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第三十五話「麗香の想い」

 ――地下インフラ爆破テロ計画。


 進士が入手したその資料には、そのような文字が記載されていた。


「この画像はコンタクトレンズのカメラで撮影したものなんだ」


 進士は保存液に入ったコンタクトを目の前に出して見せた。


「これも真里お嬢様が作ったスパイギア?」

「そうよ」

「これ、ある映画に出てきたスパイギアを真似して作ったでしょ? 四部作目に登場したやつ」

「ちょっと! パクりじゃないわよ!」


 私が映画の中で最も好きな作品だから覚えていた。

 瞬きをすると写真撮影ができるというスパイギアだ。


「このレンズはね、装着している間、見ているものを全て保存することができるのよ。あの映画は写真撮影だけだったでしょ! それに、レンズを通してこちらからサポートすることもできるのよ! レンズ越しに画像を表示させることもできるし、AR映像も送ることができるわ!」

「はいはい、真里お嬢様の発明の方が凄いことは分かった。だけど……」


 私は真里お嬢様を睨んだ。


「進士が単独行動を取っている間、進士のサポートを裏でやっていたということよね? 私に血相を変えて『シンジちゃんが居なくなっちゃった!』って言っていたけど、あれは演技だったの?」

「ち、違うわ……。あの時は本当に――」

「すまない。全部俺が悪いんだ。全部一人で解決しようと思ったけど、無理だった。マルティネス……真里お嬢様に後から連絡して、手伝ってもらうことにしたんだ」

「……もういいよ。敵が化け物じみた強さを持っている相手だったんだから、例え真里お嬢様も麗香も共謀して嘘をついて私を日本に帰らせようとしていたとしても怒らないよ」

「一応、私は嘘をつくつもりは無いから。取り繕うことも無く、私は貴女に日本に帰るべきだとスレートに伝えていたわ。それは、今でも同じだけど」


 麗香は心配そうな顔をして言っている。


「今でもストレートに、日本に帰れと言うつもり?」

「ええ、そうよ」

「それは医者として? 先輩として? それとも……裏の世界の人間として、私みたいな一般人はこれ以上関わるなと言いたいわけ?」

「友達として」


 私は驚いて、ポカンと口を開けてしまった。


「そんなふうに思ってくれてたんだ」

「私の事を何だと思っているのよ」

「だって、いつもクールな感じで『私は他人に興味はありません。あるのは妖しいハーブだけです』って顔に書いてあったから」

「そんなことが無いわよ! っていうか私のハーブは妖しいものじゃないから!」


 麗香はムキになって怒った。


「その……私の態度がそんな風に映っていたらごめんなさいね。私はハーブや医療の研究ばかりしていたから、人とコミュニケーションを多くとっていた方ではないの。だから、私は自己表現が独特かもしれない。だから……私が素直に貴女の事をどう思っているのかというと――」

「どう思っているのかというと?」


 私は麗香に近づき、至近距離で彼女を見つめた。

 麗香は顔を逸らし、頬を紅潮させた。


「私は……貴女のことを尊敬しているのよ。行動力もあるし、頭もいい。進士くんを支えられる度量もある。人間力が凄くて、周囲を元気づけれる……私には無いモノを沢山持っている」

「そこまで言われると照れるな」


 私はポリポリと頬を掻いた。


「だけど、貴女の長所は……裏を返せば短所になるわ。行動力がありすぎるというか、猪突猛進。思いやりが強くて、相手に深入りしすぎる。自分の力の範疇を超えたことまで挑戦してしまう。後先のリスクを度外視して」

「そんなこと……」


 自分のこれまでの行動を振り返ってみたが、図星だった。


「これまでは対処できたし、上手くいった。本当に、貴女はスーパーマンのような活躍をしてきた。自分の力の範疇を超えることまで成し遂げてきた。だから、皆も期待して貴女を誉めた。そこのスゴ腕金髪女も美琴のことを沢山誉めたでしょう」


 麗香は昴を一瞥した。それ対し、昴は明後日の方向を見ながら後頭部をポリポリと掻いてすっとぼけた。


「だけど、私は友人として貴女に言うわ。あなたは只の可愛い女の子よ」

「え? 可愛いって思ってくれてたの?」

「それは客観的事実を述べただけで――って、そこじゃない! ただの一人の人間なの。それは進士くんだってそうよ! 凄腕コンビの鈴谷さんや藤間さんだってそう。だから……ちゃんと自分の領分を見極めてほしい。自分の命を大切にしてほしいの。あなた達みたいな凄い人を見てきたし、沢山『見送って』きた。私は、あなた達のことも『見送り』たくないのよ」


 麗香が涙を流した。そして嗚咽を漏らしながら、両手で顔を覆った。


「ありがとう」


 私は彼女を抱きしめた。

 彼女も、私がティアを失った時のような悲しみを沢山背負ってきたのだろう。


 ――でも。


「でも、私達がやらなきゃ沢山の命が奪われることになる」

「それはそうだけど……」

「大丈夫。なんとか乗り越えてみせるから」


 ――乗り越えるではない。殺すんだ。


 麗香は優しいし、正しい心を持っている。

 沢山の悲しみを抱えながらも、今ある尊い命に向き合っていける。


 ――私は、いくら考えても失った命のためにこの手を血で汚すことしか考えることができない。


「さて進士。敵の狙い――『地下インフラ爆破テロ計画』について説明して」


 私達は各々、自分なりの覚悟を決めてテロ組織との戦いのための戦略を練った。 

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