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第五十話「欲しかった言葉」

「さすが。この生活にも慣れたようだな」


 いつものように仕事後社長室にて報告業務を行った私達。

 狂歌は無表情のまま拍手してきた。

 窓から差し込む夕日を背にする狂歌の顔は陰で黒く映り、大変不気味だ。


 しかし、私達は事務機器設置作業と「弾よけゲーム」を繰り返す日々を何日も送ってきたのだけれど慣れは怖い。

 監禁されながら命懸けの「暇つぶし」をさせられているという状況なのに、普通に感じるようになってしまった。

 狂歌の理不尽さにも。


 それでも怒りはある。積み重なっていく。

 毎日銃を発砲する動作をしていたため手首をかなり痛めてしまった。右手首が痛みすぎて銃を握れなくなった時、狂歌はあろうことか「左手で撃て」と言い放ってきた。


 本当にふざけている。

 進士が避けやすくするために、しっかりと狙いを定めて精密に射撃しなくてはならない。

 だから、左手だろうが本気で狙い、自分の射撃技術が向上するように努力した。


 お陰様で、右手でも左手でもかなり正確に射撃することができるようになってしまったよ。大変不本意ながら。


 「ぶっちゃけ、今まで簡単だっただろ? どこも平和ボケしているから情報を抜かれるリスクなんて考えていない」

「まあ……そうです」


 これまで沢山の情報を盗まされたが、どの現場も簡単に盗むことができた。

 それほど、この国の深刻さを身に染みて感じた。


 会社の情報なんて個人の情報も保存されている。

 氏名、住所はもちろんのこと、給料を払うために口座情報やマイナンバー情報も管理しているはずだ。


 その情報も全て入手できてしまったら、犯罪者に狙い撃ちされることもあるだろう。


「そこで、次の仕事は難易度を上げる。いや……上げるどころの話じゃないな。最も情報を盗みずらい場所で仕事をしてもらう」

「……」


 狂歌は耳まで達しそうなほど口角を上げた。

 まるで悪魔のようだ。いや、こいつは元から悪魔のようなやつだ。



「オメーらに次盗みに行ってもらう場所はな、『警察署』だ」

「は?」

「しかもただの警察じゃない。『公安外事警察』だ」


 社長室内に静寂が訪れた。

 緊張感で張り詰める。自分の心臓の鼓動も大きくなり、今自分が本当に現実の世界で足をつけて立っているのかも疑問に思ってしまった。夢を見ているんじゃないかと。


「おい、返事は?」

「ちょっと待ってよ! 公安外事警察なんて日本の対スパイのスペシャリストじゃない! そんな場所で情報を盗めるわけ無いじゃない!」

「まあ、そうだろうな。普通はな」

「できるわけないじゃない!」


 狂歌は私の言葉を聞き、一つため息をついた。

 そして、自分のノートPCを操作して私達に見せてきた。


「まあ、安心しろ。お前達のことはちゃんと『見守って』いるからな。常に傍で寄り添ってやっていると考えてもらって構わない。どうだ? 心強いだろ? きゃはははは!」


 PCには上空から映る私達の姿の影が映されていた。

 恐らくサーモグラフィーを使用しているんだろう。

 私達三人の姿が白い影になって表示されている。


「ウェア・イズ・ダディシステム……」


 本当に意地が悪い。


 見守ってる?

 寄り添っている?


 ただの脅迫じゃない!

 私達が失敗したらレーザー兵器を撃ち、証拠や自分達の存在を闇に葬るのでしょう。


「ほう? ちゃんと知っているようだな。なら、狂歌の言った意味を正確に理解しているよな?」

「……」


 私は指をピストルの形にして狂歌に向けた。


「なんの真似だ?」


 狂歌の声が低くなった。

 室内が重くなる。


 しかし、腐敗臭を感じない。

 狂歌にとってはこの程度のこと、些末なことだと思っているのだろう。


「もしかして、バルクネシアでの戦いを再現しようとしているのか?」

「ええ、そうよ。アンアも見ていたなら分かっているんでしょう? 私には心に打ち込める弾丸がある」

「心に打ち込める弾丸だと? この私を前にしてそう言い放つか。きゃははははははは!」


 狂歌は身体をくの字に曲げて大笑いした。


「よりにもよって、この狂歌に対してそう言うとはな。そうだ、そこまで言うなら今後のプランに『アレ』も加えるか。うん、善い。すごく善い……」


「何がおかしいのよ! この力……この力で!」


 狂歌と離れた場所では衛星兵器のレーザーで焼かれてしまう。

 しかし、狂歌の間近に居れば自分も巻き沿いになる。


 どうせ公安外事警察の情報を盗むなんてこと失敗する。

 私達が失敗する前に、今ここで「あの力」を発動させれば切り抜けられるはず!


「オメーさ、自分のことを『誰だと』思っているんだ?」

「え……自分……?」


 手が震え出した。

 自分が誰か?

 そんなこと……そんなの……。


「オメーは『長谷川美琴』。それ以上でもそれ以下でもない。自分は本当は『別の誰か』とでも思ってるんじゃねーのか?」


「アンタもしかして何か知ってるの!?」


「いーや。全然知らね。興味も無い」


「じゃあ、なんでそんなことが言えるのよ!」


「狂歌の前に立っているのが『オメー自身』だからだよ」

「……」


 狂歌は真っすぐ私を見つめてきた。


「狂歌が興味を持って遊んでやってるのは『オメー自身』なんだよ。仮にその身体の持ち主が――本当は別の人間で、『長谷川美琴』が仮初の人格だったとしよう。ただの多重人格の内の一人で、本来存在しない幻のような存在だったとしよう」


 狂歌はずけずけと私の心を抉るようなことを言ってくる。

 だけど何故か……何故か「寄り添い」の言葉のようにも感じる。


「それでも狂歌が相手しているのはオメー自身だ。長谷川美琴」

「……!?」


 視界が涙で揺らぐ。


「まあ、そうだな。本当にあの力をオメー自身が使えるのならやってみろよ。そうしたら真正面から受けてやる」

「……」


 狂歌の目から真剣さが伝わってくる。


「でも、まあ無理だよな。あの力はオメー自身の力ではないってことを理解しているんだよな? ならオメー自身が自分の力を見つけねーとな」

「……」


 私は黙って腕を降ろした。


「と、いうわけで潜入してもらう警察署の情報はこれだ。よーく考えて作戦を立てておけよ? 潜入するのは美琴一人。進士は失敗した時の後始末を任せる」


 私は黙って狂歌が渡してきた書類を受け取った。


 ――なんでコイツが、私が一番欲しい言葉をくれるのよ……。


 見守ってる?

 寄り添っている?


 その言葉の意味が分からなくなってきた。

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