地下の射撃場内で何度も発砲音が響き渡る。
火薬が破裂する音と薬莢が地面に落ちる音が交互に聞こえる。
私は、目の前の的に銃弾を当てること以外考えていない。
無心で進士のハンドガン――M93Rを撃ち続ける。
初めは天井等明後日の方向に飛んでいた銃弾が、だんだんと的に当たるようになってきた。
「美琴、言われた通りにハーブを持ってきたけど……」
「ありがとう、麗華」
心配そうな目。
彼女は私の治療をしてくれた。
太ももの傷が深く、縫合する必要があった。
本当は進士と近接戦闘の訓練をしたかったけど、まだこの足ではまともに動けない。
だから、射撃訓練にまず集中することにした。
「ハーブをこんな形で使われるとは想定していなかったけど……」
「麗華がくれたハーブが無かったら、私死んでたわ。ありがとう」
「それは良かったわ……」
私は嗅覚が人より発達している。
そのせいか、ハーブの匂いを嗅いだ瞬間に私の知覚能力、認識能力、脳の処理速度が大きく上昇した。
テロリストの銃弾を避けることができたのも、向上した力で周囲の状況をスローモーションで見ることができるようになったからだ。
「一時間後にミーティングが始まるわ」
「わかったわ」
麗華が射撃場を後にしたのを見送り、麗華から受け取ったハーブの匂いを嗅いだ。
「う……おえええ……」
ハーブの匂いは私の嗅覚を強く刺激する。
私は思わず、隣に置いてあったバケツに向かって嘔吐してしまった。
しかし、その効果は大きい。
世界がスローモーションに見える。
この感覚を掴み、銃の反動に耐える術を身に付ければ、私でも戦闘のプロ相手でも戦えるようになるはずだ。
私は引き金を引いた。
手に襲い掛かる衝撃をスローモーションで感じる。
その衝撃の受け流し方をじっくりと観察し、学習する。
「はあ……はあ……やったぞ。やっと的の中心に当てることができた」
――パチパチパチ。
振り返ると、そこには昴が居た。
「いつのまに……」
「ほら。口元拭ったほうがいいよ」
昴がハンカチを渡してきた。
「ありがとう。でも、私のゲロで汚しちゃうから悪いよ」
「気にしない気にしない」
昴がハンカチで私の口元をゴシゴシと拭いてくれた。
「なんか、本当にボク達と仲間になれた気がする」
「……」
素直に喜べない。
ティアを失って、私はこの裏の道を進むしかなくなってしまった。
はじめは進士に誘われて、自分に自信を持ちたかったことや、姉を探したいという想いからこの道に進んだ。
でも、命のやり取りをすることまで想像できていなかったから、命を賭けてまで進むべき道なのかと問われれば、簡単に頷けるものではなかった。
そもそも情報を集めるのが仕事と聞いていたから、ここまで危ない仕事だと思わなかった。
私には、そういう甘さがあった。
だけど、今は違う。
私は復讐心からこの道に進み、銃を手にすることを決めた。
――私が進もうとしている道は、大切な人の血から始まり、復讐すべき敵の血で終わる修羅の道なのである。
「ボクも大切な人を沢山失ってきた。だけど、それは表の世界で生きる人も同じ」
「……」
「この世界に裏も表も無いよ。あるのは、『見える』か『見えないか』だけ」
私の考えには無かった発想だ。
少し驚いた。
「『見えない』表の世界の人々は、知らない間に命を奪われてしまう」
昴はタブレットを私に見せてきた。
そこには、数々の死傷者が発生したニュースが表示されていた。
「ボク達がこのバルクネシアで調査を進めている間に、日本では数々の事件が起こっているんだ。全部闇オンラインサロンで議論されていたテロ計画に関係する内容だよ」
「……昴達は日本に帰って守備を固めたりしないの?」
「国内で守る役割の人達がいるよ。これでも、かなり防いできた方なんだ。だから、テロが発生する件数を抑えるためにも、ボク達がこの国で成果を出す必要があるんだ」
「そっか。……って昴!?」
急に昴が私を抱きしめた。
「だから、頼もしい仲間が一緒になって戦ってくれることが嬉しい。もう、この世界は裏と表が交わり、平気で裏の脅威が表に襲い掛かるようになってしまった。本来なら、国民皆が裏の世界を認識して、全員で立ち向かう必要があるんだ」
「全員が裏の世界を……? それってもう戦争じゃん」
昴が私の腰に回していた腕を解き、私の目を見つめて言った。
「そうだよ。これは紛れもない戦争だよ」
「……」
不思議と、私はその言葉に恐怖しなかった。
逆に、腑に落ちてしまった。
「だから、ボクはキミのことを尊敬する。裏の世界を見ないフリして表の日常に帰ることもできた。だけど、キミは一緒に戦うことを選んだ」
昴のこの言葉は温かすぎるし、眩しすぎる。
でも、私はそんな高尚な理由で戦うことを選んだわけじゃない。
「そう言ってくれるけど、私は別に皆のために銃を取ったわけじゃない。私は大事な人を奪われた憎しみでこの銃を持った。そういう……そんな不純な動機を持っている。それでも昴は私のことを認めてくれるの?」
「それも戦いだよ」
「……」
視界が涙で揺らいだ。
ポタポタと頬を涙が伝うのを感じた。
「この世界は綺麗ごとで幸せにはなれない。幸せになるためには、自分で自分の答えを探さなきゃいけないんだ。だから、世界中が美琴の戦いを否定しても、キミ自身が正解だと思ったんだったら、ボクは一緒に肯定してあげる」
「……なんで昴は私が欲しい言葉を的確に言ってくれるの?」
こういうことを進士が言えたらな、と一瞬思った。
だけど、年下の子に言われるのも少し違うかもとも思った。
「それはね、かつてボクの大切な人に言われた言葉をそのままキミに言ってるだけだよ」
「なるほど……。昴の大切な人か……」
「そうだよ。しかも、それは平沢さんにとっても大切な人なんだよ」
――進士が言っていた、姉のような存在で大切な人。
少し、モヤモヤする。
「頑張ってる美琴のために、もう少しだけ教えてあげる」
昴は意味深なことを言い、ニヤリと笑顔を浮かべた。
「その人はね、キミによく似ていて、キミのように『共感覚』という特殊な能力を持っていたんだよ」
「共感覚……?」
「そ! キミは嗅覚。そしてアノ人は視覚。なんかそっくりだね」
「……その人の名前は?」
恐る恐る尋ねた。
私はお姉ちゃんが昔、人の感情が色で見えると言っていたことを思い出した。
もしかして……私が欲しい情報を昴が持っているということ?
これまでも、昴は私が欲しい情報を与えてくれていた。
「その人の名前はね――」