モミジが市井で彼是してから離れに舞い戻ると、どうにも人がいる様子が有り、低空飛行で様子をうかがうとサクラの姿がそこにあり、一瞬だけ視線が合う。
そのまま軌道を変えて尨羽が使う小扉を潜ると、シロタとクロバが抱卵しており邪魔をしないよう通り抜けて変身を解く。モミジが巣や卵に近づこうとも怒る二匹ではないのだが、一応のこと配慮しているのだとか。
「珍しいな、俺が帰って来るまで待っているなんて。なにか用事でもあったか?」
「う、うん、すっごい大事な話しがあるの」
「そうか。茶でも淹れるよ」
「私が行いますので、モミジ殿下はサクラ様のお話しを」
「分かった」
机の向かいに座ると、どうにもサクラの顔は赤くて落ち着きに欠けるところがある。病を患っていれば砂糖楓宮にいることを許されるはずもないので、モミジはゆったりと椅子に凭れ掛かって話し始めを待つ。
(どうしよう!いざモミジを前にしたら、準備してた言葉全部どっか行っちゃった!?でも大事な話しがあるって言っちゃったし…)
「すぅー…はぁー…。モミジ、手を出して」
「ほい」
両手で包み込むようにモミジの手を握ったサクラは、少しずつ魔力を流して彼の様子を伺う。これで嫌そうな顔をしていれば、と思っていたのだが変化はなく、首を傾げては逆に魔力が流されて身体が暖かくなる。
「どう!?」
「甘いな。砂糖菓子、いや楓の樹液のようなさっぱりとした甘味だ」
「?。それって私の魔力が流て嫌じゃないってこと」
「ああ。他人の魔力に触れると大体が嫌な感覚なんだが、サクラのは全く嫌じゃない。舌の上に小さな幸福が転がる感覚だな」
「!?これね、調和性魔力接触っていうの」
「へぇ、色々と勉強してるんだな。偉いじゃないか」
「えへへ、当然よ~。…じゃなくて!魔力が流て、交わって、嫌な感じじゃないのはね、お互いの相性が良い証拠なんだって」
「へぇー。成る程成る程、園遊会の時も手を繋いでたから上手くいったのかもな。となると複数人で魔法を使用する際は、相性の良い者同士が協力することでより強力に―――」
「でね!モミジ!」
「ああ、悪い悪い。新たな見識につい、な」
(言うのよサクラ、絶対大丈夫!)
(頑張ってください、サクラ様!)
「私はね、相性が良いモミジの隣に立ちたいと思っているし、ずっと一緒にいたいの」
(前にも言ってたな)
「だから私と結婚して!!」
「結婚?俺が夫で、サクラが妻ってこと?」
「そう!」
(成る程。兄貴の差し金かな?サクラと結婚して、兄貴の息子となるのは俺としても利がある。三恋から余計なちゃちゃを入れられることも無くなるし、確実に兄貴派閥であることを周知できるからな)
「相手が“叔父”である俺でいいのか?兄貴と俺は腹違いの兄弟とはいえ三親等では近しい血縁だ、周囲からとやかく言われることは避けれない。茨の道と成り得るぞ?」
「いい。私はモミジを幸せにして、寂しい思いをさせたくないの!」
「俺はしょっちゅう遊びに来てくれる姪のお陰で寂しいと思ったことはなくてな」
「っ」
「まあただ、一つだけ訂正してくれるならこの話しを受けたいと思っている」
「なに!?」
「俺を幸せにするんじゃない、夫婦二人で幸せになるんだ。一方的な関係なんて面白くないし、長続きしやしないからな」
「うん!うん!!」
目を爛々輝かせたサクラは、今にでも飛び跳ねてしまいそうな感情を抑え込んでモミジの手を握る。
「結婚まで先は長いが、結婚後も含めて末永く宜しくな、サクラ」
「大好きだよモミジ!!」
「うおあっ!?」
机を回ったサクラはモミジを抱き抱え、舞踏でもするかのように振り回す。
「おめでとうございます、サクラ様」
(サクラ様とモミジ殿下。うふふ、お似合いですね)
因みに彼女は正式にサクラとモミジの侍女ということになり、実家からも褒状が届くに至る。それはヒノキとモミジが話し合い、『何れ産まれる子に仕える侍従侍女の優先権を有する』という契約が二奏鈴家と成されたからだ。
龍神の祝福を受けた王弟、その子供に仕える者はそれだけで名誉なこと。サクラを含め二代に渡って仕えられたとなれば、これ以上ない箔が付くと大喜びだったそうだ。
「そいじゃ兄貴と義姉貴に報告するか。ミモザは驚くだろうなぁ…」
「モミジを『モミジ兄様』って呼べるんだから大喜び間違いなしよ、絶対に」
「よ、よう兄貴」
「やあモミジ、待っていたよ」
ヒノキとダリアを前に、少しばかりの緊張を見せていたモミジであるが、サクラが腕を絡めて来たことに驚き。
「お父様!お母様!私、モミジと結婚するわ!」
「おー!おめでとうサクラ」
「うふふ、モミジさんとサクラが結ばれるなんて驚きね~」
「えっ!?モミジ叔父様がモミジ兄上になるのですか!?」
本気で驚いているのはミモザと使用人たちで、ヒノキとダリアは面白がりながら驚いたフリをしている。
「そういうことな」
(兄貴、義姉貴。…俺とサクラの婚約は上手く使えよ。これ以上ない切り札なんだから)
(義母さんと呼んでくれてもいいのですよ?)
(義父と呼んでくれてもね)
(…。二人は俺の兄と義姉なんだよ、まったく…)
使用人らに祝われるサクラを横目に、モミジと両陛下は密々話を終えて、賑やかしく離宮で過ごす。