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二話 首鼠両端 其之二

 刀をいた黒髪の龍人がバレイショ区の裏路地を闊歩する。国民を餌に如何物を繁殖させる悪党がいるという事実に少なからずの怒りを覚えているモミジは、自らの足と目で独自に調査へと出ていた。

(裏路地とはいえ昼間は然程荒れてないな、……表層まで出てきていないってのは良いことか。此処のことは此処の住人にってわけで)

 深入りしない程度に散策を留めて、やや人通りの多い場所へと出ていけば、一人の物乞いと視線が打つかる。

「お恵みを…」

「はいよ」

「おぉ、感謝します」

「なあ、この辺りで変な奴ら見なかったか?」

「…変な奴らですか?」

「ああ、可怪しな魔導具売ってたりとか、人をどっかに連れ込んだりさ」

「そういうのでしたら、…数日前に軍人さんが取っ捕まえてましたね…」

「その後は?」

「心当たりはありませんね」

「どうも」

 足元の空き缶に情報量がてらの金子きんすを放り、モミジはその場を去っていく。

「……お気をつけて」

(軍の介入が有った時点で逃げ出しているのは確かか)

 通りを眺めてみても悪徒がのさばっているようには見えないので、バレイショ区は問題ないかと足を進める。

「ちょいとそこのお兄さん、うちで飲んでいかないかい?」

 モミジへ声をかけたのは婀娜あだっぽい雰囲気の客引き二人。

(こういう客引きが表に出られているなら十分な治安なのかね)

「昼間っから飲み屋の客引きかい」

「いやね、昼間は健全な食事屋をしてるんさ。可愛い女の子が、可愛い給仕服で待ってるんだけど、どう?」

「こうみえても成人してないんだ、可愛い女の子やあんたらみたいな別嬪べっぴんの姐さんたちは刺激が強すぎる」

「あらぁ、嬉しいこと言ってくれるお兄さんじゃない、ちょっとおまけしてあげるからさぁ」

「また今度な。…ちと聞きたいんだけど、この辺の治安ってどんな感じ?姐さんたちから見て」

「治安~?そうさねぇ、軍人さんが遊び来てくれて、数日前から平和そのものだよ。破落戸ごろつきも尻尾巻いて逃げちゃったし」

「ふぅん、どうもさん。これで茶でも飲んでよ」

「わぁ、太っ腹。あんたなら夜に来ても、トクベツなことしてあげちゃうよ」

 一歩踏み込んで口を耳に近づけた客引きの一人は、蚊の鳴くような声でモミジへ囁く。

(治安は良いけど、堂々と金子を見せびらかしちゃいけないよお兄さん、年長者からの忠告だから)

(どうも)

(それと、このあたりを取り仕切ってる御人がお兄さんに会いたがってる。その気があるなら二つ先の角を曲がった先、赤い印のある扉を叩きな)

「驚いたな、別嬪な姐さんに耐性が無いんだって」

「ごめんね、ついつい。若い芽をみたら味見したくなっちゃうんだよ」

 色香を振りまく客引きはモミジへと手を振り、他の通行人を誘っていく。

(扠と、この辺の仕切ねぇ、縄張しま荒らしとでも思われたか。いざとなれば尻尾巻いて逃げればいいし、今後の行動が阻害されないよう謝りに行ってみるとしよう)

 客引きの指示通りに進んでいくと、赤い翼竜が描かれた扉が一つ佇んでおり、コンコンと軽く叩いて返答を待つ。

 少しの間が有り、中から物音がし始めると、扉がゆっくりと開いて浮浪者然とした男がモミジを品定めするかのように、ジッと見下ろしていた。

「入っとくれ」

「刀は?」

「持ってていい」

「了解」

 武装の解除はなし。余裕があるのか、敵対心はないのか。

 浮浪者の後を追って進んでいくと、所々で人とすれ違うようになり地下広間に到着すれば、そこいらに魔導具を所持、武装した者が屯している。

(こりゃヤバいか?)

