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第六十一話「すべて受け止めて」

 デートの最後に、一つだけお願いをした。


「ごめん。ちょっと泣く時間をもらっていい?」

「うん。今辺りにも人が居ないし、思いっきり泣いて大丈夫」

「そっか、ありがとう」


 それから、私は思いっきり泣いた。

 これまで忙しすぎて、生命の危機に立ち向かうことが多かった。

 ゆっくりと、自分の心と向き合う時間を取ることができなかった。


 ――やっと、自分の感情に向き合うことができた。


「うわああああああああ! ティア! ……ティア! もう一度会いたいよおおお!」


 大切な人の死をちゃんと悲しむことができなかった。

 彼女のことをちゃんと思い出すことができなかった。

 恐らく、中途半端な心の状態だったから、ダンスレッスンの際に感情が溢れて、心が壊れかけてしまったんだろう。


「ああああああああああ! なんでこんなに運命は残酷なの! 神という存在が本当に居るのなら、ぶっとばしてやる!!!!!!」


 声を張り上げて泣いた。

 喉が痛くなるくらい。

 体中の水分が無くなってしまうほどに涙を流した。


「ああああああああああああああ!」


 声に出しても、声に出し尽くしても止まらない。

 心の中のモヤモヤは晴れてくれない。

 でも、ゆっくりと……ゆっくりと整理がついてきてる感触はある。


 悲しみを拭い去ることはできなくても、整理して受け止めることはできるかもしれない。

 だから、ノイズになっておる靄だけは、全て声と涙に変換してキレイにしてしまいたい。


「うあああああああああああああ……ゲホッゲホッ!」


 喉ぐ潰れて咳込んでしまった。

 黙って進士が背中を擦ってくれた。


「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!」


 声が枯れてデスボイスのようになってしまった。

 それでもかまわない。

 喉の奥から薄っすらと血の味がしても無視する。


 進士の胸に頭を押し付けて泣く。

 進士が優しく方を抱いてくれた。

 それに甘えて、進士の胸に慟哭を押し付ける。


 進士はそれを全て受け止めてくれた。


 どのくらいの時間が経ったのだろうか。

 心の中の靄が晴れた時、ようやく私の涙と声は止まった。


「ぁりが……ゴホッ! ゴホッ!」

「大丈夫」


 泣き止み、お礼を言おうとしたが喉がダメになっていた。

 進士は声にならない言葉を受け取ると、優しく背中を擦ってくれた。


 でも……それにしても今日は最高の一日だった。

 本当に幸せなデートとなった。


 ◆◆◆


「どうしたの? その声」


 デートした日の翌朝、雪乃や麗華達、それにジェムズ・シャインのメンバー達が囲む食卓へ参加した。

 というか、この子達全員、私達の監禁施設で生活しているのか。


 テーブルの上には焼き鮭と白米、味噌汁が並べられている。


「昨日……声を出しすぎて」

「ああ、なるほどね」


 私の目が充血しているのを見た雪乃達は察してくれたようだ。


「さあ、一緒に食べましょう」

「うん」


 ジェムシャンのまとめ役である摩耶が笑顔で隣の席に誘導してくれた。


「あ、美味しい」

「よかった。これは私が作ったのよ」


 摩耶が自慢気な表情を浮かべた。


「毎日味噌汁を作ってほしいわ」

「あら? プロポーズ?」


 ビクッ!

 急に私の背筋が凍った。

 後ろを振り返ると、狐面の巫女が立っていた。

 ティアっぽさを感じる子。


「あの……一緒に食べる?」

「……」


 彼女は黙って頷くと、私の隣に座った。


「あら、意外だわ」

「摩耶、この子も一緒にご飯食べてるわけじゃなかったの?」

「ええ。いつも狂歌さんの傍に居るだけだし。それに彼女が一緒にこの施設で過ごすようになったのは最近のことよ。美琴と一緒くらいのタイミングだったかしら。はじめはこの子も一緒にアイドルやるのかと思ったわ」

「そうなんだ」


 チラリと狐面を見た。

 彼女は不思議そうに首を傾げた。

 なんだか、可愛かったらつい頭を撫でてしまった。


「……」


 心地良かったのか、狐面は私に寄って頭を預けてきた。

 ふわり。

 再び、ティアの香りを感じる。

 でも、昨日泣きまくったからか、心は落ち着いていた。


 それにしても、この子可愛いな。

 私に懐いてくれたようで嬉しい。

 どうせなら、狂歌から盗っちまうか。


「それにしても、雪乃達とも仲良くなったんだ」

「まあ……地獄の特訓を乗り越えたからね」


 摩耶の言葉で固まる雪乃と麗華。


「美琴が休んでる間、狂歌様に本気でしごかれたんだ……」


 雪乃が震える声で説明してくる。

 麗華に至っては青ざめて口を手で覆っている。

 今にも吐き出してしまいそうだ。


「相当厳しい特訓だったんだ……」

「そう。でもこの子達はそれを乗り越えて見せたんや。だからあたしもこの子達を認めることにした」


 関西弁混じりのアオイの説明に、小動物みたいな寧々がうんうんと頷く。


「そっか……良かったね。ははは」


 つい引き攣った笑いをしてしまった。

 でも、仲良くなったのは良いことだ。うんうん。


「お前達食事は終わったか!」


 いきなり扉が開かれ、狂歌が大きな声で呼びかけてきた。

 雪乃と麗華はビクッと肩を震わせ、それに応えた。


「はい! 食事は終わりました狂歌様!」

「はい! こちらは準備できております!」

「そうか。よしよし」


 雪乃も麗華も軍人のような素晴らしい返事をした。

 マジで私が居ない間何があったんだ……。


「さて、皆に伝えることがある。ついに初ステージの場所が決まった」


 狂歌がタブレットの画面を見せてきた。


「マジ……? これって、ウルトラアイドルフェス? アイドルの頂点を決めるフェスじゃない!」


 アイドル時代の私にとって、雲の上のようなステージだった。

 ティアもこのステージに立ったことは無い。


「なんで? 実績も無いのにこのステージに立てるの?」

「それは、この狂歌に力があるからさ」

「……」


 本当に何者なのこの人は……。


 それにしても、とんでもないことになった。

 まだグループとして纏まっていないのに、とてつもなく大きなステージに立つことになってしまった。


 というか、スパイの世界とは全く違う世界で活動することになったんだけど……本当にこの狂歌は何を考えているんだよ……。

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