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第五十四話「公安外事警察潜入作戦 後編」

 まずい。

 非常にまずい。


 この警察官のおじさん移動してくれない。


 進士は火災報知器を作動させただから、あと少しすれば騒動は収まってしまう。

 時間が無い。


 考えろ……考えるんだ。

 思考を巡らせよう。


 ――こんな時に麗香のハーブがあったら!


 今は麗華が傍に居ない。

 だから、私は超人化して思考する時間を得たり、超人的なスピードで動くこともできない。


 考えるんだ。

 今の……ありのままの私でできることを探すんだ。

 何かないか?

 私の持ち物、道具とか。


 ああ……真里お嬢様が居てくれたら。

 状況を打破するスパイギアを持たせてくれていたかもしれない。


 そもそも、今の私達の状況は自分自身の力しか頼れない。

 今にして思い返してみても、ずっと真里お嬢様のスパイギアが頼りだった。


 ああ、そうじゃない。

 過去を振り返っている時間なんかない!


 何か……何か……!


「あの……ごめんなさい」

「どうしました?」



 私は一つだけ見つけた。

 今のこの状況を打破できる、最低な作戦。


「私……火事がトラウマなんです……ぐす……。怖くて……怖くて……」


 私は泣きながら立ち上がった。

 スーツのパンツを濡らしながら。


「あ……あらららららら」

「ごめんなさい……おしっこで汚してしまって……」

「ちょっと待っててね! 拭くものとか色々持ってくるから!」


 ――私は放尿した。


 もう、これ以外の方法は見つからなかった。

 私が今流している涙は演技でも何でもない。

 人前でおしっこをしたという恥ずかしさで……心は超しんどい。


 ――しかし、作戦通り警察官のおじさんを退かすことができた。


 私は股を絞めてよろけて、パソコン本体に寄り掛かるようにして立った。

 これは演技だ。おしっこを漏らしたことに動揺している振りをしながら、身体を盾にしてカメラから手元を隠せるように位置取りをした。


 ここだ。この位置だ。


 タイミングを見極めて袖に隠していたUSBメモリを取り出し、USBの差し口にメモリを挿入した。

 マジックバーで磨いた技術は死んでいなかった。


「早く……早く……早く……」


 思わず口に出してしまった。

 しかし、警察官を待っている言葉ともとれる。

 問題はない。


 ――よし、今だ!


 USBがデータの複製に成功したことを確認すると、再びUSBメモリを袖の中に隠した。


 ちょうどその時だった。


「大丈夫ですか!?」


 女性警察官の方々が雑巾やモップ、着替えを持ってきて駆けつけてくれた。


「あ……ありがとうございます」


 ――危なかった。


 あと1秒でも遅かったらUSBメモリを見られていた。


「もう……うら若き乙女に恥ずかしい思いをさせるなんて。あのおじさん警察官のことはきつく叱っておいたからね!」

「あ……いえいえ。おじさんもお仕事のため仕方無かったと思うんで」


 渡されたタオル、ビニール袋と着替えを持ってトイレへと向かった。


 ――ごしごし。


 下半身をタオルで拭きながら虚しい気持ちになった。


「なんでこんなことしてるんだろう」


 というか、私はおしっこのことで辱めを受けたのは二度目だ。

 一回目は飛行機のトイレの中で進士の目の前でおしっこをするハメになった。


 まあ……今回は自分が選択したことだけど。

 自らおしっこを武器として使ったんだけども。


 ……でも、人として大事なモノを失った気がする。


 ◆◆◆


「きゃはははははははははははは! え? 何? もう一回言って! ねえ、もう一回言って!」

「……おしっこを漏らして警察官を退かしました」

「きゃはははははははははあははは! もう、最っ高!!!! 最&高!!!!」


 くそ……。めっちゃ馬鹿にしてくるやん。

 こっちは真剣なんだぞ。


「その……美琴のおしっこは汚くなんてないから」

「全然フォローになってないから! というか、やっぱトイレで見たんでしょ! 目開けないでって言ったのに私のおしっこ見たんでしょ!」

「仕方ないだろ! 飛行機が揺れた時にふと目が開いたら」

「忘れて! 今すぐ忘れて!」

「おい、ちょっと待て」


 狂歌が突然真剣な顔になった。


「今の話聞かせろ」

「……嫌」

「いいから聞かせろ」

「その……飛行機で二人でトイレに身を隠した時に、我慢できなくなって……」

「なるほど」


 狂歌は無言でスマートフォンを操作した。

 あれだけ笑っていたのに、急にこんな態度を取るなんて。

 一体どうしたのだろうか?


「高級焼き肉店を予約した。今日は豪華にいくぞ」

「あの……鼻血大丈夫?」


 何故か上機嫌なうえに鼻血を流す狂歌に疑問を持った。

 しかし、段々と作戦が成功したのを感じる。


 いや……警察の機密情報を盗むなんて成功して良かったのかどうかは分からないが、とりあえず私達の身の安全は保障された……と言っていいのだろうか。


「美琴は凄いよな……」

「何よ。皮肉?」

「違う。自ら機転を利かせてピンチを切り抜けられる力がズバ抜けている。それがとても格好良い」

「……ありがと」


 複雑な感情を抱きながら礼を言った。

 それにしても、最近の進士は素直な感情を言葉にするようになったな。


 その変化を、私はとても好ましいと思った。

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