「ティア……ティア?」
「りー……だぁ……」
ティアが弱弱しく笑顔を見せながら、口端から一筋の赤い雫が零れた。
「ティアああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
どういうこと?
一体、何が起こっているというの?
なんで私のかわいい後輩がこんなことになっているの?
というか……どうしよう。どうしようどうしようどうしょう。
世界が壊れていく。
私の日常も、幸せも、大切な時間も……すべて崩れ去る廃墟のように、ガラガラと音を立てて崩れていく。
「ティア……」
視界が涙で揺らぐ。
袖で拭っても涙がこぼれ続ける。
「りーだぁ……いや……美琴さん」
「ティア! 喋っちゃ……だめ!」
「いや……です。多分いま言葉にしないと……伝えられないから」
私はティアの手を強く握った。
「美琴さんは……わたしの……一番の推しです」
「……え?」
「ちょっと、抱きしめてもらってもいいですか?」
「……うん」
ティアを後ろから抱きしめた。
「ああ……安心する。これなら、怖くないです」
「嫌だ……もっとずっと一緒に居たい。アイドルだって一緒にやりたい」
「ふふふ……やったぁ。やっと一緒にアイドルできる」
今なら確信を持てる。
私とティアが二人でステージに立てば誰にも負けないと。
このクソみたいな世界で連鎖する悲劇、不満、不幸という鎖を断ち切ることができると。
――そんな夢も、たった10gに満たない鉄の塊三つで砕かれてしまうなんて。
「そうよ。私と一緒にみんな笑顔にして、争いなんかない世界を作るんだから」
「うん。ずっと一緒にいるから、わたしの大好きな美琴さんで居てね」
「待って……!」
ティアの呼吸が弱くなってくる。
私はティアを逃さないように、より強く抱きしめた。
「あの、最期に一つお願い……していいですか?」
「なに?」
「最後まで自分を諦めないでください」
「……うん!」
「美琴さんは……私にとって最強の女の子なんで……す」
「ティア?」
急に、ティアの身体から力がスッと抜けてしまった。
ズシリとティアの体重が私の身体にのしかかる。
「ティア……ティア!」
ティアを地面に寝かせ、様子を伺う。
ティアは、幸せそうな……安らかな顔をしている。
――もう、目を開けることはない。
「Turunlah dengan tangan Anda di udara!(手を挙げて伏せろ!)」
突然、背後から聞いたことがない言語で喋りかけられた。
「Siapa kalian? Sekarang, tiaraplah di tanah dengan tangan terangkat ke atas seperti orang dewasa!(お前たちは何者だ?さあ、大人しく手を挙げて地面に伏せるんだ!)」
「……うるさい」
「Apa yang kau katakan? Apakah Anda orang Jepang?(何と言った?お前は日本人か?)」
「何言ってるかわかんねーよ」
身体の奥底から怒りの感情が湧いてくる。
ドス黒い感情で自分自身が染まっていくのを感じる。
私はゆっくりと振り返り、相手を睨みつけた。
「Ada apa dengan mata yang menantang itu? Lakukan apa yang kami katakan atau kami akan menembakmu!(なんだその反抗的な目は?こちらの言う通りにしないと撃つぞ!)」
目の前には日焼けした痩せ型の男が立っている。
薄汚れた白いランニングシャツにデニムの長ズボンという服装。
このスマートシティ事業により職や住む場所を奪われた人なのだろう。
――それがどうしたことか?
こいつは私の大切な人の命を奪った奴だ。
絶対に許してはいけない存在なのだ。
絶対に……絶対に許さない。
「Tembak! Apa kau yakin? Aku benar-benar akan menembakmu!(撃つぞ! 良いのか? 本当に撃つぞ!)」
男は私にライフル銃を向けて脅してくる。しかし、相手も私の態度に戸惑っているようだ。
私は右手をピストルの形にし、人差し指を相手に向けた。
「Hei, apakah Anda patah hati? Anda pikir Anda bisa menembakkan peluru dengan tangan seperti itu?(おい、壊れちまったのか?その手で銃弾を放てるとでも?)」
――私は今からコイツを殺す。
不思議と恐怖はない。
とても……恐ろしいほどに私は落ち着いている。
「Aku akan membunuhmu!(殺すぞ!)」
「死ねええええええ!」
私は親指を倒し、人差し指に装着されたスイッチを押した。
そして、人差し指からネイルが発射された。
「Menyakitkan. ......! Ada apa? Tubuh mati rasa!(苦しい……!何だ?身体が痺れる!)」
ネイルは男の喉に突き刺さった。そして先端に塗られた麻痺毒により、男はその場で倒れ、苦しそうに身体を痙攣させた。
私は男が落としたライフル銃を手に取り、男に向けた。
「Hei, ...... berhenti! Tunggu! Jangan bunuh aku!(おい……やめろ!待て!殺さないでくれ!)」
「だから、何言ってるかわかんねーよ。……いや、分かるわ。どうせ殺さないでくれと言ってるんだろ?」
「Orang Jepang tidak akan melakukan hal biadab seperti itu, bukan? Jangan lakukan itu. Jika kau membunuhku, kau akan tersiksa seumur hidupmu!(日本人はこんな野蛮なことしないだろ? やめておけ。俺を殺しても一生苛まれることになるぞ!)」
「お前の命乞いは意味を成さない。私は絶対にお前を殺す。お前達みたいな奴らが居るから皆平和に暮らせないんだ。このゴミが」
真っ黒に染まり切った私の心は、男を殺す決意で満ちている。
ためらいの感情も湧いてこない。
「Aku punya anak perempuan! Saya bahkan punya adik perempuan! Jadi aku tidak bisa mati! Kami hanya bisa hidup dengan melakukan pekerjaan seperti ini!(俺には娘が居る! 幼い妹も居るんだ!だから俺は死ぬわけにはいかないんだ! 俺達はこういう仕事をすることでしか生きていけないんだ!)」
「うるさい。死ね」
――カチ。
私は銃の引き金を引いた。
しかし、銃弾は発射しなかった。
何度引き金を引いても銃は沈黙したままだ。
安全装置でも作動しているのだろう。
「Ha ha! Seorang amatir yang bahkan tidak tahu cara memegang senjata, seharusnya tidak melakukan hal ini. Tenanglah.(ははは! 銃の扱いも知らない素人がこんなことしちゃいけないんだ。無理するな。)」
銃が使えない?
ならば、別の使い方をすればいい。
私はライフル銃の銃身を両手で握った。
――そして、男の頭部を目掛けて銃床を振り下ろした。