「私達犯罪の手伝いしなくちゃいけないのか」
「……そうだね」
私達は仕事復帰一日目を終え、監禁場所に帰っていた。
もう夜も遅く、二人で同じベッドで仰向けで寝ている。
しかし、罪悪感が凄い。
さっそく明日から仕事が始まるのだが、犯罪者として活動することになる。
「美琴は何もしなくていい。全部俺がやるよ」
進士が私の手を握ってきた。
今の彼の姿は青年の姿。私が好ましいと思う見た目のほう。
不器用な彼が、何とか私の力になろうと言葉を尽くしてくれるのが可愛く思え、同時にとても頼もしいと感じた。
「そんなわけにはいかないよ。進士に全部押し付けたくない。私も一緒にやる」
「でも……!」
「じゃあ、落ち着けるように腕枕して」
「……!」
私は進士に腕を伸ばさせ、その上に頭を置いた。
そのまま進士に抱き着き、足を絡めた。
「ふふふ。すごい心臓ドクドクいってる」
「み……美琴こそ」
進士の体温が高くなっていく。
同時に、私の体温も同じように高くなっていく。
――また、甘くて落ち着く匂いがする。
私達はシャワーを浴びた後だ。
シャンプーや石鹸の匂いで身体が覆われている。
でも、この匂いはそういった類の者とは違う。
――これは、私を想ってくれる匂いなのかもしれない。
今まで、私は殺気や下心という負の感情しか嗅ぎ分けられなかった。
あまり、それ以外で強い感情を向けられたことが無かったからだ。
でも、初めてプラスの感情の匂いに気付くことができた。
「すう……すう……」
「寝息立てていると見せかけて匂い嗅いでる?」
「す……すう……すう……」
「……」
眠っていると見せかけているが完全にバレてる。
だけど、代わりに進士は私の頭を撫でてきた。
さらに、ぎゅっと私の頭を優しく抱きしめた。
その温かさと心が安らぐ感情で、瞼が重くなってきた。
――敵地で捕らわれているのに、なんでこんなに安らいだ気持ちになれるのだろうか。
◇◇◇
「今日はよろしく!」
「こちらこそよろしくお願いします」
営業にお礼を言われる私達。
早速コピー機の設置作業が始まるのだが、これから私達はこの営業とお客様を裏切る行為をするのだ。
内心申し訳ない気持ちになった。
「それにしても『Ms.007』ちゃんが設置要員になるとはね。売れないとそうなっちゃうのか」
前言撤回。コイツだけは裏切っていいわ。
お客様は裏切りたくないけど、何かあったら全部コイツのせいにしてやろうかな。
それより、最近とても感じるんだけど、スパイのコードネームにもなった『Ms.007』って……コイツら会社の同僚からしか言われないんだけど。
スパイの仲間や昴達からは名前で呼ばれることが多い。
本来逆じゃない?
「平沢課長も一緒に設置要員とは情けないな。役職持ちで雑用係とか。俺ももっと頑張ってこうならねーようにしないと」
――お前に銃弾を避けたり、日本刀相手にナイフで立ち回ったりできるのか?
心の中で言い返した。
なんか、進士のことを悪く言われるの、私もめっちゃ腹立つんだけど。
「さて、作業を始めよう。美琴、ドライバーインストールをお願い」
「はい平沢課長」
進士が営業を無視して私に指示を出してきた。
私はそれにしたがい、進士にシカトされてムスっとした営業を尻目にお客様のPCの方へ向かった。
◇◇◇
残念ながら、作業は順調だ。
何も疑われること無く、USBをPCに差すことができた。
平社員も役職持った人間、社長までもが自由にPCを触らせてくれる。
見られたくないデータとか無いのか? と思ってしまう。
しかし、私がこう思うようになったのはスパイになったからだろう。
普通の営業をやっていた頃は、別に気にならなかった。
――逆に、なぜ元社長が事務機器販売会社を設立したのか分かった。
元社長は狂歌に捕まってしまったけど、彼も諜報業界の人間だ。
会社内の端末に疑われることなく入ることができる会社だから、いざという時の諜報活動を行いやすいのか。
怪しい会社があったら、その会社情報を盗んでしまえばいい。
日本を狙う国やテロ組織のスパイが会社に紛れ込んでいたら、そいつのPCが怪しい動きをしていないかログを収集すればいい。
製品で社内情報管理システムがあるからそれで管理している会社もあるけど、防諜のためにこういったソフトやプログラムを仕込もうと思えばできてしまうかも。
「作業は終わったか?」
「はい。終わりました」
しかめっ面の営業に聞かれ、不愛想に答えた。
しかし、なんかあっけなく終わった。
皆無警戒だから、悪い事している自覚はあったけど緊張しなかった。
――これが平和ボケか。
身に染みてしまった。
◇◇◇
「ちゃんと盗めたようだね」
私達はUSBを狂歌――鏡花社長に渡すと、彼女は満足そうな笑みを浮かべた。
「よし、今後も励むように。あ、そうだ。今日は狂歌の娯楽に付き合ってもらおうかな」
「娯楽……?」
狂歌は極悪非道な笑みを浮かべた。窓から差し込む夕日が彼女の顔を照らすと、悪魔の笑みにも見えた。
「美琴。これでコイツのこと撃て」
狂歌は拳銃を渡してきた。
そして彼女が指さした相手は、進士だった。