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第六十三話「狂歌の企み」

「狂歌が何を企んでいるのか、そろそろ暴かない?」

「……え?」


 私は、進士と二人で夕食を食べている時に思い切って提案してみた。


 はじめは狂歌のことを完全に敵だと考えていた。

 だから、今の環境から脱出する方法を考えていたのだけど……どうやら、私達が今置かれている環境はそう悪くない。

 というか、日々の成長を感じて充実してしまっている。


 戦闘においてはハーブの力を使わなくても進士とうまく連携を取って動けている、と思う。

 射撃の腕についても自身がついてきた。

 スサノオとかいう化け物と対峙した記憶も恐ろしいものであったけれど、そのイメージも変わってきている。

 この狂歌の下で戦闘訓練を積めば、スサノオや昴、藤間さんにも追いつけるんじゃないかとも思えてしまう。


 だから、狂歌という人間が信じることができる人ならちゃんと信じたいのだ。

 謎多き人物で、全く正体を掴めていない。

 もっと彼女のことについて知りたいのである。


「確かに俺も気になるけど……どうやって探る?」

「それは、これよ」


 私はUSBメモリとSDカードを進士に見せた。


「もしかして、会社からデータを盗む時に複製していたのか……」

「うん。念のためね」


 私は狂歌から渡されたUSBメモリでデータを抜いた後、自分が使用している会社のノートPCを使いながらデータを複製していたのである。


「このデータから、どういう情報を盗んでいたのか分析してみましょう。そこから、私達がやらされてきたことの真意が垣間見れるかもしれない」

「そうか……やってみよう! でも、どうやってデータを見る? 会社のPCは事務所に置いてあるし」

「少しの間借りれないかな?」

「うーん」


 狂歌が完全に敵であれば、PCなんて貸すわけが無い。

 だけど、もし私達のことを期待しているのであれば、彼女にとっては今私が企んでいることは歓迎することなのかもしれない。


「狂歌さんに連絡とってみるか」

「うん。お願い!」


 進士が「狂歌さん」と言う度に胸モヤッとするのだけど、まあ今は気にしないでおこう。

 私おが狂歌について知りたいと思ったのは、進士が彼女の方へ靡かないよう対策を取るためでもある。


「なんか早速返事帰ってきたけど、PC持ってきてくれるって」

「早すぎない?」


 そんな会話をした直後、部屋の扉をノックする音が聞こえた。

 そして狐面の巫女が入ってくると、テーブルにデスクトップPCとモニターを設置して利用できるようにしてくれた。


「ありがとう」

「……!」


 私は狐面にお礼を言いながら頭を撫でた。

 すると、狐面が私に抱き着いてきて、もっと頭を撫でるよう催促してきた。


「ふふふ。可愛いね」

「……!」


 狐面は私の胸に頭をグリグリしてきた。

 私も胸の中が暖かいもので満たされていく気持ちになった。


 しかし、進士が小さい声で「これが百合というやつか」と呟いたのを聞いて、とてもショックを受けた。


 ◆◆◆


「やっぱり予想通り。狂歌は私達が狂歌の思惑を調べることについては止めないようだ」

「確かに……。もちろん、狂歌さんがやろうとしていることを妨害しようとすれば、俺達の命は無いと思う。だけど、なんか狂歌さんがやろうとしてることって……酷いことでは無いと思うんだよな」

「……いや、会社の情報盗んでいる時点で一線超えてるよ」

「それはそうか。でも、スパイだから情報盗むのは当然のことなんじゃない?」

「それもそうか」


 私と進士の会話は、一般的に見たら酷すぎる内容だ。

 犯罪行為が当たり前だと言っているようなものだ。


 だけど、現実の社会はこんな犯罪行為で溢れている。


 日本国内は諸外国から沢山のスパイが入ってきているし、潜在的なスパイも沢山いる。

 元々スパイで無かった人が、その国のスパイから情報を盗ってくるように言われてスパイ活動をさせられるケースなんて数えきれない程ある。

 こういった、潜在的にスパイとなり得る一般人の事を「スリーパー」という。


「さて、まずは一つ目の情報を見ていこう」


 USBを開き、情報を確認していく。

 しかし……情報量が多すぎて大変だ。

 社内の情報が全て入っているから、通常業務の内容が沢山入っている。

 もし、真里お嬢様がここにいたら、パパッとうまく情報整理してくれるんじゃないかな。

 いや……待てよ?

 それなら狂歌に真里お嬢様の状況を聞いてみてもいいんじゃないか?


「進士。今日の所はあと一時間くらいの作業で一旦終了させておこう。明日のダンスレッスンの時に狂歌に真里お嬢様の状況を確認してみるよ」

「そうだね……この情報量だと、何をポイントで調べれば良いのか分からない。真里お嬢様がここで保護されているなら、協力を得れるかもしれない」


 ◆◆◆


「え? 真里お嬢様? マルティネスのことか。まだ回復していない」

「そっか……」


 ダンスレッスンの休憩中、狂歌に質問してみた。


 というか、私以外みんな床で大の字になって倒れている。

 麗香に至っては「コヒュー、コヒュー」と変な音を立てて辛そうに呼吸をしている。

 そんな彼女を心配したのか、摩耶がフラフラしながら駆け寄り、水を飲ませてあげている。

 ほんと、仲良くなって良かったな。


「そもそも、命を繋いでいるだけ奇跡的な状況だ。お前達を庇って、その身に何発も銃弾で受けたんだ。内臓も酷い状態だったんだ。ゆっくりと、時間をかけて治療する必要がある」

「そっか……」


 あの時の記憶が蘇る。

 そして、考えた。

 もし、狂歌があの時来てくれなかったら……?

 狂歌は私達では伺い知れぬ権力を持っている。

 その特別な力で、真里お嬢様を生かしてくれたことは事実だろう。

 私達だけでは、絶対に救うことはできなかった。


「その……改めて、私の仲間を――そして私達を助けてくれてありがとうございました」


 狂歌は一瞬驚いた顔を見せた。

 そしてすぐに悪人面のどす黒い笑みを浮かべながら、私の頭を撫でてきた。


「その分狂歌を楽しませてみろ」


 ガシガシと乱暴に撫でてきたが、その手は少し温かかった。

 あと、狂歌は私より背が10CMほど低いから、そこし背伸びしている所が可愛かった。


「で、本題は別の用事だろ? マルティネスを頼りたかったんじゃないのかい?」


 狂歌は私の真意を見抜いていた。


「うん。情報整理をしたいと思って。役に立つかもしれないよ」

「……ふん」


 狂歌は私の目をじっと見た。

 そしてスマートフォンを取り出すと、どこかへ連絡をした。


「ちょっと待ってろ。明日、助っ人を呼んだ」

「ほんと? ありがとう」

「まあ、せいぜい頑張るんだな」


 なんか、こうしてみると狂歌は頼れる上司……姉御って感じだな。

 あの進士が懐くのもわかる気がする。


 ……悔しい!


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