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第五十二話「平沢進士恋愛指南その2」

<平沢進士視点>


「大丈夫だった!?」

「……うん」

「何かされなかった?」

「大丈夫」


 俺が監禁部屋の扉を開けると、美琴がすごく心配した表情で駆け寄ってきた。

 美琴の目を見ると少し赤くなっていた。

 俺のために泣いてくれたんだろう、きっと。

 少女漫画で泣いた後に目を赤くさせるシーンがあった。


 ――少女漫画ならこういうときキャラクターはどうしていただろうか?


 顔の良い男を絶対的なヒーローとして扱う話の場合、抱きしめて耳元で囁いていた。

 青春色の強い、純粋な男キャラの場合は少年のような屈託のない笑顔を見せて、相手に心配させないようにしていた。

 オレ様系の男キャラの場合は「うるせえ! 大丈夫だっつってんだろ!」と乱暴な態度を見せた。


 ――こうやって考えると、相手に返す反応は沢山の種類があるようだ。


 今まで全く考えたことが無かった。

 こんな膨大な選択肢がある中で、ひとつずつ選択しているというのか?

 世間一般を生きる普通の人々は。


 マルティネス……真里お嬢様もこういう人とのコミュニケーションに長けていた。

 脳内に思い浮かぶ選択肢が俺なんかよりも沢山持っているだろう。


「どうしたの? 突然黙っちゃって」

「いや、何でもない。大丈夫」

「そう……」


 また美琴に不安そうな顔をさせてしまった。

 しかし、狂歌さんからは今までの態度で接しろと言われた。

 ……というか、今の俺にはそれしかできない。


「とりあえず夕食にしようか?」

「え? 待っててくれたの?」


 美琴が指さした先には机の上に冷めた料理が置いてあった。

 麻婆豆腐にチンジャオロース。

 幸い麺類は無いが、白米もおかずも冷めた様子である。


「先に――」


 俺は言いかけた言葉を途中で留めた。

 少女漫画でご飯を一緒に食べるシーンが描かれていた。

 そのシーンはとても幸せな状況だった。

 一緒に時間を共有する。その大切さを訴えるものだ。


 ――そう考えるならば、美琴は俺との時間を大切にするために食べないでいてくれたのかもしれない。


 お腹も空いているだろうに。

 やることも無く、監禁部屋に一人きりで。

 そう考えると、胸が締め付けられるような感覚に陥った。


 ――もしかして、これが「胸キュン」というやつだろうか?


 俺は「先に食べてくれていても良かったのに」と言おうとした。

 もし、そんなことを言ってしまったら、美琴の俺に対する感情を無下にあしらってしまうことになっていた。

 俺は、なんて酷いことをしようとしていたんだろうか。


 そもそも、美琴と初めて出会った時もそうだ。

 漫画を読んで初めて知ったが、ラブホテルというのは「そういうこと」をするための宿泊施設だったようだ。

 身を隠す拠点として便利だから使用していたけれど、何も説明せずに出会ったばかりの女性をホテルに連れ込むなんて、漫画に出てくるような最低なクズ男がすることじゃないか。


 ということは、俺のあの行動は……美琴からしたら完全に俺に襲われると思っていたんじゃないか?

 しかも俺はすぐにシャワーを浴びた。

 あの……「そういうこと」をする前はシャワーを浴びる。

 美琴はずっと俺に……されるかもしれないと思いながら、ずっと部屋で待っていたのか。


 ようやく、俺がしてきたことの重大さ、異常性に気が付いた。

 それなのに、なんで美琴は俺と一緒に居続けてくれるのだろう。


「先に? ねえ、本当にどうしたの? さっきから突然黙っちゃったりして」

「過去の俺をぶん殴ろうと思った」

「……意味が分からないんだけど」


 心配そうな表情だった美琴は、完全に意味が分からないという表情になった。


「それよりも待っていてくれてありがとう。やっぱ美琴と一緒にご飯食べたかったから嬉しい」

「え? ……そ、そう?」


 美琴の顔が真っ赤になった。


 え? どうして?


 ただ普通に思っていることを言っただけなのに。

 なにも漫画で出てくるような台詞を言ったわけでもないのに。


 顔が赤くなるという現象は少女漫画で「胸キュン」が生じる時に発生する現象だ。

 それが起きたということは、俺は正しい選択肢を選べたということになる。


 ――そうだ。「共感」というやつだ。


 美琴は俺とご飯を一緒に食べたいと思ってくれていた。

 俺も美琴とご飯を一緒に食べたかったと伝えた。

 同じ気持ちだったということを確認し合えたということなんだ。


 ――ちゃんと素直な気持ちを言葉に出す、というはとても大切なことなんだ。



「あ、そうだ。飲み物沸すよ」

「え? う……うん」


 言葉で伝えるのは、今の俺ではリスクがある。

 間違えてしまう可能性が高い。


 だから、行動で伝えよう。

 感謝の気持ちと、言葉で表すことが難しい――この感情を。


「ありがとう。とても温かいね」

「うん」


 お茶の熱なのか、俺の気持ちに対することなのか分からないけれど、美琴の頬は上気して赤い。

 今では、「温かい」の言葉もお茶の温度のことと俺の気持ちの両方の意味が含まれているかもしれない、ということも考えられるようになった。


 ――なるほど。これが一緒に食べることの幸せか。


 麻婆豆腐を口に運ぶ。

 思ったよりも辛くて思わず水を口に含む。

 その仕草を見て笑う美琴。


 この何気ない所作の一つ一つが、漫画でキラキラしていたシーンと重なる。


 ――コンコン。


 突然扉がノックされると、狐面が杏仁豆腐を追加で持ってきた。

 恐らく、今までのやり取りを見ていた狂歌さん……先生のメッセージだろう。

 俺は正しい選択肢を選ぶことができたようだ。


 今後も狂歌先生から学べば、もっと美琴を笑顔にすることができるかもしれない。


 ――そして恐らく、この監禁生活は当初思ったものとは別の……大きな意味があるものなのかもしれない。

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