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第七十五話「鏡花と狂歌」

<ピヨちゃん(狂歌)視点>


「ちょっと! オメー大丈夫か?」

「うぅ……」


 ゆさゆさと揺さぶられる。


 ――うるさいなぁ。


 全身の倦怠感のせいでうっとおしく感じる。

 自分を心配してくれている様子なのに、そんな事も気づけないくらいダルい。


「マジで大丈夫か!?」

「大丈夫じゃないです!」


 まだ寝ていたいの。

 我慢できずに相手の手を振り払ってしまった。

 そして上体をガバっと起こすと、目の前にわたしに声かけ、身体を揺らしてきた者の顔が間近にあった。


 ――あ、かわいい。


 わたしの視界の中に入ったのは、桃色に髪を染めた美少女だった。


「オイ! なんだ馬鹿野郎。こっちは心配してやってんだぞ!」

「え? ……どういうこと?」


 目の前の美少女の全体像が見えてくる。

 黒を基調としたジャケットに、血のような真っ赤なインナー。軍帽を被っていることから、どこかの部隊の一員なのかもしれない。しかし、肌の面積が多い刺激的な格好をしている。


「あの、ハニートラップ専門の部隊の一員ですか?」

「は? オメー寝ぼけてんのか? ハニートラップってなんだよ。鏡花は一般人だぞ」

「え……? じゃあその軍帽は……?」

「ライブ衣装だよ馬鹿野郎」

「ライブ衣装? ライブ?」

「バンドのライブだよ! 鏡花はバンドマンでボーカルだ。……てか、なンだよ。それも知らねーのか……つってもまだオメーはガキだしな。とりあえず鏡花について来い。身体ずぶ濡れだから風呂入るぞ」


 わたしは言われるがまま、自分を鏡花と名乗る少女……女性についていった。

 見た目はわたしと同じくらいの歳に見えるけど、わたしをガキって言ってきた。もしかしたら成人女性なのかもしれない。


 ◆◆◆


「温かい」

「ははは! そうだろそうだろ?」


 わたしは鏡花さんの家のお風呂を使わせてもらっている。

 そして湯船に鏡花さんと2人で入っている。お互い身体が小さいから、2人で入っても窮屈に感じない。


「ところで、オメーは帰る所あるのか?」

「……わからない」

「そうか」


 わたしは任務に失敗した。

 今から施設に帰ったとしても、使えないと判断されて処分されてしまうかもしれない。

 そもそも、施設がどこにあるのか分からないから帰る術が無い。


「……よし! 今日から一緒に暮らすか?」

「え?」

「オメー訳ありなんだろ?」


 鏡花さんの目は真剣だ。

 本気でわたしの事を心配してくれている。

 出会ったばかりのわたしの事を。


「おいおい、なに泣いてんだよ」

「……わたしの事をちゃんと見てくれた人居なかったから」

「そうかそうか」

「!?」


 鏡花さんはわたしを抱きしめた。


 とても温かい。


 お互いの肌が触れ合っている。

 鏡花さんの心臓の鼓動が、心地よいリズムでわたしの身体をトントンと叩いてくる。

 とても、安らぐ。


「うう……うう……ひっく……」

「よぉーし、思いっきり泣け。お前の魂(シャウト)を聞かせてみろよ」

「うぅ……ああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」


 思いっきり泣き叫んだ。

 こんなに感情が溢れ出したのは初めての事だ。

 まさかこのわたしが、こんなに豊かな感情を持っていたとは思わなかった。


 それだけ、色んなモノを胸にしまい込んでいたのか……。


「そういえば名前聞いて無かったな」

「名前は4……じゃなくて、ピヨです」

「ピヨ? おもしれー名前だな。よろしくな、ピヨ子」

「ピヨ子!?」



――それから、わたしは鏡花さんと一緒に楽しい生活を送った。




 一緒に料理をして一緒に食卓を囲ったり。

 一緒にお出かけして買い物をしたり。

 一緒に遊園地、テーマパークへ行って遊んだり。


 鏡花さんはわたしに沢山の思い出をくれた。




 ――また、ある時。




「ピヨ子! オメーも一緒に歌ってみるか?」

「うん!」


 わたしは鏡花さんと一緒に歌うようになった。


「は? マジか。まじ上手いじゃん。嫉妬するくらい」

「本当に?」


 わたしは歌うことが得意だったらしい。

 それも、群を抜いて。


 メタルというジャンルらしいけど、どんな歌い方でも対応できた。

 バンドメンバーからギターも教えて貰い、音楽への道が開けてきた。


 ――わたしを救った音の形を目で見える『共感覚』は人々の心を動かすことに役立った。


 それから鏡花さんと一緒に音を奏でれば奏でるほど感覚が強くなり、異能力者としての力も強まっていった。


 わたしは大好きな人達、大好きな音に囲まれた生活を送り、いつしかこの幸せな生活がわたしにとっての「当たり前」となった。



 ――そんなささやかな幸せは、突然奪われることになったのだが。



 ◆◆◆



「どうして……どうして……!」


 鏡花さんは、裾野事変で発生したテロに巻き込まれて死んだ。

 彼女はステージの上で、ライブをしながら死にたいと言っていた。 


 だけど、彼女は生活費を稼ぐために仕方なくスーツを着て、仕方なく仕事で時間を浪費している間になくなった。好きでもないことをしている最中に。


 ――そこで私は覚悟した。


「今日からわたしは、『狂歌』になる」


 バンドメンバーや鏡花さんのファン達は、みな私の言葉に驚いた。


「わたしは鏡花さんの意志を継ぎ、『狂歌』として生きていく」


 彼女のように自由を求め、

 彼女のように周囲の人々を笑顔にし、

 彼女のように音で皆を繋いでいく。


 裾野事変でテロを起こした、わたしと縁遠くないこの国の暗部。

 それらも全て、この音でかき消してやる!


 こうしてわたしは『狂歌』として、


 鏡花さんの愛したバンドやファン達が住む表の世界と、

 鏡花さんを奪ったクソったれな裏の世界という、


 両方の世界をステージとすることとなった。


 ◆◆◆


「ピヨちゃん! ピヨちゃん!」

「あ? うるせーな……今考え纏めてたんだよ」


 昔の記憶から目覚めたわたしは、心配そうな昴に対して笑顔で返した。


「さて……よく聞けオメーら。これから集めた情報とやるべきことを説明する。ああ、そこの嬢ちゃん達は家に早く帰れ」

「は……はい!」


 わたしが身代わりになって助けた少女達は青ざめた顔に涙を零しながら去っていった。


「今から日本に危機が訪れる。でも、狂歌は別にこの国を助けようとは思っていない。悪いな、昴。凛」


 わたしの言葉に対し、二人は訝しむ表情で返してきた。

 しかし、今や弟子のような存在となった進士と美琴はわたしが言わんとしていることを察したようだ。


「オメーらそれぞれ、オメー自身が守りたいものを守れ!」


 もしかしたらこれはわたしの最後の戦いになるかもしれない。

 でも、『ある役割』は無事に果たすことができそうだ。


 バカ弟子二人の頼もしい顔を見て、そう思った。


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