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第六十四話「ヒナ」

「ごめんくださーい」

「ようこそ」


 狂歌の言った通り、私達の下に助っ人が現れた。

 私よりも数センチ背が低いくらいの女の子。

 髪の毛は茶髪で、短いツインテール。

 目がクリッと丸く、可愛らしい童顔の女性だ。

 見た目は少女のようだが、なんか身の振舞いに余裕を感じるし、お姉さん的オーラも感じるから年上かもしれない。


「よろしくお願いします。自分、ヒナと言います」

「こちらこそよろしくお願いします。私は長谷川美琴です」

「俺は平沢進士。よろしく」


 お互い自己紹介を済ませると、ヒナさんは私達の部屋をじろじろと不思議そうに見まわした。


「え? というかここで二人で生活してるんすか?」

「うん。まあ」

「は? じゃあ、そういう関係? ダメじゃん、アイドルがそんな!」

「いやいや、べべべべ別にそんなんじゃ……って私がアイドルって?」

「え? 自分のこと知らされてないんすか? 一応同じジェムズ・シャインのメンバーで、楽曲作成や機械周りのことやってるんすけど」

「これはこれは先輩でしたか……って、え? 同じメンバー? ダンスレッスンやボイストレーニング一緒じゃなかったけど、大丈夫なんですか?」


 ヒナさんは苦笑いして答えた。


「んーまあ、本当は一緒に練習したかったし、新人ちゃん達とも顔合わせしたかったんだけど、自分の師匠が動けなくなっちゃったもんで、代わりに仕事してたんすよ」

「師匠? アイドルの?」

「いや、メカニックっすよ。あとは情報活動?」


 急に、ヒナさんから笑みが消えた。

 少し、私の背筋に冷や汗が垂れた。


「で、美琴ちゃん達が自分に依頼したいってのはそっちの話っすよね?」

「え……ええ」


 つんと刺激臭を感じた。

 殺意では無いけど、私達に対する怒りを感じる。


「もう一度聞きますけど、裏の仕事を頼むということでいいんすよね? アイドル活動の方ではなく」

「……」


 なぜ、ここまで詰めてくるのか分からない。

 どうして、私達に対して怒りをぶつけてくるのかわからない。

 彼女とは初めて会ったはずだ。

 でも、わからない。

 しかし、答え方を間違えてはいけない気がする。


 どうしようどうしようどうしよう……。

 今ある情報の中から答えを探し当てるんだ!

 ヒナさんの発言を全て思い出すんだ……ええと……うーんと。


 ――ひとつだけ、気になることを発見した。


「もしかして……ヒナさんの師匠って」

「ああ、そうですよ。そうですとも。あんたらが頼って頼って頼り切りになって死にそうになっているママ。マルティネスのことだよ」


 私達は押し黙った。

 ヒナさんの言う通りだ。

 私達は真里お嬢様に頼り切りになり、結果として生命の危機に瀕している。


「すまなかった……俺がもっと強ければ」

「ほんとそうですよ。あんたらは弱い。うちのママが手を貸すなんて勿体ないくらい。いいですか? うちのママはね、裏社会では伝説的な人なんすよ。自分あんたらのこと調べましたけどね、あの鈴谷昴や藤間凛の装備だってママが作ってるんすよ」

「それは……そうなのかもね」

「いーや、分かってない。あの二人が持つ神器を作ってるって言ってんの」

「え? 神器……?」

「はー……。そんなことも知らないんすか。そっちの殿方も知らないんすか?」

「……残念ながら」


 ヒナさんは呆れた表情を浮かべ、大きくため息をついた。


「ねえ。もういいんじゃないんすか? 裏の仕事は。もうアイドルっていう表の活動だけやって、裏稼業からは足を洗ったほうがいんじゃないんすかね?」


 ヒナさんの言葉は厳しい。

 私達が知らないことは沢山あるし、まだまだ弱いんだと思う。

 狂歌さんに全然敵わないから、自分達が全然強くないことを理解している。


 ――でも、私は前に進んでしまった。


 ティアを失い、復讐心で敵を全て殺そうと決意した。

 今は少し、その復讐心が形を変え始めているけど、ここで表の世界に戻って、全てを忘れて生きるなんて私にはできない。

 それに、私は私自身のこと、お姉ちゃんのことを知らなければならない。


 あと、何より――。


「真里お嬢様が私達のことを仲間と認めてくれた」

「……」


 ヒナさんは鋭い剣幕でこちらを睨んできた。


「私達は弱かった。だけど、真里お嬢様の仲間なんだ! だから、もっともっと強くなって、ちゃんと自慢の真里お嬢様の仲間になる! もちろん、弟子のヒナさんにも認めて貰えるように頑張る! この命をかけて!」

「……」


 ヒナさんは口を開かず、じっと私の目を見つめてきた。


「俺も同じ気持ちだ。自分の考えを説明することが得意では無いのだけれど……マルティネスは俺のい大切な家族なんだ。俺の弱さも含めて、受け止めて貰っている。だから、強い弱いの話ではなく、家族だから傍にいたいし、命をかけて守りたいと思っている。本当に、今回は俺達が守られてしまったのだけれど……。でも、他の誰かに何を言われようとも、俺は! 俺達は真里お嬢様の家族をやめる気はない!」


 私は驚いた。

 進士がこうやって自分の考えを強く相手にぶつけるとは。


 今まで、口が回る私が説明して終わることが多かった。

 だけど、今回はちゃんと進士が自分の言葉で想いを紡ぎ切った。


 デートの時といい、普段の私に対する態度といい、本当に進士は成長したのだと思う。


「はあ……もういいです。わかりましたわかりました」


 ヒナさんは私達の言葉を受けて、部屋に設置されたPCの前に座った。


「全く、手のかかる妹と弟を持つと大変ですね」

「……!」


 ヒナさんはPCを操作し始めた。

 その後ろ姿を見て、少し視界が涙で歪んだ。



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