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第三十二話「別班のサンカ」

 私が裏の世界に飛び込んだのは、自分の人生に影を落としてきたトラウマを乗り越えるため。

 そして、もう一つの理由はお姉ちゃんに関する手がかりを掴むため。


 もしかしたら、今日その答えを得ることができるかもしれない。

 微かな希望を込めて、昴の言葉を待った。


「その人の名前はね――アマテラスと言うんだ」

「アマテラス? 日本神話じゃない」


 私は落胆した。

 いや、しかしコードネームかもしれない。

 そういえば、進士と暗殺者の会話でも「スサノオ」という名前が出てきた。


「そう。もちろんこれはコードネームさ」

「何の組織のコードネーム?」

「?」


 昴はニッコリと笑いながら首を傾げた。

 答える気は無いらしい。

 気になる情報を出しておいてそれは酷いんじゃないか?

 少しだけイラっとした。


「それは、別班のコードネーム?」

「ボクには一定以上の秘密に関しては喋っていけない、という呪いがかかっているのさ」

「……それは、私には言えないってこと? 私のことを本当の仲間じゃないって思ってる?」


 咄嗟に出てしまった言葉。

 私な何故か感情が昂り、自分でも何故こんなことを言ってしまったのかわからない。


「仲間……ね」


 昴が顎に手をやり、私が動揺している姿を瞳におさめると不敵に笑った。


「確かにボク達は仲間だよ。同じ日本を守るという目的を持った仲間。だけど、組織としてはどうだろう?」

「公安外事警察と民間防諜企業の私達という違い?」


 突然昴は無表情になり、何も返事をしてこない。


 ――あれ? おかしい。


 昴は普通の人では知り得ないことを沢山知っている。

 別班のコードネームや裾野事件のことも知っていた。

 この情報って公安でも入手できる情報なのだろうか?


 ――昴は一体何者なんだ?


 背筋がぞくりとした。

 もしかして……現役別班のメンバーなのか……?

