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第四十四話「Imperfect Light」

「真里お嬢様あああああああああああああああああああ!」

「逃げ……るのよ。二人で……」

「ああ……あああ……」

「逃げなさい!」

「あああああああああああああああああああ!」


 真里お嬢様の温かい血が私の服を通して伝わってくる。

 想いも。

 愛情も。


 その気持ちを無駄にしないように立ちあがる。


「美……琴……。マルティ……ネス」


 進士も懸命に立ち上がろうとする。

 しかし、二人で転んでしまった。

 その勢いで地面に頬をぶつけた。


 痛みなんてどうでもいい。

 何でもいいから、この状況から逃れないと。


 ――でも……何ができる?


「お前のことは知っているぞ。A国の諜報機関の天才技術者。失恋で組織を抜けて日本に落ち延びていたと聞いていたが、こんな所に居たとはな」

「わたくしのことは……どうでもいいわ。この二人を見逃して…頂戴」

「……」


 真里お嬢様の言葉に対して沈黙を返した。

 銃口は今も私達に向いている。


「……考えたが、今後の脅威になる。ここで死ね」


 容赦なく引き金が引かれた。

 しかし、再び真里お嬢様が守ってくれた。


「真里お嬢様ああああ! やめて! 本当に死んじゃう!」

「わたくしはもう……助からないわ。何とかして……あなた達は生きなさい」

「嫌だ……嫌だ……!」

「シンジちゃん。ちゃんと美琴ちゃんを守る……のよ」


 進士が泣きじゃくる。

 幼子のように、駄々をこねるしかできない。


「別れの挨拶は済ませたか? まあ、すぐにあの世で再会することになるだろう」


 スサノオが一歩、二歩と前に進み、再び銃口を私達に向けた。

 確実に私達を殺せるように。


 ――もう、終わりだ。


 どうしてこんなことばかり起こるのか。

 なんで私から何もかも奪うのか。

 こんな世界……こんな世界だったら……もう……。


『何が起こっても、最後まであきらめないでください』


 こんな時にティアの言葉を思い出すなんて。


「最後まで……最後まで……」


 これまでの人生で紡いできた思い出が脳内に浮かび上がる。

 進士達との思い出。

 会社で働いてきた思い出。


「最後まで……最後まで……」


 マジックバーで働いてた思い出。

 アイドル活動していた思い出。


「ティア……」


 ティアの笑顔。

 ここ数日で共有したティアとの幸せな時間。


「私は……私は……」


 お姉ちゃんと過ごした時間。

 お姉ちゃんから生きていく力を貰った思い出。

 もう一度……もう一度力が湧いてくる。


 許せない。

 許せない許せない許せない!

 許せない許せない許せない許せない許せない許せない!

 許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない!


 こんなクソみたいな結末受け入れられるものか!


「なあ、スサノオ。『Ms.007』を知っているか?」

「……何を言っている?」


 怪訝な表情をし、首を傾げた。

 スサノオの引き金を引こうとしていた指が止まった。


「私は計画的に売れない営業でさ。3か月に一回しか売れないんだよ。最終の締め月でしか売れないんだ」

「……それがどうした?」

「わからねえか?」


 私は震える足を押さえながら立ちあがった。

 そしてスサノオを指さし、ピストルの形にした。


「最後まであきらめないってことだああああああああああああああああああ!」


 ――銃声が一発、鳴った。


 その銃声の後、静寂が訪れた。

 風の音、街路樹の葉が擦れる音さえ聞こえるように。


 しかし、一発分の銃声を何も奪わなかった。

 何の結果も生み出さなかった。


 そして、私の口が勝手に開いた。


「みんな、頑張ったわね」


 ――ズドン、ズドン、ズドン。


 銃声が三発なった。

 三発分の引き金が引かれた。

 しかし、それでも何も起こらなかった。


【Imperfect Light(インパーフェクト・ライト)】


 私は何の言葉を発した?

 その意味は何?

 そもそも、なぜ口が勝手に動いている?


「何をした!」

「人はね。皆不完全なの。足りないものを補い合って、生きているの」

「質問に答えろ!」


 再び鳴る銃声。

 何度も、何度も、何度も放たれる銃弾。


 しかし、どれも命中することは無い。


「組織だってそう。国だってそう。何もかもが不完全。でもね、完全なものが一つだけある」

「は?」


 私の足が勝手に動いた。

 そしてピストルの形にしていた人差し指が、スサノオの胸に触れた。


「それは、心よ」


 親指が畳まれた。

 撃鉄が雷管を叩くように、親指が人差し指に触れた。


 ――その瞬間、スサノオがその場で蹲った。


「ぐおおおおおおおおおおおおおお! がああああああああああああ!」


 苦しみもがくスサノオ。

 そして、スサノオの身体から赤と青の淡い光が漏れだすのが見えた。

 同時に、微かな腐敗臭も感じる。


 さらに、だんだんと目の前の景色に色が足されていく。

 光の球、光の帯。見たことも無い風景が広がる。


「え……もしかして……」


 進士の声に振り返った。

 その瞬間に走馬灯のように思い出が流れ込んできた。

 別班特殊部隊として戦った記憶。

 研究体の少女を『雪乃』と名付けた記憶。

 研究体の少年を弟にした記憶。

 彼を『進士』と名付けた記憶。

 雪乃と進士で楽しい日々を送った記憶。

 この身体が銃弾で貫かれた記憶。

 泣き叫ぶ進士と雪乃の記憶。


「シンちゃん」

「雫……姉さん?」


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