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第六十八話「バルクネシアという国」

<狂歌視点>


「はぁ……。バルクネシアめ。オメーらの企みはなんだァ?」


 桃色のショートボブにパンク系ファッションの小柄な女性がため息をつきながら呟いた。


 海上を進む小型船の船首に立ち、狂歌と狐面が最後の作戦会議をしている。

 夜の帳が下り、目の前に不気味に島の形が黒く浮かんでいる。


 小型船の上で波に揺られながら、狂歌は腕を組みながら思考を巡らす。

 そんな彼女の独り言を、狐面と巫女服姿の女性が頷きながら聞いていた。


「新しく作られた国のくせして生意気だな。全然核心をついた情が出て来ない。今日、この日に何かが起こるだろうことは分かっていた。だから、狂歌の情報網だけでなく美琴達も使って情報を集めた」


 美琴という言葉に反応して。一瞬顔を上げた狐面。

 狂歌は、そんな彼女の仕草に気付きながらも話を進めた。


「美琴達が集めた情報から、大規模な人身売買等の取引が行われることは分かった。でもおかしい。人身売買なんて今更珍しいことでもない。表に出てないだけで、性的な用途の奴隷や内臓を売るための奴隷等、取引はずっと行われてきた。だけど、なぜ今回バルクネシアの連中がこの島を目指すのか?」


 狂歌が掴んだ情報は、バルクネシアの重鎮が大勢この人身売買島に向かっているということであった。

 衛星からも彼らの動きを捉えていたため、今日「何かが行われる」ことは確かだ。


 ――しかし、何が行われるのかについての詳細情報を掴めていない。


「今回は危険な作戦になるなァ。この狂歌が直接現場で情報を集めないと全容は掴めない。どういう備えをすれば良いかもわからない状態だから、現場でうまく対応していくしかない」


 狐面は心配そうに狂歌の顔を見下ろした。


「狂歌も不安だよ。狂歌は事前準備をしっかりして事を進める人間だ。そもそも、狂歌の能力的にも『準備』をしなくてはマジに強い奴相手では負けてしまう。はぁ……下手したら、死ぬかもしれないなぁ」


 ぎゅっと狐面は狂歌の裾を握った。


「まあ……狂歌も簡単にやられる人間では無いさ。だけど、もしもの事はある。だから、もし狂歌が敵に負けるようなことがあったら、後は頼んだよ」


 狐面は暫く動かず、狂歌を見つめた。


 ――びゅう。と潮風が狐面と狂歌の髪を撫でた。


「……わかりました」


 言葉を発した狐面。

 一瞬狂歌は目を丸くしたが、大きな笑みを浮かべた。


「私は必要以上のことをせずに皆さんを見守ってきました。その時代ごとの人々はそれぞれ自分で苦難を乗り越えなくてはなりません」


「でも、今回はあのバルクネシアが相手だ。世界中の悪い奴が自由に犯罪行為ができるようにするために作られた国なんだ。一筋縄じゃいかない」


 狐面は黙って狂歌の言葉を受け入れた。



「この人身売買島みたいな秘密裏に犯罪行為を行う島なんて可愛いものよ。現代は島じゃなくて国。世界の支配を企むバカ共め……過去の歴史を弄りながら無名の国を作り上げやがって。それでスマートシティ化して世に広めるだと? 奴らの計画は最終段階まで進んでいるのか?」


「でも、悪い事をするために作られた国なんて、今に始まったことでは無いじゃないですか」


 狂歌は苦虫を潰したような顔をした。


「それはそうだけど……でも、バルクネシアの奴らは過去長い歴史を通じて権力を持ってきた者に対して戦いを挑んでいる。新たな戦いなんだ。そしてその戦場として、ここ日本が利用されてしまっている」


「……」


 事の重大さに押し黙る狐面。


「いや、正確には戦場として利用されているのではなく、世界を支配するための『鍵』を狙っているというのが正しいか」

「……」


 静寂が二人を包み込む。

 船旅もいよいよ終わりを迎え、眼前に巨大な島が聳え立っている。


「狂歌さん、そろそろ港に着けます。揺れますので気を付けて下さい」

「ああ。ありがとな、マヤ。でも狂歌はここでいいよ。ここから別行動だ」


 狂歌は今後のことについての指示事項をまとめた紙をマヤに渡した。

 そして船首からジャンプして岸へ飛び移った。


「まったく、お前達は……」


 狂歌が振り返ると、狐面の他にジェムズ・シャインのメンバーが皆見送りに来た。

 新入りの二人もそこに居る。


 ――もしかしたら、最期の挨拶になるかもしれない。


 覚悟を決めながら彼女たちに背を向けた。

 そして前に歩み出しながら右手を振り、別れの挨拶を済ませた。


 ◆◆◆


「さて、早速ヒナの力を借りるとしようか」


 美琴達よりも一足先に島に上陸し、潜伏していた狂歌は上空のドローンを確認するとスパイグラスを装着した。

 マップに島内を動く人間の様子が映し出される。


 一度島内の様子を一通り自分の目で確認しているため、このマップと組み合わせて鮮明に島内情報をイメージすることができるようになった。


 ――同時に、表面上確認できなかった「深部」への道筋も見つけることができた。


「ふうん。そこに居るのか」


 狂歌はギターを取り出した。


「舞わせて頂きましょう――神器解放。アメノウズメ」


 狂歌の真の力が開放された。

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