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第五十三話「私はどうなりたいのか?」

「やらなきゃ……やらなきゃ……」

「大丈夫。何があっても俺がなんとかするから心配しないで」

「うん……」


 進士が心配する私の手を握ってきた。


 ――現在、警察署に向かう車の中だ。


 いつものとおり、運転手は狐面。助手席には狂歌が座っている。

 座席シートを倒しているが、今日は進士が狂歌の後ろに座ってくれている。


「対策はちゃんとできているんだろうな?」

「……作業中にずっと後ろで見張られることになるという情報に関してですね? 私が合図を出したら進士に騒ぎを起こしてもらうようにお願いしてます」

「なるほど。騒ぎを起こす方法は?」

「火災報知器を鳴らしたり、煙を立てて火事を装ったり、異臭騒ぎを起こす等、複数パターン用意しています」

「なるほどな」


 最近、時々進士が敬語を使うようになった。

 これは進士が一人で社長室に残らされた時からだ。

 本当に……何が起こったんだ?

 あれから何か様子がおかしい。

 変に落ち着いているし、私への態度も気が遣えるようになったし。


 以前のノンデリ無神経男では無くなっている。

 同時にぎこちなさも感じるけれど……。


 何か少しモヤモヤする。

 というか本当に何なのよこの狂歌という女は。


 私達を監禁して、犯罪の片棒を担がせると思ったら、私が必要としている言葉を言って私自身を肯定してくれたり。


 何考えているのか、本当に分からない。


「さあ、もうすぐ着く。準備はできているな?」

「ええ。その前に、一つ教えて」

「何だ?」

「アンタは私達をどうしたいの?」


 狂歌はこちらに振り向いた。

 そして暫く無言で、私の目をのぞき込んできた。


 どうせ「自分で考えろ」とか「教えるわけねーだろ」とか言ってくるのかと思ったけれど……様子が違う。


「逆に聞くけど、オメーはどうなりたい?」

「私が……どうなりたいって……?」


 質問に質問で返された。

 でも……突然そんなことを聞かれても困る。

 というか私達は捕らわれの身。

 私がしたい事なんて、何か関係があるの?


「それは……」

「ほうら、早く言わないと到着しちゃうぞ~」


 ――私がしたい事ってなんだ?


 狂歌に振り回されて、やりたくないことをやらされてる。

 自分の口が勝手に動き、自分が本当に自分なのか分からなくなる。

 真里お嬢様が傷ついた。

 一緒にアイドルをやろうと別の道を示してくれたティアを失った。


 ――これまでの出来事が脳内に溢れてくる。


 雪乃と命懸けの戦いをした。

 スサノオに殺されかけた。

 アイドル会場でのダーティ・ボムによるテロ事件を未然に防いだ。


 ――嫌なことばかりではない。


 昴と出会った。藤間さんとも。

 麗香や真里お嬢様と仲間になれた。

 進士と出会えた。


 ――スパイになった元凶は?


 地味という自分の呪いに向き合うため。

 お姉ちゃんを探すため。


「私は、『私』になりたい」


 ポツリと言葉が零れた。

 口が勝手に動いた。


 でもこれは自分自身から発せられた言葉。

 そうか……根本的な私の欲求とは「私」を手に入れたいのかもしれない。


「ふーん。それならさ、今自分が置かれてる状況を利用することを考えろよ」

「状況を利用?」

「狂歌に捕らわれてこき使われてる今の状況だけじゃない。他にも沢山のことが起こるだろう。その時、自分に意味があるモノとなるように立ち向かっていけよ」

「意味が……あるものに……?」


 狂歌に似つかわしくない笑顔で言ってきた。


「意味は他人に与えられるものじゃない。自分で与えるものなんだ」


「……わかりました」


 すこし、ぼーっとする。

 脳内で沢山の情報処理がされている。

 今まで考えたことの無かった考えを受け入れるために、高速で情報処理がされていく。


「ほら、着いたぞ」

「行ってきます」


 車が停車すると、私は車のドアを開けた。

 そして警察署へと身体を向けた。


「大きいな……」


 実物の大きな建物を見ると物怖じしてしまう。

 でも、なんとなく狂歌との会話で腑に落ちたこともある。


 私は覚悟を決めて足を踏み出した。


 ◆◆◆


「お世話になります。本日プリンター設置作業の予定があり参りました長谷川ですけれども」

「はい、承っております。どうぞこちらに」


 婦警さんに案内された。

 ビシっとした制服だ。でも違和感がある。

 昴をずっと見てきたから、ちゃんと制服を着ている警察官というのは私にとっては珍しい。


 ……昴が本当に警察なのかも疑わしいけれど。

 というか、あの子の言う通りならば、これから行く公安外事警察って昴が所属している所だよね。


 今から手に入れる情報を見れば昴のことについてももっと知れるかもしれない。


「こちらです」


 私は案内された部屋の扉をノックしてみた。

 頭上を見上げると「公安外事警察」という札がかけられている。

 本当に来てしまったんだと実感する。


「はい」


 扉の向こうから女性の声が聞こえてきて、扉が少しだけ開いた。

 そして目が合う。


「少々お待ちくださいね」

「分かりました」


 扉が閉められ、少し待つことに。


 ――ああ、緊張する。


 本当に成功するのか?

 緊張して不安だけど、ここでそわそわしたら絶対に怪しまれる。


 全く、こんな地獄のような待ち時間を味わったのは初めだ。

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