「さあ、二人でかかってきな! この狂歌を楽しませてみろ!」
現在、私と進士は訓練室のような部屋の中。
そして、私達の目の前に狂歌が立ちはだかっている。
「行くよ進士!」
「ああ!」
私は狂歌に向かって発砲する。
これまでの狂歌の「暇潰し」のお蔭で私の射撃の腕がかなり上がっている。
正確に前に進む銃弾。しかし、狂歌を前にしては無力だ。
「まあ、射撃の腕はマシになったな。だが、それだけだ!」
狂歌の武器はギターと弦。
彼女は音の振動を利用して弦を操り、銃弾を弾いたり、弦の先に付けた鉄球を使って殴打してくる。
トリッキーな戦い方だから初見では対応できなかった。
今、こうして経験値が積まれたことで、何とか対応できるようになってきた……いや、まだまだだ。
「ごふ!」
「甘いよ。隙だらけ!」
死角から飛来する鉄球に気付かず、もろに腹部に攻撃を喰らってしまった。
しかし、ダメージを負ったらすぐにその場から動き出さなければいけない。
その場で蹲ってしまえば、追撃の集中砲火を喰らってしまう。
これまで、何度も痛い目を見てきた。
――狂歌との戦闘は、一か月ほど続いた。
進士との「成りきりデート」の後から毎日と狂歌との戦闘を行ってきた。
狂歌はずっと「暇つぶし」と言っているけど……さすがにこれは訓練だよね?
私と進士は何度も狂歌の攻撃を受けた。
しかし致命傷を負ったことは一度も無い。
常に私達が対応できないギリギリの所で手加減している。
本当に私達の敵であれば、もう百回くらい殺されているだろう。
なぜ、彼女が私達を育てようとしているのかは分からない。
だけど、それなら自分達なりに狂歌を利用してやろう。
敵だろうが味方だろうが、私達が置かれた環境は成長の機会として申し分ない。
今、私達に与えられている時間は今後に繋がってくるはずだ。
ヒュン! ヒュン!
死角から飛来する鉄球と弦に築くことができた。
これは、勘……なのか?
勝手に身体が動いたような気がする。
しかも、上体を大きく後ろに逸らせながら攻撃を回避することができた。
「きゃはははは! やるじゃん美琴! 今の回避の仕方はダンスレッスンが効いたな!」
「それはどうも!」
デートの翌日からダンスレッスンに再び参加することになったけど、もう精神的な不調を起こすことは無くなった。進士の胸の中で沢山泣いたから、しっかりと悲劇に向き合うことができた。
この経験が、私を前に進ませてくれた。
「ほらほら! これはどう?」
私の周りを沢山の弦が取り囲む。
流石にこれはキツい!
「進士!」
「了解!」
進士が狂歌に急接近して肉弾戦を仕掛ける。
これにより、これ以上狂歌の攻撃が私に加えられることは一時的に無くなった。
だから、いま私に迫り来くる攻撃を回避しきればなんとかなる。
――いま、ここにハーブがあったらな。
私はハーブの力を借りることはできない。
麗香がいるから、ハーブを入手できないわけではない。
狂歌からハーブを使わずに戦うよう言われているのだ。
自分自身の力で切り抜けるしかない……!
「はあああああああああああああ!」
私は拳銃のМ93Rをそれぞれ両手で持ち、二丁拳銃にして射撃した。
右手を痛めた時に左手で銃を使用していたおかげで、銃を両手で扱えるようになった。
二つの銃弾が弦と鉄球に当たり、軌道に変化が生じる。
その微かに生じた弦の歪みに身体を滑らせる。
キツイ!
日々のダンスレッスンで鍛えた身体の柔軟性を駆使する。
身体を大きく逸らせながら足も上げ、新体操選手のような動きでなんとか躱しきる。
自分でもどうやって身体を動かしていたかわからない。
スローモーションの世界に入ることができないから、直感で思いついた動きでなんとかしていただけだ。
「きゃはははは! やるようになったな!」
「お褒めに預かり光栄ですこと! さあ、進士! いくわよ!」
進士が攻撃の手を強めた。
そして私も攻撃に加わる。
進士はナイフと銃撃、体術を狂歌にぶつける。
それを狂歌は軽やかに躱していく。
まるでダンスだ。
洗練された柔らかい身体の使い方で、いとも容易く攻撃を躱していく。
――なるほど、そういうことだったのか。
こうやって「技」に直面して気づいた。
ダンスレッスンもこの戦闘技術に繋がるものだ。
進士の攻撃にはリズムがある。
もちろん、彼の攻撃が単調であるというわけではない。
だけど、人間には肉体的制限がある。
戦闘を行う時間が経過すればするほど、相手が動けるスピードや範囲も分かってくる。
こうして相手のリズムを理解してしまえば、相手に会わせて「踊る」だけだ。
――ならば、私にもできるはず!
ティアが言っていた。
私は相手が凄ければ凄いほど自分のパフォーマンスを向上させることができるらしい。
これは、パフォーマンスの一環なんだ!
「タン……タン……タタン」
「きゃはは! 何を言って――」
私は狂歌のダンスに合わせて射撃を行い、その直後に左足で上段の回し蹴りを放った。
「ふふふ」
狂歌は笑った。
しかし、私の蹴りかついに狂歌の身体に届いた。
しっかりと右腕でガードされたが。
「そうだ。そうだぞ長谷川美琴! その動きを忘れるな!」
狂歌は嬉しそうに笑った。
しかし、攻撃の激しさが倍になった。
「タン……タタ……」
リズムを掴む余裕など無かった。
一瞬で私達に容赦ない攻撃が襲い掛かり、二人して床に大の字になって倒れた。
「よし。まあ、こんなところだろう。さあ、今日は焼き肉にするぞ! 予約しろ!」
「……」
狂歌の指示で狐面が頷いた。
「あのバカ娘どもの分も予約しておけ!」
恐らく、雪乃達のことを言っているのだろう。
それにしても、なんだか充実した気持ちになってきた。
今なら、進士に変化が生じた理由もわかる気がする。
こうやって成長の機会が与えられるのであれば……いや、やっぱ今の無し。
なんか狂歌は味方なんじゃないかって思えてきたけど、私の知らない所で進士を成長させた。
そう意味では絶対的に敵だ!
「くそう……負けないんだから!」
狂歌のことは敵と思わずにライバルと思うことにした。
そうしたほうが、張り合いが出るもんね。
そのうち、絶対に追い越してやるんだから!