表に出な――
イオナのその勢いあるセリフ。
その言葉とは裏腹にイオナは
まぁ『表に出な』の表はそういう意味の表裏じゃないのは分かっているが、俺はふと可笑しくなり自然に口角が上がってしまった。
「……エリアス? どうかした?」
傍から見て特段変わった状況でない中、俺がニヤケているのが分かったのか、アーゼルはひょこっと顔を覗いてくる。
「いや、なんでもない」
まぁ笑みが溢れたのはそれだけが理由ではない。
戦いを目にすることが久しいからでもある。
あくまで模擬戦という形にはなるが、対人戦を傍で見学することができるのだ。
本当は自分も参加したい、と心が疼いてしまいそうだけれど、腐っても元剣聖。
やり過ぎて相手を傷つけてしまう可能性もある。
だから見学という立場がちょうどいいのだ。
そして俺達は裏庭へ出た。
そこは木製の柵に囲まれた広場。
バスケコートくらいの広さはありそうだ。
その空間の端には、試し斬り用の巻藁やすでに穴まみれになっている的が設置されてある。
みたところ演習場みたいな感じ。
まぁ武器屋なんだし、試しに使ってなんぼか。
商売だしな。
「さぁてラニア、所定の位置につきな」
イオナは演習場内の拓けた場所へ移動し、ラニアに手招きする。
「分かってる、いつもの位置なの!」
「ふん、相変わらず生意気なガキだねぇ」
とは言いつつもどことなく嬉しそうにしているイオナ。
まぁ戦闘前だ。
昂る気持ち、分からんでもない。
それからラニアは配置へとついた。
ちょうどイオナと向かい合う形……2人の間、約5メートルほど。
「ラニア、いつも通り私は右手のみだよ。どっからでもかかってきなっ!」
イオナは左手を後ろに回し、右手の指をクイっと2回曲げる。
戦闘開始の合図、ってとこか。
「いっつもラニアを舐めてるのっ! 今日こそは一発お見舞いしてやるのっ!」
ラニアはそう啖呵を切ってすぐ、全力で地面を蹴り出す。
バッと土煙が少し舞うほどの強い踏み込み。
一瞬でイオナとの距離を詰め、強引に拳を振るった。
「速っ!」
と、声を漏らしてしまうほどの衝撃だったが、イオナはまっすぐな姿勢を微塵も崩すことなく拳を避け、1歩自然に後退してみせた。
結局2人の距離は振り出しに戻る。
「ぐ……ぬぅ、なのっ!」
次も動いたのもラニア。
同じく前に強く踏み出し、拳打する。
子供にしては速い攻撃。
「進歩がないのぉ」
イオナは右掌で軽く受け止める。
「まだなの……っ!」
しかしラニアもそれだけでは留まらない。
2発目、3発目と連続で攻めていく。
「単調な攻撃、それじゃあ私には勝てんよ」
が、イオナは右掌で全ての拳打を受け流す。
4発目以降も休む間なく必死に拳を放っていくラニアに対して、澄ました顔で軽くいなすイオナの姿を見ると、やはりあの人只者ではないなと改めて実感させられる。
「これ、実力差ありすぎるな」
俺がふとそうやって呟くと、アーゼルが「いや」と否定してきた。
「……ここから、じゃないかな」
アーゼルは余裕そうな含み笑いを俺に向ける。
それから「ほら」と指をツンツンと戦闘中の2人へ差した。
何か策があるってことか?
