侯爵様に薬をお渡しした後も、私達の白い夜は続きました。
私は成長し、胸も母の服が合わない、窮屈になり始めたので新しい服を作り始めた頃、大体三ヶ月くらいでしょうか?
侯爵様が屋敷を突撃してきました。
「聞いてくれ! レイオス、アイリスちゃん!」
「スノウさんは?」
「スノウの事なんだ!」
私は少しびくっとします。
もしかして薬が合わなかったとか、効果が無かったとか、色々と悪い方を考えてしまいました。
「妊娠したんだ、しかも双子! 男の子と、女の子らしい! 母子ともに順調だそうだ! 母体も負荷が軽くすんでいるって!」
「本当に、良かった……」
私は安堵のため息を吐き出します。
レイオス様は私の背中をさすってくださいます。
「ああ、良かったな、マリオン。長年の夢だったそうだからな」
「本当だよ」
「でも、出産した後、産後も薬を飲み続けて下さいね」
「分かった、薬の量が足りなそうだったら早めにお願いするけどいいかい?」
「はい、お任せ下さい」
私はハッキリと答えました。
「そう言えば、アイリスちゃんの服、サイズ違うんじゃ無いか? 今までのと」
「今座っているから分かりづらいが、アイリスは身長なども成長して今まできていた服のサイズが合わなくなったのだ」
レイオス様が私の肩を撫でながら言います。
私はレイオス様の手を取り。
「ええ、その所為で余計な出費をレイオス様にさせているのが辛いです」
「余計な出費? 必要経費と言って貰いたいな。君は美しいんだ、だからそれに合った服を着て欲しいんだ」
「でも、仕事着は普通ものでいいのですよ」
「いや、それもなるべく良い物にしよう。私は君の為にできることをしたい」
「レイオス様………」
「驚きだぜ、これでまだ契ってないんだろ?」
「五月蠅いぞ、マリオン」
レイオス様は侯爵様を睨まれました。
「侯爵様、嬉しいのは分かりますが、産衣などは買いだめをせず、最低限だけ用意して、後で購入するのが良いかと」
「ああ、お前なら喜びのあまり大量買いしそうだしな」
「なんで私の行動理解しているんだ、二人とも⁈ レイオスはともかく、アイリスちゃんまで⁈」
私とレイオス様は顔を見合わせてため息をつきます。
「それくらい、侯爵様とスノウさんのことを知っているなら予測はつきます」
「というかお前達が子どもを欲しがっている事をしっている連中なら全員気付くぞ」
「そう言えば養子とか考えなかったのですか?」
子どもが欲しいなら養子というのもある。
「私達の場合遠縁か親戚から子どもを貰う事になる、そうすると私達の都合で親と子を話してしまうことになる。それは良くないとスノウと合意していてね」
「なるほど……」
もしかして……お祖父様とお祖母様はそれだから養子を取らなかった?
似た考えの持ち主だった?
……わかりません、お優しかった祖父母はもう、亡くなっています。
あの男所為で家は取り潰しになりましたし。
何が正解だったのでしょう?
「アイリス?」
レイオス様に呼ばれて我に返ります。
「いえ、少しぼーっとしていただけで……」
「違う、君は多分何故自分の父方の祖父母は養子を取らなかったことについて悩んでいたのだろう?」
「⁈」
何故?
どうして?
