なんで……なんで私はこんなことをしなければならないんだろう。
「ほら、早く撃てよ」
私達は仕事後、狂歌に射撃訓練場に連れてこられた。
そして私は社長室で言われたように、進士に銃を向けている。
真っ白で無機質な射撃場。
まるで私達は実験台のモルモットのようだ。
「マガジンに入ってる弾全部撃ち尽くすまで終わらないぞ。早くしろ。ああ、そうだ。安心しな。全部実弾だ」
ズシリと銃の重みが増したような感覚に陥る。
インカム越しに聴こえる狂歌の声がとても……とても憎たらしく感じる。
――できることなら、この銃で今すぐ狂歌を撃ちたい。
しかし、この射撃訓練場に居るのは私と進士の二人だけ。
狂歌がどこに居るのかわからないが、延々とインカム越しに「進士を撃て」と指示してくる。
「大丈夫。弾を全て弾くから安心して」
「進士……」
こちらを心配させたいと語りかける進士。
胸がきゅうと締め付けられる感覚。涙が出そうになってくる。
「ああ、そうだ。進士にはナイフを持たせてある。なぁに、これはゲームだ。ただの暇つぶしだ。コイツならお前の発した銃弾をナイフで弾くことくらいできるだろう。まぁ、失敗したら死ぬんだけどな。きゃはははははははは!」
――本当に殺してやりたい。
どいつもこいつも人の大事なモノを踏みいじりやがって。
――力が無いから蹂躙され、弄ばれるんだ。
そのことを痛感する。
ティア……真理お嬢様……私にもっと力があれば彼女達を守れただろう。
目の前にある自分の手が憎らしい。
銃を進士を向けている事実も受け入れられない。
涙で視界が揺らぐ。
「撃て!!!!!」
銃声が鳴った。
手首に強い衝撃が走り、痛む。
硝煙の匂いが鼻腔に突き刺さる。
――私は……引き金を弾いてしまったのか?
聴覚、嗅覚、痛みを脳が処理した後に、やっと自分の行動に気がついた。
目の前の大切な人を撃ってしまった。
「……」
やっと視覚が進士の姿を捉えた時、彼は左腕を抑えていた。上体を少しだけ前に屈めながら。
インカム越しに深く、長い呼吸音が聴こえる。
その声を聴いて胸が張り裂けそうになり、大量の涙が頬を伝った。
――私のことを想ってくれている。
私の銃弾が彼の左腕を傷付けたことは確かだ。
だけど、私に罪悪感を感じさせないように、痛みを隠している。
本当は声を上げたかっただろう。
膝をつきたかっただろう。
痛みに耐える行動を全て封印して、私に安心させようとしている。
その気持ちがとても嬉しい。
嬉しいけど、彼を傷付けたことに対する罪悪感が入り混じり、感情がぐちゃぐちゃになっていく。
「ほうら、しっかり撃たないから進士が傷付いた。お前の銃弾は逸れて壁に当たり、跳弾した。軌道を読み誤った進士は対応しきれなかったのさ」
「お前が突然大声を出したからだろ!!」
インカム越しに大声で「撃て!」と怒鳴られ、衝動的に引き金を弾いてしまった。
絶対に引き金を弾いてはいけなかったのに。
「違うね。お前の未熟さが進士を傷付けたんだ」
「こういう事をさせてるのはアンタだろ!」
「はぁ? 狂歌に逆らう気? 自分の立場まだわかってないの?」
「この――」
「大丈夫だから!」
進士の声が私の言葉を遮った。
「俺は大丈夫だから。弾を避ける事は造作もない。ただ、しっかり俺を狙って撃つしか無い」
「でも……」
「俺を信じて」
進士は逆手持ちしたナイフを構え、私を見つめてきた。
私は涙を拭った。
湧き上がる感情を胸の奥に押し込めて、強く拳銃を握った。
「撃つよ」
「ああ」
――バァン!
進士に狙いを定めて引き金を引いた。
その直後、金属どうしがぶつかる音がした。
「ほら、大丈夫だっただろ?」
「……うん」
進士は私の銃弾を正確にナイフで弾いた。
「私がちゃんと狙えば弾きやすい……のよね?」
「ああ。しっかり狙ってくれた方が助かる」
私は拳銃に力を込めた。
そして次の弾丸を発射した。
◆◆◆
「ごめん……」
「大丈夫だから気にしないで」
無事にマガジン内の銃弾を全て撃ち終えた所で狐面の巫女がやって来た。そして現在の私達の生活拠点となってしまっている監禁場所に連れてこられた。
現在、私はベッドの上で進士の腕の手当てをしている。
狐面が持ってきてくれた薬品セットを使い、進士の腕に包帯を巻いた。
――綺麗だな。
進士の筋肉質で引き締まった上半身を見てると、頭がぼーっとしてきた。
無駄毛も無い、白い陶器のような肌。
そして小さく桃色の乳――いや、ダメだ。
頭を振って自分を正気に戻した。
「ありがとう」
「……」
進士の手当てを終えて薬品セットを狐面に返す。
狐面はお礼に対してコクりと頷くと部屋を出ていった。
――彼女は何者なんだろう。
狂歌の手伝いをしているから、本来は敵である。
しかし、ティアと同じくらいの身長とスタイルで、同じ匂いがする。だからどうしても嫌いになりきれない。
顔に傷を負い、喋ることも出来なくなっているらしいが……もしそれがティアで狐面を取ったらあの可愛らしい笑顔に再会できたら……と考えてしまう。
しかし、ティアの最期の顔は美しかった。
顔に傷を負っていない。
胸に湧き上がる絶望を感じる。
堪らず、隣に座る進士の肩に頭を預けた。
すると、進士が肩を抱いてくれた。怪我をしている左腕で。
当初出会った頃とは打って変わってとても頼れる。
彼の存在が私の中で大きくなっていく。
この、正体不明の敵に監禁されているという絶望的な状況でも正気を保っていられるのは、彼が居るからだ。
――思考を巡らそう。
「ねえ、事務機器設置作業をしてる時に逃げ出せないかな?」
「難しいかもしれない。狂歌の所属組織も後ろ楯も全く分からない。それなのに、事務機器設置作業中なんの監視の姿も無い。狂歌が一緒でも無い。奇妙なくらいに」
「それなら逃げ出せるんじゃない?」
「ヤツが衛星兵器を使っている可能性が捨てきれない」
――衛星兵器?
聞き慣れない恐ろしい言葉が出てきた。