「連れてきました」

「おう、ちょっとそこの長椅子に腰掛けて待っててくれ。俺の準備が未だ出来てねえ」

 モミジは言われた通りに長椅子へ腰掛けると、周囲の者は興味津々といった様子でモミジを眺めている。

わりぃ悪ぃ、こんな直ぐに来てくれるとは思わなんだ。呼び込んだ俺が言うのも何だが、そのまま一人で来るとは警戒心が足りねえんじゃねえのよ?」

 髭面の大男は櫛で髪を整えながら対面の長椅子にドスンと腰を下ろして、口端を高く持ち上げ笑顔を作る。

「こっちも縄張荒らしみたいに情報を探ったから、詫びを兼ねて早めに、一人で来たんだ。悪かったな」

「ん?あぁー、さっき俺たの仲間に金子掴ませて色々探ってた件か。そんなのどうでもいい、こっちの収入源であり俺たの商売だ」

「そうなのか。じゃあなんで俺を呼んだ?」

「クックック、俺たが『地下楼ちかろう水蛇みずへび』だからだよ。別の商売を邪魔されたからおめたを始末しようとな」

 威嚇いかくするよう犬歯を露わにした大男は、机を殴りつけた。…のだが。

「へぇー」

 モミジは至って落ち着いた反応である。

「おめ、へぇーって…驚かんのかい」

「それが嘘だからな」

「どうしてそう思う?」

「あんたらには秩序がある、そういう集団だと確信できるからだな。水蛇アレの末端と数度戦ったし、先日はそこそこの場所にも忍び込んだ。何をやってたか知ってるか?」

「……。」「「…。」」

 大男含めその場の全員は口を噤み真剣な表情になる。

「情報が早いこって。ここは水蛇とは真逆の共同集団だからだよ」

 此処にいる者の殆どが浮浪者然、いや浮浪者なのだろう。彼らが厄介な無法者から身を守るために組織立っていることは、モミジの目にも易々と見て取れ理解できた。

「スズシロまでそこそこの距離があるが、あっちにも此処の根は繋がっているのか?」

「いいや、俺た『溝鼠どぶねずみ』はバレイショとその周辺少しを縄張りにしている自治集団だ。だがまあ、こっちからも数人拐われてて、はらわたを煮え繰り返していたんだよ、魔法殺しの義賊衆さん」

「もしかしてだけど…その魔法殺しの義賊衆って有名な名前なのか?」

「は?おめた知らねえのか?裏じゃ有名な名前だろうに」

「一度も名乗ったこと無いんだけどなぁ、…どうせならもっとカッコいい名前が良かった…」

「「……」」

 本気で悔しがるモミジを見て、やや子供っぽさのある彼にやや拍子抜けの面々。

「本物だよな?」

「さあ、さっきも言った通り自分で名乗った覚えはない。魔法を自壊させる魔法師ってなら俺たちのことだ」

「『強き礫は射手をも貫く鏃となりて、貫矢爆かんしほう』」

術喰すべくら

 はったりの為に意味のない詠唱を行いつつ、無詠唱で周囲全員の魔法陣、その要点へ封印を施し全てを打ち壊し、衣嚢いのう透籠とうろうを握りしめ大男の背後に飛んで。

 カチャリ、つば鯉口こいくちから発せられる鍔鳴つばなりで忠告する。

「あぁ、こりゃ駄目だ、皆武器を下ろしてくれ。一歩間違えれば俺の首が飛んでた」

「あんまり人を脅かさないでくれ」

「実力を見たかったのでな。非礼は詫びよう」

「んで、余興は済んだろ。なんで俺を此処に呼んだ?」

「簡単な話しだ。俺たと手を組まないか?」

「お前らと?…悪いが俺たちには雇い主がいるし、その意向に従って動いているんだ。もっと言うなら俺らも常に動けるわけじゃねえ」

「なんだ、おめたは飼い犬か。雇い主の意向ってのは」

「違法魔導具の撲滅だな、大まかには」

「他にもあるってことか?」

「まあな、今のところは話す気にはなれん」

(兄貴の築く王道楽土、その手伝いだが。言ったところで身分に気付かれたら元も子もない)

「…違法魔導具なぁ。てっきり水蛇に怨みでもあるのかと思ってたんだが…」

「残念だったな。あんたらと水蛇とは確執が?」

「大有りさ。こちとら古くからバレイショの裏を締めてる溝鼠、縄張りを荒らされて仲間を喰われたんだ。怒りの一つや二つなわけねえだろ。昔にちょいと仲良くした時期もあるんだが、最近のやり方は目に付きすぎる」

「弔合戦でもするってか?」

「出来るもんならしたいが、……俺たには俺たの役割ってのがある。動きにくいのが現実だ」

「成る程な。因みに役割ってのは?」

「…おめ、意外と何も知らねえのな」

「世間知らずなもんで」

(…どっかのボンボンか?)

 モミジの正体を探りながら、溝鼠の頭目は会話を続ける。

「俺た溝鼠は冒険者組合に協力し、縄張に入ってきた違反者の捕縛や通報を行っている。見返りとして自衛出来るだけの武装や資金の提供を受けてな」

「へぇ、だから件の摘発には陽前軍が動いたのか」

「ああ」

 冒険者組合。義勇軍を祖とする半軍属の武装集団。傭兵に近い。

 普段は郊外に出現した如何物の退治や、大断層の調査、都市内のちょっとした困りごとの解決等、色々な職務を請け負っており、危険は有れど腕に自身さえ有れば身入りが良い為にそこそこに栄えている。

