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第三十話「責任取ってよね」

 私の人生に終わりが訪れた。

 そう確信した瞬間。


「美琴! 大丈夫!? 大丈夫か!?」


 ゆっくりと目を開けると、涙でぐしゃぐしゃになった平沢さんの顔があった。


「平沢さ……ん?」


 上体を起こし、状況把握をする。

 先程まで私に銃を向けていた男は絶命していた。


「怪我はない?」

「少しはあるけど……それよりも!」


 私は立ち上がり、再びティアの下へと駆け寄ろうとした。

 しかし、足に痛みを感じ転倒してしまった。


「……くっ!」


 転んだせいで顎を地面に打ちつけてしまった。

 衝撃が脳を揺らし、頭がくらくらする。

 皮膚を擦りむいた痛みが身体のあちこちから襲ってくる。


「ティ……ア……」


 地面を這いながらもティアの下へ向かう。


「……美琴」


 平沢さんが私の身体を支えてくれた。

 彼の助けもあり、ティアの傍に辿り着いた。


「ティ……ア……ああ……あ……あああああああああああ!!」


 悲しみの感情が私の全てを支配した。

 平沢さんにより敵が一掃されたお陰で身の危険は去った。

 しかし、絶望、公開、悔しさ、悲しさで心が支配されていく。


 ――そして、心が真っ黒な闇に染まっていく。


「……してやる」

「……美琴?」

「絶対に殺してやる」

「……」


 平沢さんは困ったような、泣きそうな顔をした。


「テロリスト全員殺してやる。もう、アイドルにもヒーローにもなれなくていい。ただの殺人鬼扱いされても良い。私はこんな悲劇を起こした奴全員殺してやる」


「お前ごときにそれができるのか?」


 ――突然、背後から恐ろしく冷たい声が聞こえた。


「美琴! 俺の後ろに隠れて!」


 平沢さんは私の前に立ち、敵から身体を盾にして守ってくれている。彼の背中越しに相手を見ると、日本刀を腰に下げた長身の女性が立っていた。


 ――空港で私達に襲いかかってきた暗殺者。


 暗殺者は喪服のような黒いスーツに黒いネクタイ姿。髪型は黒のショートヘア。顔を黒いレースの仮面で隠している。このマスクの下には……。


「もうやめにしないか? 雪乃姉さん」

「私達は止まらない。お前こそこっちに来るんだ」


 暗殺者はゆっくりと仮面を外した。

 映像で見た通り、平沢さんとそっくりの顔がそこにあった。まるで平沢さんと暗殺者は双子の姉弟のようである。


 平沢さんも暗殺者も中性的な顔をしているから、雪乃という暗殺者はボーイッシュな美人顔である。


「俺はあんたらのやり方が気に食わない。俺の大切な人の命奪ったあの男も決して許さない」

「スサノオ様こそ私達の道標よ。……ッチ!」


 私は最後に残されていた小指のネイルガンを発射させた。

 しかし、ネイルは暗殺者に命中せず、左腕を掠めた。


「……貴様!!」

「お前に怒る権利は無い! 罪も無い人を犠牲にするお前らに何も正義も何かを主張する資格も無い!」

「お前みたいな一般人に何がわかる!?」

「一般人だろうが裏の人間だろうが関係ない。お前達は私の大切なティアを殺した。絶対に許さない!」

「お前こそ……ッチ!」


 暗殺者は左腕を押さえながら後ずさりした。


「逃げるなこの――」

「美琴、落ち着いて」


 足がうまく動かない私は体勢を崩した。

 しかし、平沢さんが私の身体を支えた。

 同時に、相手に怒りをぶつける私を落ち着かせようと、強く身体を抱いてくる。


「貴様のことは個人的にムカついている。こちらこそお前のことを殺してやる」

「こちらこそ、お前が……私が殺す前に死んだとしても、地獄まで追いかけてでも私の手で殺してやる」


 暗殺者は私の言葉に対して無言で受け取り、私に対して睨み返した。

 しばらくの間、お互い睨み合い続けた。


 どのくらい時間が経過したのだろうか。

 遠くから警察のサイレンが聞こえてきた。


「行こう」


 平沢さんの言葉が私の中に入ってこない。

 このままティアを残して去りたくない。


 ――ピキン。シュウウウウウウ。


 暗殺者はスモークグレネードを投げ、周囲に煙幕を張った。

 暗殺者が煙に包まれ、黒い影になった。

 そして、黒い影さえ見えなくなり、私達の前から姿を消した。


「美琴。行こう」

「嫌だ。ティアをこんな場所に一人残したくない」

「俺達がここから立ち去らなくてはいけない理由もわかるだろ?」


 当然、そんなの分かっている。

 私達はスパイだ。

 この場で起きた惨状について警察の取り調べを受けるわけにはいかない。


 ――しかし、完全な一般人となることだってできる。


 全てを投げ出し、ティアと二人で観光客として来ていたと説明すれば良いかもしれない。

 身分証は偽造だけど、日本大使館にいる昴達がわたしを助けてくれるかもしれない。

 もちろん、顔が割れることになるからスパイ活動をすることは難しくなるだろう。


 平沢さんにも言われた。スパイをやめて日本に帰ればよい。


 ――でも、ここでスパイをやめてどうする?


 ティアが生きていれば、一緒にアイドルをやる未来があった。

 でも、彼女はもういない。あの子が居ない日常になんの価値があるのか?


 それに。

 もう一つ大事な大事なことがある。


 ――ここで私がこの世界から足を洗ったら、あいつらを殺せない。


 私から大事なものを奪った者達の全てを奪うことができなくなる。


 私の中で黒い感情が渦巻き、全身が染まっていく。

 この怒り、憎しみ、悲しみ……あらゆる感情が私の力へと変換されていく。


「美琴! もう間に合わなくなる」

「わかったわ」


 自分でも……自分の声の低さに驚いた。

 これまで生きてて、こんなドスの効いた低い声は出したことが無い。


「さあ、行こう」

「そのかわり」

「?」


 平沢さんは私の手を握った。

 しかし、交換条件を持ち出す私の言葉を待った。


「そのかわり、責任取ってよね」

「……」


 平沢さんは、表情をこわばらせた。

 しかし、私の言葉の真意に気付いたのか、くしゃりと泣き顔を作った。


 ――そして、私を抱きしめた。


 彼に強く抱きしめられながら、彼が震えているのを感じた。

 涙を流していることもわかった。


「ごめん。俺が責任取るから。俺がずっと傍にいて、美琴のやりたいことを手伝うから」

「約束よ。平沢さん。私には、あなたしか居ないの」

「うん。約束する」


 私は小指だけ立てた握り拳を平沢さんの目の前に出した。

 平沢さんは私にあわせ、小指を私と結んだ。


「ゆーびきーりげんばん嘘ついたら……どうしてくれる?」


 私の悪魔の問いに、目の前の少年は必死な顔をして答えた。


「嘘はつかない。もう黙って居なくなったりしない。ずっと傍に一緒にいるから!」


 目の前の少年はスパイでもない、普通の少年だ。

 だから、私は目の前の少年を縛り付けることにした。


「ずっと一緒。私達は運命共同体よ、進士」


 突然名前で呼ばれた少年は驚いて私を見上げた。


 ――そんな無垢な少年の唇に、私の唇を重ねた。 

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