「君と一緒にいるんだ、それくらい分かるさ」
「私もね」
レイオス様に続けて侯爵様がいいます。
レイオス様は何もないところから手紙を出しました。
「その回答がこれだよ」
私は封が切られた手紙を読みます。
亡きお祖父様の文字でした。
エミリアさん、私達は貴方に重荷を残して逝くことになりそうです。
それもこれも私達の心の弱さが原因です。
息子を見捨て、遠縁から養子を取るべきでした。
しかし、ようやくできた息子を私は見捨てることはできませんでした。
エミリアさん、貴方には負担を強いることになるでしょう。
アイリスが幸せになるのをあの子が阻害するかもしれない。
必死に育てたけれど、そうなってしまったのです。
申し訳ないです。
この時点でも見捨てればよかったのにそうしなかった私達の責任です。
エミリアさん、貴方は息子を見捨てて家に戻っても構いません。
この家はきっとあの子で終わるでしょう。
どうかアイリスと、孫娘と幸せに。
「……」
祖父母は家が潰れるのを見越していた。
けれども、母は最後まで約束を違えようとしなかった。
最初にあの家の為に妻になったことを、最後の最後まで受け入れた。
だから私に手紙を残した、貴方までは不幸になる必要はないと。
けれども私は──
「アイリス、色んな思惑があの家であったようだ。祖父母の思い、エミリア夫人の思い、そして君の思い。手紙通りあの家は潰れた、けれどもそれは最後まで君の母君があがいたことで伸びた」
分かります、母なら、先ほどの手紙を見ても、きっと最後まで役割に殉じたでしょうから。
「そして君が家を潰す最後の手助けをした」
「はい……」
あのような家はもう終わるべきだったのです。
だから私は終わらせました。
最終的に終わらせたのは国王様達でしたが。
父がもう少し賢ければ、誠実であったら家はまだつながったはず。
でもそうで無かったから、家はつながらず、長い歴史に幕を閉じた。
もうあの父に会うことはないけれども、私はこれでいいと思って居ます。
「……」
私は手紙をレイオス様に返しました。
「保管しておいてください、私が思い返す為に」
「分かった」
レイオス様がそう言うと手紙は消えました。
「それはそうと、スノウに会いに来てくれないか?」
「構わないがどうしてだ?」
「妊娠分かって皆過保護になって外に出したがらないんだよ、俺もだけど!」
「なるほど、安全な人に会いに来て欲しいと」
「よく分かったね! さすがアイリスちゃん!」
「いえ、別に……」
むしろ、これ位分からない方が不思議な気もしますが……
「じゃあ、行こう!」
魔法陣が展開され、私とレイオス様は顔を見合わせて頷いて手を握りあい、魔法陣に乗ります。
光に包まれ光が消えると屋敷の前に居ました。
が、先客がいるようです。
「王妃様! お待ちください! 今は旦那様は留守で……」
「もー! スノウちゃんの様子見るだけっていっているでしょう⁈」
「「「王妃様⁈」」」
私達はローブで服装を隠した王妃様を見て目を見開きます。
私達の声に気付いた王妃様がこちらを振り向きます。
「あらぁ! アイリスちゃん! 大きくなって!」
王妃様は私をターゲットに定めたらしく私に抱きついてきた。
「ぐぇ」
結構力強い。
ぐるじい。
「王妃様! 我が妻を離して頂きたい! 抱きしめ殺す気ですか⁈」
レイオス様の怒声が聞こえた。
ようやく開放される私。
「そ、そんなつもりは無かったのよ」
「お前達よくやった。これで運悪く王妃様に抱きしめられていたら我が妻が流産するところだった」
「そんなことしないわよ!」
「王妃様、行動と発言が一致しないのですよ」
そう言うと、いつの間にか侯爵様が王妃様を縄でぐるぐる巻きに。
「何よこれ!」
「アディス陛下から『もし妻が突撃したら簀巻きにしても構わない』と言われましてね。妻を守るために縛らせていただきます」
「う゛―!」
王妃様不満げ。
「まぁ、取りあえず入ろうか」
そう言って王妃様をその状態のまま屋敷に迎え入れる侯爵様。
私は少し心配になりながらそれを見ていました。
護衛らしき方がいる部屋の前につくと、護衛の方々は私達に敬礼しました。
「お前達、何か問題は?」
「「ありません!」」
「それならいい」
侯爵様はそうおっしゃって扉を開けました。
ベッドの上で本を読んでいるスノウ様がいらっしゃいました。
「スノウちゃ……ごふ!」
王妃様が床に転がります。
無意識に抱きつこうとしたのでしょう。
王妃様には悪いですが、こればかりは侯爵様いい仕事をなされました。
「王妃さま? ああ、伯爵様にアイリスさんご機嫌よう」
「ご機嫌よう、スノウさん。お体は」
「ええ、とても妊娠しているとは思えない程好調よ」
「まだ、初期だからかもしれません、くれぐれも薬の飲み忘れには気をつけてください」
「はい」
私はスノウさんに近づき、手を握ります。
スノウさんは嬉しそうに微笑んで握り返してくれました。
これからスノウさんは母親になる。
きっと良い母君になられるでしょう。
子ども達も、きっと良い子らに恵まれる。
なぜだか、そんな気がしました──