 だけど、私はここで気持ちだけでも負けるわけにはいかなかった。

 私は私の大切な人を奪う敵を、駆逐しなければならない。


「……昴。いつかアンタ達に追いつくから」

「ふぇ?」


 昴は目を丸くして、惚けた反応を見せた。

 そして、突然腹を抱えて笑い出した。


「はははは! 何その返し! 想像もしていなかったよ!」

「何? そんな変なこと言った?」

「変だよ、変!」


 私は少しイラついた。

 しかし、次の瞬間鼻に腐敗臭を感じた。


 ――悲惨な戦場の光景が脳内でフラッシュバックする。

 ――血まみれで横たわるティアの姿、血の匂いが想起される。

 ――忌々しいハーブの香りが記憶から蘇ってくる。


 ――世界がスローモーションで動き出す。


「へえ。よく反応できたね」

「どういうつもりなの?」


 昴は突然私にリボルバー銃を向けて引き金を引いた。

 私はスローモーションの世界で昴の動きを見ることができたから、昴の銃を右手で握り、撃鉄が弾丸を叩くのを阻止することができた。


「なるほど。軽々しく言ったわけではなかったようだね」

「……」


 昴が今まで見たこともないような険しい表情になり、私を睨みつけてくる。

 殺気も強く、腐敗臭で嗅ぎ分ける必要性が無いくらいに、肌で「私を殺そうとしている」と感じることができる。

 怖すぎて、身体が震えそうになる。

 今目の前に居るのは、いつも私に手を差し伸べてくれた昴とは全くの別人だ。


「なーんてね」


 昴が突然にこやかな顔になり、舌をペロリと出した。


「冗談だよ冗談!」

「……」


 顔は笑っているけど、目が笑ってない。

 私の心臓は恐怖でドキドキと激しく動き続けている。

 そして、撃鉄が私の手の腹――月丘部分を叩いたせいで血が滲んでいる。

 今更痛みを感じた。


「本当に……昴達に追いついてみせるから。その世界に、飛び込んでやるから」


 私は勇気を出して、もう一度言葉にした。


「絶対に――って昴?」


 しかし、昴は先ほどとは真逆の行動を取った。

 私のことを優しく抱きしめた。

 そして、頭をポンポンと軽くたたき、撫でてきた。


「キミの気持ちは分かったよ。だけど、まずは自分の胸の中に抱えている闇を乗り越えないと」

「今乗り越えようとしてるじゃん!」


 虚しく、私の言葉が室内に響き、霧散する。

 直感的に、昴の態度が私に「甘い考えだ」と教えてくれているような気がした。


「美琴には平沢さんがいる。一緒に進んでいけばきっと気づくことがあるよ」

「……うん」


 昴の言葉の意味を理解することはできなかった。

 だけど、昴は今まで以上に私に向き合ってくれたと感じた。


「まあ、さっきのキミの言葉。また別の機会で聞けるといいなと期待しているよ」

「……わかった」


 射撃訓練室を後にする昴の背中を見送った。

 説教をされた後のような、胸にモヤモヤ感を感じた。

 だけど、怒りや憎しみで染まる私の心に水を一滴差してくれたような気がした。


 ◆◆◆


「みんな、集まってくれてありがとう。あと、突然居なくなったりして……ごめん」


 ミーティングが始まった。

 メンバーは私、進士、真里お嬢様、麗華、昴、そして藤間凛さんである。


「今回、俺が一人行動をしたのは……皆を巻き込みたくなかったからなんだ。今回の敵は……とてつもなく強く、大きい」

「シンジちゃん。あなたが言う敵とは謎のキーワード『AKN4S』の正体――サンカね。数字の4がアルファベットのAを示し、逆から読むとSANKA。わたくしなりに調べましたけど、日本の山奥で隠れて生活していた山窩(さんか)という人達の情報もあったわ。あともう一つは――」

「別班特殊部隊3課。裾野事件を引き起こした人間達」


 真里お嬢様の言葉に続けて進士が答えを言った。


「サンカは3課という意味だ。裾野事件で皆死んだと思っていたが、中心人物だった雪乃姉さんとスサノオの両方が生きていたんだ」

「待って。じゃあ闇オンラインサロンメンバーのアカウント名のスサノオは、別班最強の人間と言われた男、その人自身だったということ?」

「そういうことだ」


 進士が雪乃姉さんと言っている女は、あの日本刀を持った女のことだろう。


「だから、今回の敵はただのテロリストじゃない。元日本最強の兵士が敵なんだ。だから……特に美琴を巻き込みたくなかったんだ。だけど……そのせいで傍で守ることができずに美琴にとって大切な人を……」

「うん。だから、あの時の約束を守ってね」

「うん。もちろん」


 他のメンバー達が私達のことを怪訝な顔で見た。

 私と進士の闇の契約。

 私はこの契約のお蔭で立つことができている。

 紅く染まった未来を見出し、前に進むことができている。


「だから、もう美琴に隠し事はしない。俺の正体を全部伝える」

「うん」

「俺は……」


 進士が俯いて、少しの間黙った。

 そして一呼吸、大きくため息をついて顔を上げた。


「俺は、別班最強の男――スサノオのクローン実験体なんだ。雪乃姉さんも性別は違うけど、同じクローン実験体なんだ」

「そんな気がしてた」


 進士は驚いた顔をした。


「私は私なりに調べていたのよ」


 私は昴を一瞥した。

 昴は私と目を合わせなかったが、口元が一瞬ニヤリと笑みを浮かべた。


「でも、私とあなたの関係は変わらない。運命共同体じゃない」


 ――一緒に敵を抹殺するという、私の復讐を完遂する共同体。


 クローンであろうと何だろうと、私と口づけ(契約)を交わした仲なのよ。


「ああ、そうだ」


 無垢な進士。

 目の前の少年を、私は可愛いと思った。

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