「おはよう」
「うん……おはよう」
もう朝か……。
こんなに熟睡したのは久しぶりのことだ。
しかし……。
「胃が重たい」
「俺も食べ過ぎた」
二人してお腹を擦っている。
昨日、公安外事警察に潜入した私達は狂歌に豪華な高級焼き肉を食べさせてもらった。
今まで食べたことの無いような極上の肉。
それを大量に食べることができた。
狂歌も上機嫌で、今までに無いほど友好的に接してきた。
もしかして……狂歌が「暇つぶし」と称して私達に過酷なことを強いてきたのは、訓練だったのかもしれない。
自分の駒として使うようにするための。
私達のことを敵として見做しているのであれば、すぐに殺していただろう。
あと、あの場には狐面も同席していた。
口元だけ開けて一緒に焼き肉を食べていたけれど……やはり彼女の姿がティアと重なる。
何となく……口元も似ているような気がする。
「それよりも気になるな。狂歌せ……狂歌が言っていた新しい仕事というのが」
「そうね」
進士が狂歌の名前を言い直したことを少し疑問に思ったが、すぐに興味は狂歌の言葉に映った。
――お前達には明日から新しい仕事を与える。
「本当に……なんだろう」
次は私達にどんな犯罪を私にさせるのだろうか?
少し、怖いと感じる。
というか、このまま……。
――このまま私達は狂歌の手のひらで踊らされながらこき使われるのだろうか?
狂歌にはウェア・イズ・ダディシステムにより私達を衛星兵器で追うことができる。
だから、彼女の手から自由になるためには、彼女を倒すしかない。
もちろん、彼女の背景に組織が存在するならば、それもまとめて倒さなくてはならない。
――だから、今は情報を集めること。そして狂歌を利用して力を身に付けるしかない。
ちょうど良い「訓練場」と、今の環境を解釈すればよい。
私達の悪事は、昴達がうまくなんとか解決してくれるでしょう。
「おい、準備はできたか?」
「あ、はい」
狂歌が迎えにやってきた。
そして私達はいつものように目隠しをされ、目的地へと車で運ばれた。
◆◆◆
「あの……ここは?」
「ここはレッスンスタジオだ」
「それはわかるんですが……」
私達が送り込まれた場所は、鏡張りのレッスンスタジオだった。
アイドル時代にダンスレッスンを行う時は、このような施設を使っていた。
「どういうことなんです?」
「その前にメンバーを紹介しよう。入れ!」
狂歌は私と進士の前に二人の女性を連れてきた。
――よく見知った一人と、かつての宿敵を。
「え……麗華!? それと……アンタは雪乃!?」
「美琴!! 大丈夫だった!?」
「進士!」
雪乃と麗香は二人ともジャージ姿だ。
「あの……これは一体?」
「お前達でアイドルグループ『ジェムズ・シャイン』として活動してもらう」
「え……?」
突然のことで頭が真っ白になった。
なんで……?
突然……アイドルをやれ……と?
「あの戦いの後、この二人とマルティネスとかいうチート技師を保護した。チート技師は治療中。まだ意識も戻っていない」
「真里お嬢様!?」
「お嬢様? まあ……いいや。あとこの雪乃と麗香はひたすらダンスレッスンとボイストレーニングをさせていた」
「……は?」
私達と境遇が全く違う。
本当に、この女は何を考えているのだろうか?
「お前、アイドルだったんだろ? だからお前には別メニューを課していたというわけだ。というわけで、今からこの二人がこれまでの練習の成果を見せる。感想を聞かせろ」
「はあ」
スタジオ内で曲がかかった。
それに合わせて歌って踊る二人。
へえ。
ふーん。
なるほど……。
曲が鳴り終わり、二人とも息を上げながら汗を流している。
「で、どうだ?」
「コメントが難しい」
私もトップアイドルでは無かった……けれど、一応ティアに認めて貰えただけの技術は持っている。
その目からして、二人は素人同然と言うしかない。
「なんだよ! オレ達は頑張ったんだぞ!」
「もう少し……なんか無いの?」
頭が混乱する。
麗香はハーブを駆使するスゴ腕の医者だった。
それなのに何で自分の歌とダンスについての感想を私に求めているの?
雪乃に至ってはテロリストだったじゃない!
あの戦いと今で全く言っていることが違う。ギャップがありすぎる。
というか何でそんなに必死なんだよ。
「お前に認めえて貰わないとオレ達はお仕置きされる! 頼む、何か言ってくれよ!」
「そうよ! 美琴! 何か言いなさいよ!」
なるほど。
彼女達も狂歌にしごかれていたというわけか。
「ええと、それじゃあ……麗華は歌もダンスもそこそこ。声は綺麗で大人っぽいから、そこを伸ばすようにしたほうがいいんじゃないかな。あとは基礎体力が足りてないかな。基礎トレーニング、筋トレを頑張ればもっと良くなると思う」
「なんてこと言ってくれたのよおおおおおおお!」
麗香が私の言葉に絶望した。
そして頭を抱えてその場で座り込んだ。
「え? 何かおかしいこと言った?」
「いいや。狂歌もオメーと同じこと思っていた。じゃあ、次は雪乃についてはどう思う?」
私は雪乃の方を見た。
彼女は肩をビクッとさせて、怯えた表情をした。
「その前にさ。ねえ、何でアンタはそんなに怯えているわけ? 凄腕の剣術と体術を持っているじゃない。何で狂歌に良い様にされてんの?」
「う……」
雪乃は青ざめて震え出した。
「まさか」
「まあ、軽く遊んであげたのよ」
「あれで遊びかよ……マジでなんなんだよ……」
私にとって雪乃は超強敵だ。
二度と戦いたくない、絶対的強者だ。
それなのに……どれほどの強さを持っているんだよ、この女は。
「狂歌さん。また新入りですか? 私達に彼女達は必要なんでしょうか?」
突然、スタジオの扉が開かれた。
そこには三人の女性が立っていた。
制服を模したアイドル衣装を身に付けている。
「まあ、そうだな。オメーらにもプライドがあるよな?」
新たな出会いは、すごい剣幕で睨まれる所から始まった。