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第四十六話「鏡花社長」

「今日からこの会社の社長になりました。鏡花(きょうか)です。皆さんよろしくお願いします」


 事務所内でパチパチと響く拍手の音。

 しかし皆戸惑っている。

 突然の社長交代と、少女のような外見をした女性が上に立つことに。


 正直、私達も彼女が何歳なのか分かっていない。

 その素性も。

 敵なのか味方なのか……いや、味方だったら私達を監禁しないだろう。


 朝礼と新社長挨拶が終わると、同僚達が話しかけてきた。


「二人で突然居なくなったけどどうしてたんだ?」

「もしかして二人で……」


 ため息をつきながら対応する。

 そういえば飲み会の後二人でいなくなり、そのままバルクネシアへ行ったんだった。


「別に進士とはそんな関係じゃないです」


「え!? いま進士って呼び捨てにした?」

「絶対に何かあったじゃん!」


 あ、やべ……。

 ついついやってしまった。


「なあ、平沢! 何かあったのかよ!」

「『Ms.007』ちゃんのこと好きなのかよ!」

「……仕事に関係ないことは答えない」


 今、進士は変装をしている。

 懐かしい枯れた中年スタイル。

 しかし、私のことについて聞かれた瞬間、若干頬を朱に染めて目を逸らした。


 そんな些細な機微を色恋で脳が汚染された一般人共は見逃すわけが無い。


「今照れたな!」

「絶対何かあっただろ!」


 キャイキャイと私達を揶揄ってくる。

 こういう人種は何歳になっても変わらないのだろうか?

 本当に面倒くさい。


「私と平沢さんは別に――」


「何をはしゃいでいるのです?」

「しゃ……社長!」


 私達の下に狂歌……鏡花社長が歩いてきた。

 ニコニコしているが、すごい殺気立っている。

 その迫力に先輩もベテラン社員も気圧され、額に汗を滲ませている。


「平沢課長と長谷川さんには私の仕事を手伝ってもらっていました。だからこの事務所に出社していなかったたのです。これ以上二人のことについて憶測で話さないように」

「わかりました!」

「申し訳ございませんでした!」


 私達に絡んできた人達は血相を変えて逃げていった。

 正直助かった。今、この瞬間だけは初めてこの女に感謝した。


 ――しかし、それにしても平和だな。


 私はこの間まで銃弾が飛来する戦場に身を置いていた。

 大切な人を亡くし、大事な仲間も安否不明。


 正直、イライラしてくる。

 どういつもこいつもヘラヘラ笑いやがって。


 お前達が平和ボケして青春や不貞を謳歌している間に、命懸けでこの平和を守っている存在がいる。

 少しは有難く思った方が良い。

 ほんとお前達良いよな。『こっち側の世界』のことも知らず、のうのうと生きることができて。


「おい、美琴」

「あ、はい。すみません」

「狂歌の話聞いて無かっただろ?」

「ごめんなさい!」


 イライラして心の中で考え事をしていたせいで、まったく話を聞いていなかった。


「はぁ……場所を変えよう。社長室に来い」


 私達は社長室へと連れてかれた。


 ◇◇◇


「え? 営業活動をせずに設置作業だけ手伝え……ですか?」


 社長室で鏡花社長から私と進士……平沢課長に言われたのは設置要員になることだった。


「べつに狂歌はオメー達を営業活動させるために会社に戻したんじゃーよ」

「じゃあ……何を?」


 狂歌は机の上にUSBとスマートフォンを置いた。


「これで機械設置業務をしながら情報盗んでこい」

「……」


 私達は言葉を失った。


「このUSBをPCに差せば、ネットワーク内の情報を全て盗むことができる。そして、このスマートフォンには『ペガサース』というアプリが入っている。これにより、スマートフォン内の情報を全て盗むことができる。端末のすぐ傍に置くだけでな。簡単だろ?」

「……産業スパイになれってことですか?」

「そうだよ」


 机の上に置かれたツールを見る。

 これを使って、犯罪の手伝いをしろということか……。


「もう一度説明してやるが、スマートフォン機器を利用すれば沢山の情報を得ることができる。あ、そうだ。この充電器も設置してこい」


 市販の充電器とそっくりな代物が置かれた。


「これは充電コードをスマートフォンに差すだけで情報を抜くことができる」

「そんなツールがあって便利な社会になりましたね」


 皮肉を言った。

 狂歌はその皮肉を正しく理解、満面の笑みで付け加えた。


「ああ、その通りだ。便利ツールがそこら中にある。飲食店でもホテルのテレビでも沢山情報取集便利ツールは設置されている。あの国やあの国へ旅行にいったら、さぞかし充電する時は気を付けたほうがいいな。きゃはははははは!」


 なんで私達はこんなことをしなくてはいけないのか。

 こんな犯罪の手伝いをするためにこの世界に入ったわけじゃ――。


「そうそう。狂歌は最近秘書を雇ったんだ。入ってこい」

「失礼します」


 狂歌は新たに社長室に人を入れた。

 そしてその人物は良く知った人物であった。


「あ……あなた達」

「麗華!」


 なぜ彼女がここに……そうか。バルクネシアでの出来事の後、私達以外も皆捕まったのか。


「狂歌はね。オメー達以外の奴らの『面倒』もみてるんだよねー」


 私達は、この女に従わざるを得ないことを理解した。


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