<平沢進士視点>
「美琴! 美琴!!」
どうしよう。
どうすればいい?
銃で撃たれたわけでも無い。
日本刀で斬られたわけでもない。
それなのに、何故か美琴は突然倒れた。
病気なのか?
それとも気づかないうちに身体を痛めていたのか?
「美琴! しっかり!」
麗香や雪乃が駆け寄って様子を見る。
しかし、美琴は目を開けない。
どうすれば……。
どうすれば……?
「おい、落ち着け。オメーが一番落ち着かなくてはならない」
いつの間にか傍に来た狂歌さんが、俺の耳元で小声で叱ってきた。
「し……しかし」
「嘘でもいい。ハッタリでも見せかけでもいい」
「……わかりました」
深呼吸をして、動揺を隠す。
別に大したことが無いと思い込む。
――だんだんと、頭が回るようになってきた。
「麗華。美琴の不調は肉体面? それとも精神面?」
「ああ、シンジ君。精神面のほうね」
「わかった。とりあえずベッドか何か、休める場所に連れて行こう」
俺は狂歌さんの方をみた。
狂歌さんは頷いた。
「休養室がある。そこで寝かせよう」
「分かりました」
前を歩く狂歌についていく。
そんな俺達にジェムズ・シャインのメンバーが心配そうに声をかけてきた。
「あの……大丈夫ですか?」
「大丈夫だ。オメーらは練習をしていろ。いや、あの雑魚共の教育をしていろ」
「……はい」
ジェムズ・シャイン――ジェムシャンのメンバー達は美琴達に敵意をむき出しにしていたが、根は優しい人間のようだ。
「うう……」
美琴が苦しそうな声を出した。
意識を失いながら、苦痛に耐えている様子だ。
――胸が苦しい。
苦しみを味わっている本人でもないのに、俺も苦しくなってくる。
できることなら、その苦しみを全部代わってあげたい。
「ほら、行くぞ」
「はい」
狂歌さんと休養室へ行き、美琴をベッドに寝かせてあげた。
◆◆◆
――社長室にて。
ジェムシャン達を残し、俺と狂歌さん、狐面の巫女の三人は社長室へと移動した。
「はぁ。計算ミスか」
眉間に皺を寄せながら、狂歌さんが椅子に深く座り考え込んでいる。
立派で背もたれの大きい黒革の社長椅子だけど、狂歌さんの小柄な身体とミスマッチだ。
「計算ミス、とは?」
「美琴は大切な者の死を乗り越えることができていなかった」
「……」
何故か狐面が俯いた。
「狂歌も情報として、美琴が大切な人を目の前で失ったことは知っていた。『二条ティア』というアイドルのことをよほど大切に想っていたのだろう。だが美琴は、彼女を失った後も戦い続けた。雑魚とはいえ、雪乃とスサノオもどきとの戦いもド素人のくせして互角に渡り合った。オメーの存在もあった。試練の数々が美琴の心を強くさせた――と思い込んでいた」
「ちょっと待ってください!」
「なんだ?」
聞き捨てならない言葉があった。
「『スサノオもどき』ってどういうことですか?」
「ん? オメーらが戦ったスサノオは本物じゃねーよ。本当のスサノオがあんな弱いわけ無いだろ。スサノオ本人を相手にしていたら一秒ももたず殺されているよ。そもそも、誰も奴の本当の姿を見たことがない」
「ど……どういうことですか!?」
「当たり前だろ。日本神話最強の神の名『スサノオ』の位を受け継ぐ現人神だ。その存在は絶対的。敵として奴の前に立った者は生きて帰れない。だから、誰も本当の存在を知らない。研究でスサノオの遺伝子を利用してクローン体が沢山作られた――ってオメーもその一人だけどさ、あくまでオリジナルとは程遠いんだよ」
まさか。
美琴と死力を尽くして戦った相手も俺や雪乃姉さんと同じクローンだったとは……。
「やっぱり、狂歌さんは別班特殊部隊のうちの一人だったんですね?」
「は? そんなんじゃねーよ。別班は自衛隊の影の戦力。軍人だ。この狂歌が軍人に見えるか?」
「え……じゃあ、あなたは一体何者なんですか?」
狂歌はため息をついて言った。
「この前も言っただろ。狂歌はただのカプ厨だ」
この言葉は冗談を言っているようには見えなかった。
彼女の存在は謎であるが、俺が想像した役割を持つ人物というわけでは無いらしい。
しかし、裏社会の闇の奥底まで知っている人物であるようだ。
きっと、別班という存在よりも隠された組織……組織でさえないかもしれないが。
「話を戻そう。美琴はまだ大切な者の死を乗り越えることができていない。ここをクリアしないとアイドル活動をすることはできないな。恐らく、二条ティアとの思い出が蘇り、悲劇も思い起こされたのだろう」
「あの、そもそもなんでアイドル活動をする必要があるのですか?」
「む。その理由を知らないのか?」
狂歌は少しガッカリした顔をした。
「そこらへんの知識は無いか……まあ、そうだな。一つだけ言っておこう。歌と舞いは古来より人間の範疇を超える営みだった。人々……とくに特別な力を持つ巫女は歌いながら舞うことで神へと通ずる力を発現させてきた」
「神通力……?」
「ああ。現代では『神技』と言われている。だから美琴が神技を身に付けるためには、アイドル活動を通して才能を開花させる必要がある」
「やはり、これまでの狂歌さんの行動は俺達を鍛えるために――」
「勘違いするな。別に狂歌はオメー達の味方でも親でも無い。気まぐれに遊んでやってるだけだ。その気になれば裏切るかもしれないし、本気で殺すかもしれない」
「……」
「ふふ……きゃはははは! なんだその顔は? 親に捨てられたような顔しやがって。まあ、今は面倒見てやるから安心しろよ」
狂歌さんは立ち上がり俺に近づき、頭を撫でてきた。
「さあ、今後どうしようか? オメーは美琴のために何をしようと考える?」
「俺は……俺は」
美琴の為にできること。
俺は心のことは分からない。
だけど、今の俺にできる精一杯のことはこれしかない。
「狂歌さん。美琴とデートさせて下さい」
「……」
狂歌さんは急に黙った。
そして微動だにしなくなった。
「……」
狐面は狂歌をゆさゆさと揺らした。
「っは! やべー今尊すぎて気絶してたわ」
――やはり、この人はただのカプ厨なのかもしれない。