ」
「複数のテロ集団が同時に暴れる……ね」
闇オンラインサロンで提案されていないにも関わらず、同時にテロ集団が行動をした?
裏で彼らをそそのかした存在が居るかもしれないけど……。
「リーダー。橋の方に向かう人達が居ますけど」
「……!? 隠れるわよ」
ティアと二人で建物の裏へ隠れた。
「真理お嬢様。橋の様子見れる?」
「ええ。男が二人橋で何か作業をしているわね。……って、今すぐ耳を塞いで伏せなさい!」
「ティア! 耳を塞いで伏せ――」
――私が言い終わる前に、大きな爆発音が轟いた。
「耳が……」
キーンと耳鳴りが凄く、周囲の音も聞こえない。
(ティア! 大丈夫!?)
声をかけているつもりだ。だけど、自分の声も聞こえないし、ティアも耳を抑えて蹲っている。
嗅覚もあらゆる物が燃える臭いが強すぎて危険を嗅ぎ分けることができない。
(ティア! 体を起こして)
ティアの背中を摩り、体を起こさせた。
早くここから逃げ出さなければならない。
耳鳴りで真理お嬢様の声も聞こえない。
体を震わせながら、ティアはゆっくりと体を起こした。
顔を上げると、私に微笑みかけた。
――しかし、突如として表情を一変させた。
「……ダー危ない!」
耳鳴りが解けだしでティアの声が聞こえた瞬間、私はティアにタックルされた。
――ドスンドスンドスン。
私を抱きしめるティアの体を通じて、三回強い衝撃を感じた。
ティアの……私を抱きしめる力が弱くなっていく。
「ティア……ティア?」
「りー……だぁ……」
ティアの背中に触れると、じっとりとした生暖かい血液が私の手を真っ赤に染めた。
「ティアああああああああああああああああああああああああああああああああ!」