そう思い、俺の視線も戦いへ戻す。
そこでは相も変わらず拳を打ち続けるラニア、それを片手作業で弾いていくイオナの姿。
やっぱり戦況は変わりなし、か。
「……さあて、今日はここまでだよ、ラニア」
そう言ったイオナは今まで受け流していたラニアの攻撃を平手で正面から止め、強く押し返した。
イオナはただ押し返しただけ。
そのはずが、あまりの力の強さにラニアは大きく体を仰け反らせ、今にも後ろへ倒れそうになっている。
「ぐぅっ! まだ、なの……っ!」
「ほぉ。これを踏ん張るとはね。いつもならそのまま後ろへ転がっていくってのに」
「ふふ、成長、なのっ!」
意外そうに目を丸くさせているイオナへ、ラニアはプルプル震えた体で自慢気に言い返した。
「まぁ、だけどこれで弾かれてる内は私には勝てないだろうね。これで終わりだよっ!」
ここで初めてイオナが攻撃に転じた。
右の拳を振るったのである。
カッと見開いた目、少し上がった口角。
わずかながらにも戦いを楽しんでいる様子が垣間見えた。
そして元剣聖である俺の目でも残像が残るほどの右ストレート。
……あんなの子供に放っちゃダメでしょ。
「……な、にっ!?」
イオナの驚嘆する声。
仰け反っているのがやっとのラニアに対して、イオナが拳を振り抜いたはず。
しかしその攻撃は彼女に届かなかった。
「へへへ、イオナのことはよく知ってるのっ!」
そう、ラニアはイオナが放った右腕にガッツリ全身でしがみついていたのだ。
なるほど、アーゼルはこのことを知っていたのか。
そしてそのまま攻撃へうつる。
体の支持を両手のみにし、ラニアは両足で回し蹴りをかましていく。
獣族故なのかすごい身体能力だ。
「やってくれたね、ラニアっ!」
先ほど、右手しか使わないと断言したイオナ。
その肝心の右腕はラニアが巻き付くことによって封じられてしまった。
一見不利に見えるイオナの口元はなぜか不敵に笑みが溢れている。
水平に飛んでくる回し蹴り。
イオナはラニアが見せた以上の仰け反りにより、それを華麗に避けてみせる。
それから自身の右腕を乱暴に地面へ叩きつけた。
そう、ラニアごと。
「んぐ……っ!?」
見事イオナの右腕によって強打させられたラニアは、そのまま地面に大の字で横たわっている。
幸い息もしているので死んではいない。
しかしピクリとも動かず黒目が上転しているところ、しっかりと気絶しちゃってる。
「ふぃー。焦った焦ったぁ」
一方のイオナは頭をポリポリと掻いて、一仕事終えた満足感に浸りながら俺達へ歩みを寄せる。
「イオナさん、今日もラニアの相手をして下さってありがとうございました。良いところまでいったかと思いましたが、やはりまだまだのようですね」
「アーゼル、今回の策、お前の差金だろ?」
イオナはペコリと頭を下げたアーゼルにそう問い詰めた。
「えっと、なんのことでしょうか?」
「悪くない案だったよ」
「ラニアが起きたらそう伝えときますね」
「ふん、子供風情が謙遜なんてするもんじゃない。素直に褒められときゃいいんだよ」
そう言ってイオナはアーゼルの頭を乱暴に撫で回した。
「ありがとう、ございます」
アーゼルは慣れない口調でそう言うが、イオナの言葉をまっすぐに受け止めたという真摯な気持ちが俺には伝わってきた。
「ところで……」
と、イオナは突然話題が切り替えてきた。
「そこの新入り、お前何モンだい? ただのガキじゃあなさそうだけど」
えっとあの人俺に声かけたんだよな?
バッチリ目も合ってるし。
「えっと、ただの余所者ですけど」
とりあえず様子見。
軽めのジャブとして返答する。
「この陰の街ってのは、元々余所者の吹き溜まりみたいなもんだ。でもね、その中でもお前の強さは少し異質なものに感じる」
「……どうしてそう思うんですか?」
「そうさねぇ。まぁ老人の勘、といったところだ」
なんだ、勘かよ。
俺が元剣聖の本能で、只者ではないと思ったのと同様にイオナは俺のことをそう思ったってことか。
やはりこの人、実力が計り知れないな。
「私は今、不完全燃焼だ。ラニアが思った以上に面白い戦いを仕掛けてくれて久しぶりに胸が躍ったところ、早々にダウンしちまったからねぇ」
イオナはそう言い終えてから、チラリと俺を見る。
「つまり、なんでしょう?」
ちょっと嫌な予感がした。
動き足りないことをアピールしてから俺に視線を向ける。
きっとこの後のセリフに答えがあるのだろう。
「ガキ、相手しなっ!」
あぁ……やっぱり。
言うと思ってたわ。