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第四十九話「ウェア・イズ・ダディシステム」

 ――衛星兵器。


 聞き慣れない言葉に戦慄する。


「衛星兵器って……何?」

「文字通り人工衛星から地上の人間を狙う兵器だよ」

「そんなものが存在するの?」


 恐怖で身震いした。


「ウェア・イズ・ダディシステムは実際に戦争で使われている。表立って大手メディアは報じてないかもしれないけど」

「Where's daddy?(パパはどこ?)悪趣味な名前ね」

「ああ。衛星で特定の人物をAIで追うことができるんだ。最悪のケースの場合、そのまま衛星から狙った人物に向けて高出力レーザーを放てば、一瞬で蒸発させることができる」

「そんな……」


 そんな兵器を持っていれば四六時中対象を監視しなくても良い。面倒なことは全てAIがやってくれる。


 あのスサノオを目の前にして堂々としていた狂歌。力も底しれない。スサノオや昴達のような強者のオーラも感じる。


 狂歌が特殊な立場に居る実力者であることは間違いない。

 だから、ちゃんと情報を集めて対応しなければならない。


 ――情報がない状態であれこれ考えても仕方が無い。


 暫くは狂歌の狂気に満ちた意地の悪い「暇潰し」を乗り越えなくてはならない。


 下手したら、ここで命を落としてしまう。


「もう遅いから寝ましょうか」

「ああ」


 二人でベッドに横になった。

 ふわりと甘い香に包まれる。

 シャンプーやボディソープではなく、進士から発せられる「想い」の匂い。


 ――とても落ち着くわ。


「今日は私が腕枕するよ」

「……え?」


 いつも私が枕にしていた腕は銃弾によって傷付けられてしまった。だから、今日は私の番だ。


「……」


 私の提案に進士は頬を赤く染めた。

 迷う素振りを見せたが、最終的に大人しく私の腕に頭を乗せた。そして私とは逆の方向へ身体を向ける。

 恥ずかしいのだろうか?


 ついつい悪戯心が芽生え、そのまま進士を後ろから抱きしめた。

 彼の背中からドクンドクンと心臓が脈打つ振動を感じる。

 その振動や音を感じると、とても心が安らぐ。


 トクン。

 トクン。


 段々と心臓の鼓動のリズムが同調していくように感じる。


 トクン。

 トクン。


 この瞬間が幸せというものなのかもしれない。色々と脳内のゴミが取り除かれていくようだ。


 そうだ。このまま忘れてしまおう。


 ――最近のいやな事も全て……すべ……て。


 いや、やはり忘れられない。


 狂歌との最悪な日々を忘れて安らげると思ったのに……思い出したくない嫌なこと、忘れちゃいけない悲劇、明日への不安が湧き上がってくる。


 ――そして、自分が自分じゃないかもしれないという不安も。


 狂歌の「暇潰し」のせいであの戦いの事を忘れていたけれど、私の身体はお姉ちゃんに乗っ取られたかのようになった。そして化粧の下の顔もお姉ちゃんにそっくりで……。


 私は本当に私なのか?

 もう色々なことが起きたせいで、頭の中がぐちゃぐちゃだ。


 心臓の鼓動が速くなっていく。

 進士とシンクロしていたのに、心臓の歩調が合わなくなって来る。


 ――進士?


 私の異変に気付いたのか分からないけど、彼は私の手を握ってきた。 

 心が吐き出す負の感情が浄化されていく。


 段々と心臓の鼓動のリズムが再び同調していく。


 トクン。

 トクン。


 私は……進士と私の身体が一つになっていくような、錯覚を覚えながらまどろみの中へと溶けていった。


 ◆◆◆


「今日の仕事場所は児童支援のNPO法人だよ。きゃはは」


 憂鬱な一日が始まる。


 私達は狐面が運転する車の後部座席に座っている。

 監禁場所から車に乗り、暫くの間は目隠しされる。しかし目的地周辺になると目隠しを外され、外の風景が見えるようになる。


 ――というかコイツ……。

 狂歌は助手席に座り、後ろに私が座っているのにお構いなしにシートを寝かせてくつろいでいる。


 凄く邪魔。


「この辺りの地域では名が通っている法人らしい。地域の人達からの信用も厚いらしいね。きゃはは」


 昨日の「弾よけゲーム」によって右手首が痛い。銃の衝撃で痛んだ手首を揉みながら、狂歌の話を気だるく思いながら聞いた。


「さて、今日も情報をごっそり抜いて来な。いつも通りUSBメモリを端末に差し込み、スマートフォン情報はこの『ペガサース』アプリ入り端末を近づけてこい」


「……」

「返事!」

「……はい」


 俯きながら、低い声で返事をした。


「そうそう。昨日オメーらが情報盗んだ会社は不動産管理会社だったんだけどさ、すげー沢山情報仕入れることができたわ。きゃはははは!」


「……」


 罪悪感が込み上げてくる。

 得体の知れない犯罪者に手を貸し、敵の役に立ってしまっている。


「ありがとう! マジ助かったよ」


 わざわざ助手席から振り向いて私達に満面の笑みを見せる狂歌。憎らしいほどに屈託の無い笑顔。


 どうしてコイツはここまで私達の心をいたぶろうとするのか?


 本当に信じられない。


「お陰様でゴミ掃除が捗るよ。そうそう、お前たちにも手伝ってもらうかもしれないから『準備をしておけよ』」


「!?」


 突然、腐敗臭が鼻腔を刺激した。

 どす黒い怒りの籠もった殺気。

 これは……狂歌の殺気?

 何考えているか分からない軽薄な態度を取っている狂歌から放たれる歪な殺気。


 思わず鼻を押さえた。しかし、それでも臭いを感じる。


「(子供達を食い物にする外道は全て地獄に落としてやる)」


 え?

 何て言った?

 恐ろしく低い声で、かつ小さな声で呟いた狂歌。


 何とか聞き取れたけれど、狂歌が本当にこの言葉を発したのか?

 この悪魔のような女が?


 ――本当に何なんだよ。それに掃除ってなんだよ。


 狂歌の不可解な言葉に混乱し、思考が止まってしまう。


「さあ、着いたぞ。存分に仕事をしてこい」


 私達はUSBを受け取ると、仕事場へと向かい、任務を遂行した。


 この法人でも私達には無警戒。

 自由にPCを触らせてくれたし、スマートフォンも机の上に置きっぱなしだった。


 完全に情報盗み放題。難なく作業を行うことができた。

 私達が情報がたんまりと保存されたUSBメモリとスマートフォンを渡すと、狂歌は不敵な笑みを浮かべた。


 そしてその日私達に与えられた夕食は少し豪華になった。


 しかし、何だろう。


 ――狂歌の今日の様子は少しおかしかった。

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