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第六十話「なり切りデート 後編」

「これが赤レンガ倉庫か……綺麗!」


 レンガの外壁の建物が二つ並んでいる。

 その間には花壇と売店が並び、人々で賑わっている。


「見て回ろうか」

「うん!」


 進士と二人で赤レンガ倉庫を見て回る。

 様々な雑貨屋が立ち並び、様々な料理の匂いが食欲をそそる。


「面白い雑貨が沢山あるわね。部屋に飾ったら面白いかも」

「殺風景だから、置物の一つや二つ買っていくか」


 私達の部屋は監禁部屋だ。

 置物置いた所で意味は無い。

 そもそも、捕らわれの身だからお金の余裕もない。


「この猫の置物買うか」

「え? 本当に?」


 進士が黒いクレジットカードを見せてきた。


「これって、狂歌の?」

「まあ……そうだね」


 何を考えているのだろうか?

 資金まで与えるなんて……。

 このカードがあれば、さっき二人で見た高級ブランドの品物も余裕で購入できる。

 もちろん新卒サラリーマンらしくないから買わないんだけどさ。

 こういった小物を買うくらいなら良いと判断したのだろう。


「……可愛いね」

「そうだね」


 黒いクレジットカードを出す進士の姿に店員さんもギョッとしていた。

 この瞬間だけは一般的な人々の暮らしとはズレるけれど、購入するものが少額だから目を瞑ろう。



「そろそろ昼食にするか」

「ええ」


 二人でレストランが並ぶ場所へ向かうと、なにやら面白そうなモノを発見した。


「ねえ、見てみて。ここからオムライスを作る光景が見れるよ」

「ほう」


 二人でレストランの厨房の窓を覗く。

 コックさんが卵をフライパンの上に乗せて、巧な橋遣いでうまく形を作っていく。


「私はこういうオムライス作れないわ。コレ系のオムレツは柔らかいうちに上手く形を作って表面だけ焼き固める。それでチキンライスの上にのせて卵を切るの、中の半熟卵がトロリと顔を出すんだ。トロトロして美味しいんだけど、私が作ろうとすると失敗しちゃう。形が崩れてぐちゃぐちゃになって、炒り卵みたいになっちゃう」


 火の調節とフライパンの扱いが難しい。

 何度か挑戦したんだけど、上手くいかなかった。

 だから、自分でオムライスを作る時は卵を薄く焼いて、チキンライスの上に乗せるだけにしている。

 あと、私はチキンの代わりにウインナーを使ってる。

 これじゃ「チキンライス」じゃないだろって感じだけど、ウインナーで作るオムライスもとても美味しいのだ。


「それでも美琴が作ったオムライス食べてみたいな」

「私が作ると、『オムライス』とは言えない代物が出来上がるわよ」

「それでもいいよ」


 ふわりと笑う進士の顔に一瞬心臓が止まった。


 ――なに、この少女漫画に出てくるようなイケメン顔は。


 オレ様系じゃなくて、大人で全てを包み込んでしまうような包容力がある系のお兄さんイケメン。

 反則だってそれは……。


「と……とりあえず、今日のところはここのオムライスたべようか」

「うん。そうしよう」


 二人でオムライスを注文し、店前に設置されたテーブルを利用する。


「こっちは中華料理か」


 オムライス屋さんの真向かいは中華料理屋だ。

 横浜で有名なお店だ。


「中華料理も食べたい?」

「このオムライスだけでお腹いっぱいになっちゃうわよ」

「これがあるから、後で食べれるよ」

「え? それって……」


 進士がニヤリとしながら二枚のチケットを見せてきた。


「ベ〇スターズの試合のチケット!?」

「そうそう」


 この中華料理屋さんはスタジアム内に店を出しているのである。


 ◆◆◆


「スタジアムには初めて入るわ」

「これまでスポーツ観戦したこと無かったんだ?」

「うん。静岡にはサッカーチームあるけど、そこすらも行ったことが無い」

「2チームともJ1とJ2で反復横跳びしてるから?」

「そ……そんなんじゃないわよ! 一応、昔は強かったらしいわよ? それに静岡は沼津も藤枝にもチームがあって、J3で活躍してるから!」

「そうなんだ」

「それにしても意外だわ。あなたとサッカーチームについての話をする時がくるとは」


 進士は裏社会の人間。表の世界のことについては疎いと思っていた。


「表で情報収集する時のために、一般的な知識については勉強する必要があるんだよ。一般人に擬態しなくてはいけないから」

「ああ、そういうことね」


 納得がいった。

 スパイは身分を隠してターゲットに近づいて情報を盗ろうとする。


 そういえば、元々私達は情報収集専門のスパイじゃなかったっけ?

 なんで戦闘ばかりしているのだろうか?


「だけど、今日美琴との会話に役に立った。サッカー知識持っておいて良かったよ」

「う……うん」


 なんでもかんでも私に繋げてくるじゃん。

 ふ、ふーん。私のこと好きすぎるわね。


 髪をいじりながら自分のニヤニヤ顔を髪の毛で隠した。


「折角だから、ユニフォーム着て応援しようか?」

「いいね!」


 進士の提案に乗り、ユニフォームを選ぶ。

 私はエースピッチャーのユニフォームを選び、進士はホームランを良く打つ外国人バッターのユニフォームを選んだ。


「なんか不思議ね。野球ファンに見える」

「美琴も完璧な野球ファンだ」


 私達は背広スーツや戦闘スーツばかり着てきた。

 こんな格好になることなんて初めてだ。

 ほんと、違和感ありすぎて笑っちゃうわ。


 ◆◆◆


「今日は本当に楽しかったわね」

「ああ。とても楽しかった。というか……初めて『楽しいと思える一日』を過ごせたと思う」

「そっか」


 私達は海岸沿いの広場で、芝生の上に座りながら夕食を食べている。

 夜景を見ながらテイクアウトしたハンバーガーを食べる。

 そよぐ風が心地よく、心の中の疲れも吹き飛ばしてくれるように感じる。


「美味しいね」

「そうだね」


 二人でポテトをつまみ、ハンバーガーを口に運ぶ。

 スタジアムで麻婆チャーハンや、メンチカツ等、様々なスタジアムグルメを楽しんだのにも関わらず、まだ胃の容量は余裕があるようだ。


「試合凄かったね。初めてのスポーツ観戦だったけれど、めっちゃ手の汗握った」

「俺も初めてだったけど、最後のイニング凄かったね。逆転サヨナラホームラン! 俺も野球やりたいと思ってしまったよ」

「なんか、私達の力なら良い選手になれそうじゃない?」

「確かに」


 私はハーブの匂いで知覚する時間の速度を遅くすることができる。

 スローモーションの世界だったら、球を打つことも用意だろう。

 筋肉はちゃんとつけるとして。


 進士だって、銃弾をナイフで弾くくらいの動体視力がある。

 その目と鍛え抜かれた肉体を使えば、メジャーリーグでも活躍できてしまうのではなかろうか。


 ――活躍する場所が違うだけ。


「一般の人々は、こういう幸せな日々を送れているんだよね」

「どうだろう。幸せに感じる余裕を失うほど仕事に追われているかもしれない」


 自分の会社員時代を思い出した。


「確かに。今思い出したけど、あれはあれで地獄だった。売れないしバカにされるし」


 そもそも。

 そうだったよ。

 今さらになって思い出した。


「そういえば、活躍できない職場から救い出してくれたのはあなただったわね。平沢課長」

「……なんか、遠い昔のことのように感じるな」


 二人で、日数的には遠くない過去を懐かしみながら、ゆっくりと流れる時間を楽しんだ。

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