<平沢進士視点>
「こっちは準備できてるから、いつでもいいぞー」
「……」
現在、俺は監禁施設内の一室で狂歌さんと向かい合っている。
部屋の中はサッカーコートがすっぽり入るくらい広く、何もない。
真っ白な壁に囲まれおり、俺が施設で暮らしていた時に使用していた戦闘訓練場によく似ている。
いや、似ているのではなく、本当に戦闘訓練場なのであろう。
よく見ると白い壁に弾痕等の傷が確認できる。
「ああ、そうそう。念のためもう一度ルールを確認しておこう」
狂歌さんは確実に強い。
目の前で立っているだけなのに、圧が凄い。
感覚だけで自分との力量差を感じる。
しかし、彼女の装いはメタルバンドのボーカルの様な姿である。軍帽と軍服のような服を身に纏っているが、胸元が開いてヘソが露出している。
さらにギターを担ぎ、ピックを右手に持って構えている。
これからギター演奏をするかのように。
「ルールは10分間、私の攻撃を耐えて立ち続けることができれば合格だ」
事の発端は、俺が美琴とのデートの時間を所望したこと。
デートをしたいなら戦って勝ち取れ! とのことだ。
相変わらず狂歌さんは何を考えているのか分からない。
カプ厨と自称し、何故か俺と美琴の関係について応援してくれている。
――敵なのか味方なのかも分からない。
ただ、自分の事を「ちゃんと見てくれている」ように感じる。自分が知らなかった世界を見せてくれる。
だからなのか、俺はこの人の事を嫌いになれない。
「それじゃあ、10分間スタート!」
――狂歌の宣言と同時にギターの弦が弾かれた。
狂歌の左指が躍るように動き、右手は上下に激しく振れている。
それに従い凶悪な歪んだギターサウンドが室内に響き渡る。
どこだ?
音源はどこだ?
よく見ると狂歌さんの両肩や腕、靴に小さなスピーカーが装着されている。
――ギター、いや音自体が武器なんだ。
気づいた瞬間、腹部に激痛が奔る。
「……っぐ!」
腹部を押さえながら状況を確認する。
同時に、バックステップで回避行動を取る。
何だ?
攻撃方法がわからない。
「動きが単調だな」
狂歌さんの言葉が聞こえた瞬間、今度は背中を激痛が襲った。
前方に倒れ込みながら、揺れる視界の端に狂歌さんの姿を捉えた。
しかし、彼女は一歩も動いていない。
――それならば、何故?
「うおおおおおおおおおおおお!」
更なる追撃を予感した俺は、身体が床に倒れ込む前に床に手を付き、力を込めた。
そしてハンドスプリングをして身体を一回転させた。
――ヒュン!
背後に何かが風を切る音が聞こえる。
そして一瞬だけ、その見えない攻撃を繰り出す「何か」を確認することができた。
ギターの弦?
細い鉄線の先にゴルフボールほどの大きさの鉄球が付いている。
「もしかして」
周囲を確認すると、無数のギターの弦が周囲に展開されている。
その中心は、狂歌さんが持つギター。
あのギター型の武器は音によってギターの弦を操ることができるようだ。
鋼糸使いを相手にして戦っていると考えたほうが良さそうだ。
俺はナイフを左手で逆手に持ち、右手で銃を構えた。
そして狂歌さんに向かって数段発砲する。
しかし、銃弾は狂歌さんに届くことなく、途中で静止した。
だがこれでいい。
弦を防御に回すことができれば、その分攻撃の手も弱まるはずだ。
銃弾が狂歌さんに届かないことを承知の上で何度も発砲し続けた。
「きゃはははは! 威勢の良いこと。さしずめ狂歌を防御に回らせようって魂胆なんだろうけど、本当にそう上手くいくかなぁ?」
ニタリと悪い笑みを浮かべる狂歌さん。
その微笑み通り、俺に向かってくる攻撃の手が勢いを増した。
「残念ながら、狂歌はまだ力の10%も出してない。ほらほら、もっと本気だして」
嫌な汗が噴き出してくる。
周囲360度、あらゆる方向から攻撃が飛んでくる。
数回攻撃を捌いても、数回分の攻撃に襲われて身体に激痛が奔る。
「……移動しないと!」
銃弾を発砲しながら、前方に駆けだして攻撃網から逃れようと試みる。
「おおっと。残念ながら、そこは罠が張られているんだよなぁ」
「……ッ!?」
足元に張られたギターの弦により、足を掬われた。
そのままうつ伏せの状態で転倒してしまった。
――まずい!
すぐに身体を動かし仰向けの状態に変えた。
眼前に迫り来る鉄球。
これは雨なのか、隕石なのか。
全て生身で受け止めたらどれだけ肉体が破壊されるのであろうか?
「ああああああああああああああああ!」
拳銃M93Rの持ち方を変え、銃身を握った。そしてグリップ部分を鉄球に向ける。
ハンマーを振り回すかのようにグリップ部分を鉄球に当てて攻撃を逸らす。
そして左手に持ったナイフでも鉄球を受け流す。
両手で何度も何度も攻撃を受け流していく。
――この感覚……似ている。
監禁施設に入れられてから、美琴の銃撃を受け流す作業をさせられてきた。
その時に、無駄の無い動きで銃弾を受け流す術を身に付けることができた。意図せずに。
俺の両手が俺の思考を超えるパフォーマンスを発揮しだす。
回避方法を考案する前に、身体が最適解を導き出していく。
「美琴……美琴おおおおおおおおおおおおおお!」
美琴の顔が脳裏に浮かんでくる。
笑った顔。
いたずらを企む顔。
怒った顔。
拗ねた顔。
心配する顔。
悲しむ顔。
涙を流す顔。
様々な美琴の顔が浮かんでくる。
それと同時に、胸が締め付けられていく。
――きゅう。
この感覚。
胸が狂しいのか、温かいのかわからない。
心臓を中心に、熱い血潮を全身に送り込んでいく。
身体がビリビリとした緩やかな電流のようなものに包まれる。
――「幸せ」
その言葉が思い浮かんだ瞬間、世界の時が止まった。
そして、最短ルートを見つけた。
「ほう」
狂歌さんの声が聞こえたような気がした。
しかし、脳はそれを認識しなかった。
ただ、静止した鉄球を弾いて全て攻撃を躱していく。
――美琴が見ていた世界はこれなのかもれない。
時折見せた、美琴の超人的な動き。
まるで、これから起こることを全て理解しているかのような、超常的な戦い。
神羅万象を時が止まるほどのスピードで認識する。
それほど速いスピードで、神経と脳内の情報処理が行われていく。
まだ、余裕がある。
足に力を込めて立ち上がった。
さあ、これから反撃開始だ!
――ピピピピピ。
立ち上がった瞬間、アラームが鳴った。
そして拍手が聞こえてきた。
「おめでとう、10分経過した」
狂歌がギターを背中に担ぎ直し、ゆっくりと近づいてきた。
「まあ、及第点だ。しかし、今後これ以上の特殊能力を利用した戦いに身を置くこととなるだろう。まだまだ経験するべきことがあるから、心するんだな」
「……はい」
狂歌さんが頭を撫でてきた。
そして、目の前に少女漫画を出してきた。
「あとは、デートプランを考えないとな」