「俺たはおめたを冒険者の類いだと思ってたんだが…」

「いや、無所属の雇われだ」

理由わけのわかんねえ化け物もいたもんだ…」

「というわけで大々的に協力は出来ない。そもそも、俺たちへの連絡も不可能だ」

「そっかぁ」

「ただ偶に様子見に来るから、なんかあったら相談してくれ。絶対とは言わないが、力になれる可能性はあるし、水蛇は俺、とか雇い主も煙たく思っているはず。力を貸せる場合もあるだろ」

 衣嚢に手を突っ込んで歩き出したモミジを、一同は見送り張り詰めた緊張の糸とを解いていく。

「あっ!お前ら、違法魔導具を所持してないよな?」

「俺たは冒険者組合の下請けだっていったろ!」

「一応だよ一応!拾ったりしても懐に入れずに、しっかりと警察局に提出しろよなー!」

「わかってるわかってる。…魔法殺しの、おめ名前は?」

「んー、ワクラバとでも呼んでくれ」

「縁起の悪い…。じゃあなワクラバ、俺は溝鼠の頭目ナギナタガヤだ。おめさんを引き留めた客引きの店、美味い飯を出してるから寄って帰んな」

「別嬪の姐さんが客引きしてるとこ?」

「そうだ」

「はいはい」

(順当に活動している限り敵にはなり得ないが、味方にも引き入れることの出来ない魔法師集団。いや、途中一度言い淀んだ事を考えると、一人二人で集団としては小さいのかもしれない。が、個々が優秀なのは確かだろう。……違法魔導具に拘っていた点を考慮すると、警察局辺りに雇い主がいるとみるか)

 彼是考えながらナギナタガヤは足早に地下室を去る。


「よ、よう」

「あら〜、もしかして食事に来てくれた感じ?お姐さんうれしいわぁ」

如何いかがわしい店だったら、何も食わずにさっさと帰るからな」

「昼間はそういう店じゃないから大丈夫よ。一名様ご案内〜!」

 店へと入っていくと、調理場から見知った顔が覗いていた。

ナギナタガヤお前の店だったのかよ…」


―――


(案外に美味かったな、ナギナタガヤの作った焼飯。…味付けが濃いのも悪くない)

 腹を擦り満腹を示してはバレイショ区を進んでいく。様子を眺めながら他と比べてみると、やや荒んだ街並みではあるが住民たる国民たちの表情は楽し気で活気が見て取れる。

(溝鼠の影響力ということか。…自警団という役割と、冒険者組合からの違反者処理。易者うらないしとは別の知己を得たことを喜んでおくべき、だな)

 そんなことを思いながら、そろそろ翼竜に化ける場所をと人通りを避けていけば。

「こんにちは」

「よう、現れると思ったぜ」

 占い師然とした老父が表れては朗らかな笑みを浮かべている。

「俺に凶兆でも出たか?」

「貴方様に凶兆が現れると?」

「無知は恥かもしれんが、知りすぎることが良いとは言えんぞ」

「ほほ。」

「それで何用だ?」

「『手負いの蛇の鱗』『戻る親蛇』『鼠は結束する』」

 不思議な文言だけを遺して、老父は尻尾を振りながら何処かへ歩いていく。

(『手負いの蛇の鱗』は…水蛇の足取りを得たということか?『戻る親蛇』……、向こうさんの首領が出てくるってことかね。『鼠は結束する』これは溝鼠たちのこと、と思うか。…必要があればあちらから動いてくるはずだから、俺は俺で動くとしよう)

 人気のない路地裏を曲がっていき、誰もいない行き止まりにてモミジは小さな翼竜へ姿を変えて、高く飛び上がっていく。

「見事なものですね」

 建物の屋上に腰掛けていた老父は、翼を羽撃かせ空を自由に駆る翼竜を目に感嘆の息を漏らし、老人らしからぬ動きで裏路地へ戻る。


―――


 王城の区画を突き進んではとある離宮の屋根へと降り立って、庭で過ごすマツバとテンサイを見下ろす。

 モミジには見せることなかった笑顔をマツバへ向け幸せそうな様子を目にしては安堵の息を漏らした。母親からの愛を受けられなかった彼としては寂寥感を覚える光景だが、愛する母が窶れていくこともなく愛する相手と幸せを享受出来ているのなら、これ以上無い喜びである。

(俺は俺で自由に暮らすさ。……親父が腰を落ち着けられて、母さんと一点の曇もなく暮らせる泰平の世を兄貴と一緒に築かねえとな!へへっ)

 結局のところ、戴冠式にテンサイが訪れることを知っていたモミジは、彼女を気遣って参加していなかった。きっとこれからも母を避けて、互いに傷付けないよう歪な関係を保っていくのであろう。

 転生という理を外れた者に課された、小さな罰は彼の心に棘となって刺さり続ける。

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