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第六十二話「充実した日々」

「さあ、二人でかかってきな! この狂歌を楽しませてみろ!」


 現在、私と進士は訓練室のような部屋の中。

 そして、私達の目の前に狂歌が立ちはだかっている。


「行くよ進士!」

「ああ!」


 私は狂歌に向かって発砲する。

 これまでの狂歌の「暇潰し」のお蔭で私の射撃の腕がかなり上がっている。

 正確に前に進む銃弾。しかし、狂歌を前にしては無力だ。


「まあ、射撃の腕はマシになったな。だが、それだけだ!」


 狂歌の武器はギターと弦。

 彼女は音の振動を利用して弦を操り、銃弾を弾いたり、弦の先に付けた鉄球を使って殴打してくる。


 トリッキーな戦い方だから初見では対応できなかった。

 今、こうして経験値が積まれたことで、何とか対応できるようになってきた……いや、まだまだだ。


「ごふ!」

「甘いよ。隙だらけ!」


 死角から飛来する鉄球に気付かず、もろに腹部に攻撃を喰らってしまった。

 しかし、ダメージを負ったらすぐにその場から動き出さなければいけない。

 その場で蹲ってしまえば、追撃の集中砲火を喰らってしまう。

 これまで、何度も痛い目を見てきた。


 ――狂歌との戦闘は、一か月ほど続いた。


 進士との「成りきりデート」の後から毎日と狂歌との戦闘を行ってきた。

 狂歌はずっと「暇つぶし」と言っているけど……さすがにこれは訓練だよね?


 私と進士は何度も狂歌の攻撃を受けた。

 しかし致命傷を負ったことは一度も無い。

 常に私達が対応できないギリギリの所で手加減している。

 本当に私達の敵であれば、もう百回くらい殺されているだろう。


 なぜ、彼女が私達を育てようとしているのかは分からない。

 だけど、それなら自分達なりに狂歌を利用してやろう。

 敵だろうが味方だろうが、私達が置かれた環境は成長の機会として申し分ない。

 今、私達に与えられている時間は今後に繋がってくるはずだ。


 ヒュン! ヒュン!


 死角から飛来する鉄球と弦に築くことができた。

 これは、勘……なのか?

 勝手に身体が動いたような気がする。

 しかも、上体を大きく後ろに逸らせながら攻撃を回避することができた。


「きゃはははは! やるじゃん美琴! 今の回避の仕方はダンスレッスンが効いたな!」

「それはどうも!」


 デートの翌日からダンスレッスンに再び参加することになったけど、もう精神的な不調を起こすことは無くなった。進士の胸の中で沢山泣いたから、しっかりと悲劇に向き合うことができた。

 この経験が、私を前に進ませてくれた。


「ほらほら! これはどう?」


 私の周りを沢山の弦が取り囲む。

 流石にこれはキツい!


「進士!」

「了解!」


 進士が狂歌に急接近して肉弾戦を仕掛ける。

 これにより、これ以上狂歌の攻撃が私に加えられることは一時的に無くなった。


 だから、いま私に迫り来くる攻撃を回避しきればなんとかなる。


 ――いま、ここにハーブがあったらな。


 私はハーブの力を借りることはできない。

 麗香がいるから、ハーブを入手できないわけではない。

 狂歌からハーブを使わずに戦うよう言われているのだ。


 自分自身の力で切り抜けるしかない……!


「はあああああああああああああ!」


 私は拳銃のМ93Rをそれぞれ両手で持ち、二丁拳銃にして射撃した。

 右手を痛めた時に左手で銃を使用していたおかげで、銃を両手で扱えるようになった。


 二つの銃弾が弦と鉄球に当たり、軌道に変化が生じる。

 その微かに生じた弦の歪みに身体を滑らせる。


 キツイ!

 日々のダンスレッスンで鍛えた身体の柔軟性を駆使する。

 身体を大きく逸らせながら足も上げ、新体操選手のような動きでなんとか躱しきる。

 自分でもどうやって身体を動かしていたかわからない。

 スローモーションの世界に入ることができないから、直感で思いついた動きでなんとかしていただけだ。


「きゃはははは! やるようになったな!」

「お褒めに預かり光栄ですこと! さあ、進士! いくわよ!」


 進士が攻撃の手を強めた。

 そして私も攻撃に加わる。


 進士はナイフと銃撃、体術を狂歌にぶつける。

 それを狂歌は軽やかに躱していく。

 まるでダンスだ。

 洗練された柔らかい身体の使い方で、いとも容易く攻撃を躱していく。


 ――なるほど、そういうことだったのか。


 こうやって「技」に直面して気づいた。

 ダンスレッスンもこの戦闘技術に繋がるものだ。


 進士の攻撃にはリズムがある。

 もちろん、彼の攻撃が単調であるというわけではない。

 だけど、人間には肉体的制限がある。

 戦闘を行う時間が経過すればするほど、相手が動けるスピードや範囲も分かってくる。

 こうして相手のリズムを理解してしまえば、相手に会わせて「踊る」だけだ。


 ――ならば、私にもできるはず!


 ティアが言っていた。

 私は相手が凄ければ凄いほど自分のパフォーマンスを向上させることができるらしい。

 これは、パフォーマンスの一環なんだ!


「タン……タン……タタン」

「きゃはは! 何を言って――」


 私は狂歌のダンスに合わせて射撃を行い、その直後に左足で上段の回し蹴りを放った。


「ふふふ」


 狂歌は笑った。

 しかし、私の蹴りかついに狂歌の身体に届いた。

 しっかりと右腕でガードされたが。


「そうだ。そうだぞ長谷川美琴! その動きを忘れるな!」


 狂歌は嬉しそうに笑った。

 しかし、攻撃の激しさが倍になった。


「タン……タタ……」


 リズムを掴む余裕など無かった。

 一瞬で私達に容赦ない攻撃が襲い掛かり、二人して床に大の字になって倒れた。


「よし。まあ、こんなところだろう。さあ、今日は焼き肉にするぞ! 予約しろ!」

「……」


 狂歌の指示で狐面が頷いた。


「あのバカ娘どもの分も予約しておけ!」


 恐らく、雪乃達のことを言っているのだろう。


 それにしても、なんだか充実した気持ちになってきた。

 今なら、進士に変化が生じた理由もわかる気がする。

 こうやって成長の機会が与えられるのであれば……いや、やっぱ今の無し。


 なんか狂歌は味方なんじゃないかって思えてきたけど、私の知らない所で進士を成長させた。

 そう意味では絶対的に敵だ!


「くそう……負けないんだから!」


 狂歌のことは敵と思わずにライバルと思うことにした。

 そうしたほうが、張り合いが出るもんね。


 そのうち、絶対に追い越してやるんだから!

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