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第七十話 「本土奇襲作戦」

<美琴視点>


「おえ……! はぁ……はぁ……」


 なんて酷いニオイなんだ。

 何これ……!


 あらゆる負の感情が渦巻いている。

 この場所――あらゆる非道が行われたであろう病院内に居た人の残留思念のようなものが、私の嗅覚にあらゆる惨状を訴えてくる。


 強烈な腐敗臭、刺激臭で鼻が曲がりそうになる。


「美琴! 大丈夫!?」

「う……うん。なんとか……」


 昴に肩を貸してもらいながら立ち上がる私。


 身体の底からガタガタと震えてしまう。

 血の気が引いて、身体の表面が冷たくなる。


 そんな私の身体に昴の体温が伝わり、段々と気持ちが落ち着いてくる。


「本当に大丈夫? 美琴ちゃんはまだ何も見てない。それなのにこんな状況になっちゃって」

「その……ニオイが酷くて」

「あー、なるほどね」


 帆波さんが心配そうに見つめてきた。

 そして私の発言に対して頷きながら、何かを悟ったような仕草をした。


「嗅覚が人並以上に優れている。共感覚……というやつかな? 美琴ちゃんの特殊能力か」

「な……何か見えてるの?」

「うん。とっても美味しそうなものが見えてる」

「は? 美味しそう?」


 帆波さんが舌なめずりをしながらゆっくりと近づいてきた。


「ちょっと、帆波? 何をする気?」

「この中での調査の間だけでも、美琴ちゃんの嗅覚を弱らせたほうが良いかなと思って」

「なるほど」」


 なんか勝手に二人で納得しちゃってるけど。

 というか、嗅覚を弱らせるって何!?

 そんなことできるの??


「美琴ちゃん、どうする? 10~20分の間は匂いを感じさせないようにできるけど」

「じゃあ……お願いします」


 お言葉に甘えてみる。

 一体……何がって、え!?


「ふふふ……怖がらないで」

「ち、近いって!」


 急に帆波さんが顔を寄せてきた。

 そして、私の鼻に口づけをした。


「ほ……ほな、みさん!?」

「照れちゃってかわいい」


 顔が熱くなってくる。

 同性とはいえ、そんな艶っぽい雰囲気で近づいてきてキスしてくるなんて……。


「で、どう? ニオイは感じる?」

「え? ……嘘!? 何も感じない!」


 本当に何もニオイを感じない。

 吐き気も何も催さなくなった。


「ど、どういうこと?」

「ふふふ。これは私の能力。相手の能力を『食べる』ことができるの」

「た……食べる!?」


 狂歌や帆波さん。

 この人達は理解をはるかに超える力を持っている。

 スサノオもそうだけど、まだあいつの力は人間の限界を突破すればできるのかな……なんて思えた。

 だけど、最近出会う人達はよりオカルトじみていて理解できない。


 説明されても「はい、そうですか」と返すしかできない。


「さて、美琴ちゃんの体調が戻った所で調査を進めましょうか」

「ええ」


 帆波さんの案内により、建物の奥へと進んでいった。


 ◆◆◆


「何これ……」


 再び吐き気を催した。

 今度は、資格情報からだ。


「ここはこの建物の中枢。実験、研究データの全てが集まる場所」


 この場所は地下。

 帆波さんに案内されるがままついて行ったが、バルクネシアで私達が地下にアジトを作ったように、この場所でも地下を利用した広い空間が形成されていた。


 そして、部屋の角には気絶した人間が積み上げられていた。


「ん? ああ、角のあの塊はゴミ掃除の後よ」

「あ、そうですか」


 屈託のない笑顔で説明してくる帆波さん。

 なんか怖いんだけど……。


「それにしてもこの……この場所で行われてたことって……」


 机の上に集められた資料やモニターに表示されているもの。


 幼い子供の全裸の写真。

 臓器の写真一覧。

 一般人女性を盗撮した写真。

 包帯まみれでベッドに寝かされる人の画像。

 身体を拘束された状態で何かを注射器で投与される映像。


「そうね。ありとあらゆる犯罪行為が行われているわね。全ての犯罪をコンプリートしているんじゃないかしら。人間が行う所業では無いわ」

「こんな誰も知らない場所でこんなことが……」


 心の底から怒りがこみ上げてきた。


「そうね。誰も知らない。表と裏、距離として見ればそんなに離れていない。ちょっと覗こうと思えば覗けるかもしれない。そんな場所に、こんな深い闇が潜んでいるの」

「……」


 改めて、自分が表の世界で享受していた平和が欺瞞的であったことを思い知らされる。


「これは誰がやったことなの? どこを叩けば良いの?」

「それを調査しているんだよ。まあ、一番怪しいのはバルクネシアだけどね」

「バルクネシアが?」


 この間まで滞在していた場所。

 スマートシティから日本へのテロを行っているという可能性を辿り、潜伏していた場所。


「美琴達は知らなかったかもしれないけれど、バルクネシアは犯罪国家。犯罪を隠すために悪い奴らが協力して建国した国なんだ」

「そんな……」


 スケールが大きすぎて脳が理解を拒んだ。


「ねえねえ、昴ちゃん。これを見て」

「ん? ……まさか、これって」


 帆波さんと昴が見ている情報を後ろから覗く。

 そして戦慄した。


「ドローン奇襲作戦……? 日付が……今日!?」


 今日、私達は人身売買の現場を押さえる作戦を実行していると考えていた。

 狂歌はそのために、私達を間接的にこの場所に呼んでいたのだと思っていた。


 まさか、ドローンによるテロが行われようとしていたとは……。


 ――この病院で研究された生物兵器を乗せたドローンが、日本を襲おうとしている……。

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