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第五十一話「平沢進士恋愛指南その1」

<平沢進士視点>


 「私は非常に怒っている。なぜだか分かるか? 平沢進士」

「……」


 公安外事警察の情報を盗むよう告げられた後、美琴だけ先に帰らされた。

 狐面に連れられる美琴は心配そうな表情で俺を見た。


 ――早く、美琴を安全で安心して生活できる場所に連れていきたい。


「おい! 聞いてんのか!」


 俺は思考を巡らせた。

 その理由は沢山思いつく。

 目の前の敵は俺達を監禁している。


 もしかしたら、俺達の反抗的な態度が気に食わないのかもしれない。

 もしくは、美琴が傷つけられる度に俺がこの女に対して殺意を向けていたことが原因かもしれない。

 いや、隙があればいつでも殺そうと準備をしていたことかもしれない。


 ……結局、隙など一瞬も生まれなかったが。


「分からない」


 狂歌はため息をつき、俺に指さして怒鳴ってきた。


「なぜあの時、狂歌にあの言葉を言わせた!!!!」

「言わせた? 何を?」

「『美琴は美琴自身だ』という言葉だよ! なんでオメーが言わねえんだよ!!!」


 それは……そうかもしれない。

 俺は美琴と狂歌のやり取りを見ていることだけしかできなかった。


 言葉のやり取りに関しては正直分からない。

 戦闘だけしかやってこなかったから、何をして良いかも思いつかない。


「確かに監禁部屋でオメーが一回そんなようなことを言った時はあった。だけどなんであの時再び言わなかったんだ! 美琴を支え、肯定する役割はオメーだろ馬鹿野郎!!!!!!!」

「う……」


 返す言葉も無い。

 自分の不甲斐無さを感じる。

 確かにこの女の言う通りだ。


 しかし、何故この女はそれに対して怒っているのだ?

 今までで一番腹を立てているように見える。


「あークソ! 腹立つ! オメーも美琴が自分自身の真実に悩んでアイデンティティ崩壊の危機にあったことは分かってただろ! 『自分は自分なんだ』と一本心の柱を建ててやるのがオメーの役割だっただろ! それを何で狂歌にやらせんだよ! というかあのタイミングしか無かったんだよ! 美琴は心がボロボロになって、あの時アイデンティティを守ってやらなきゃ崩壊する所だった。逆にオメーにとっては千載一遇のチャンスだったんだよ!!!!」


 確かに俺は何となく気づいていた。

 美琴が自分のことに悩み、不安を抱えているのを知っていた。


「だいたいいつもオメーは受け身だよな! 部屋の様子をずっと見ていたけどな……オメーいつも美琴にやらせていたよな! 自分から美琴と心の触れあいをしようとする時はマジで美琴がやばくなった時だけ。自分から能動的に美琴の心に触れようとしたことあったのか!?」

「……」



 指摘されることになにも反論できない。

 そうだ。俺は何も美琴にしてあげられてない。

 いつも美琴にしてもらっている。


「……わからないんだ」

「は?」

「何をしてあげればいいか。どうすれば美琴を笑顔にしてあげれるのか。俺は人と心を通わせた経験が少ない。いつも俺の居場所は戦場だった。だから……美琴が俯いている時にかけてあげる言葉が思いつかなかったんだ。美琴の行動に寄り添うことしかできなかった。俺は、どうすれば良かったんだ……」

「はあ~~~~~~~~~~~~」


 狂歌は大きなため息をつき、眉間に皺を寄せた。

 そして社長室内をぐるぐると歩いて回り、考え込む素振りをしている。


 いつも自信に溢れ、迷いも一切見せないような女だが、何故かこのことに対して真剣に考え込んでいる。俺達の問題なのに。


「そうだな……まずはこれを読んでみろ」


 狂歌に渡されたのは一冊の少女漫画だった。

 よく見ると、この社長室に置かれた本段には漫画や小説がぎっしりと置かれている。


「少女漫画で描かれることはファンタジーだ。現実ではそんなこと起こらない。だけどな、そこに描かれるような胸をキュンキュンとさせてしまうようなことは期待してしまうんだ。だけどな、それをそのまま実生活で使ったらただのイタい勘違い野郎になってしまう。うまく現実に落とし込んで、言葉を変えて、然るべきタイミングでその少女漫画から得たエッセンスを実行するんだ」


 とても早口で喋り出したため内容をまったく理解できなかった。

 今までで一番早い喋り方だったのではないか?


「まあ、こんなこと言ってもわからねーよな。まずは胸キュンのポイントを理解する所から始めようか。まずはこれを読んで、それに感じたことをそのまま受け止めてみるんだ。やってみろ」


 言われた通りにしてみよう。

 しかし、漫画は初めての経験だ。

 恐る恐る1ぺージめくってみた。


 ◆◆◆


「他に作品はありますか? お嬢様」

「いきなりそんな喋り方してくんじゃねーよ! 場面がおかしいだろ場面が! 執事がお嬢様に対して使うものであって、狂歌とオメーの関係性で出てくる言葉じゃねーだろ! まあ、敬語を覚えたことは良しとするが」


 正直、渡された少女漫画は全て面白く、夢中で読んでしまった。

 社長室の地べたに座り読み耽ったが、現在沢山の漫画と小説の山が築きあげられている。


 クズ男のヒモにされていた主人公が復讐のために女優になり見返すも、芸能界で出会ったトップ俳優との恋が育まれていく話。

 中華風ファンタジーで、愛する男に裏切られ身の危険が生じるも、旅先で伝説の龍の力を持つ男達と出会い、自分の運命に立ち向かっていく話。

 前世、ポンペイで親友だった男同士だったのに現世でその親友が女の子として生まれ変わった話。


 等々。


 とても面白い話ばかりで、何も無い自分の中のスペースに色々な新しい物が埋まっていくような感じがした。


「夢中になるのもいいが、そろそろ帰る時間だ。それ読み終えたら片付けろ」

「分かりました。その、部屋に持ち帰ってもいいですか?」

「駄目だ! オメーが勉強している所を美琴に悟らせるな! 全て隠せ! さりげなくエッセンスとして加えるだけにし……というか、今まで通りにしろ! 狂歌の認識が甘かった。オメーは初心者すぎる上に吸収力がすごい。影響も案外受けやすいこともわかった。だから、マジで当分の間は今まで通りにしろ!」

「わかりました」


 一瞬で今読んでいた巻を読め終えると片付けを始めた。

 しかし、余計にこの女……いや、女性を女と言うのは良くない。

 この狂歌さんの正体や思惑が分からなくなってきた。


「あの、狂歌……さん。貴女は一体何者なんですか?」

「私はカプ厨だ」


 俺にはまだその言葉の意味が分からなかった。

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