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第34話 3年後


 俺がダストエンドに転移して3年。

 月日が経つのは本当に早いもので気づけば俺は8歳、つまりここへ来た当時のアーゼルと同じ年齢にまで成長してしまったのだ。

 しかしながら元々中身は40代なわけで、特段年齢に見合うよう頑張らなければとは思わない。

 初めから心が老けているのだから。


 この3年で変わったことはたくさんある。

 まずは仲間ができたこと。

 俺より6つも歳上の赤毛の女の子、マオは常日頃付きっきりで良くも悪くも傍から離れてくれない。


「さっ、エリアス様、休憩は終わりです。修行の続きをっ!」


 今日も今日とてこんな感じ。

 俺達アーゼル班はいつも通り資材集めをしてからイオナ家の裏庭で少し体を動かしているのだが、ここ3年はすっかりマオも馴染んでしまった。


「いや、もう今日は疲れたからやめない?」


「何をおっしゃいますか! まだまだ体を動かし足りませんっ!」


 そう言ってマオはムッと眉間に皺を寄せている。


 初めて会った時はもう少し野性味があった彼女だったが、この3年でえらく礼儀正しくなったもんだ。


 まぁマオいわく俺は将来、大きな権力を握る大組織のボスになるらしく、その右腕として今からそれに相応しい器を目指すんだとのこと。

 いや俺としては仕えてもらわなくても、仲間として一緒に居てくれたらいいんだけど、彼女が今の形を望んでいるのだから仕方なく受け入れている。


「エリアス、ボスであるアンタが側近のマオに体力で負けてどうすんだいっ! しっかり相手してやんな」


 壁に寄りかかり、腕を組んだイオナが偉そうに言葉を飛ばしてきた。

 まぁ実際、血狼騎士団元副団長だとか言っていたし偉かったんだろうけど。


「いや、まだボスと認めたわけじゃ……ってかイオナが相手してやってよ」


「バカかっ! 誰がアンタら化け物の戦いについていけるんだいっ! 老いぼれなめんじゃないよ!」


 イオナは俺達に向かって、シッシと虫を払う仕草で拒否感を伝えてきた。


 全く誰が老いぼれだよ。

 3年前の初勝負以降、手合わせで一度も勝ちを譲ったことがないくせに。

 どっちが化け物か分かったもんじゃない。


 ……って言ってもあの婆さん、一度決めたことは曲げないタイプだ。

 これ以上の説得は困難を極めるため、俺は作戦を変えることにした。


「ラニア……」


「もう戦えないのっ! エリアス、ラニアのこの姿を見て言っているのならとんだイカレ野郎なのっ!」


 彼女の言わんことは分かる。

 イオナとの手合わせで疲弊し、裏庭の端で座り込んでいるのだから。


「ラニア、そこまで言わなくてもいいじゃんか」


「エリアス、先に謝っておくけど僕も今日は無理かな。マオ相手じゃもう手も足も」


 同じく手合わせ終わりで座り込んでいるアーゼルが両手を上げ降参の意を示す。


「マジかよ、アーゼル」 


「ごめんよエリアス」


 まぁたしかにマオの強さは異常だ。

 それこそ3年前はラニアと同等レベル、アーゼルに対しては常に引けを取っていた。


 そりゃそう。

 俺の感覚だが、アーゼルは俺が戦った陰の牙の部下よりも実力は上、つまりD級冒険者レベル以上の実力を兼ね備えているのだ。


 しかしマオはこの3年で、そのアーゼルと肩を並べるほどに強くなった。

 ……いや、最近はマオの方が勝ち星をあげていた気がする。


 本当に恐ろしい戦闘センスだ。


 だが恐ろしいのはアーゼルも同じ。

 今の強さ比較はあくまで近接戦闘のみの話。

 アーゼルはエルフなので、本来は魔法系統に長けているはず。

 つまり底が知れないのだ。


 フィオラは兄を天才と言っていたが、今ならそう言っていた意味がよく分かる。

 しかもその近接戦闘においても軒並み急成長中なのだから、一体将来はどんな化け物になるのやら。


「エリアス様……」


 マオは肩を落とす。

 あまりに俺が修行を拒むものだからとショックを受けてしまったようだ。


 今年で14歳になった彼女は3年前よりも美しく成長し、パッと見20歳と言われても違和感がないほど。

 ボサボサだった赤毛も今は綺麗に整えているし、こりゃ外で生活すりゃ、引く手数多なほどモテるんじゃないかって思う。

 そんな彼女が捨てられた猫みたく寂しい目をしている。


 うん、可愛い。

 もう一度言うが可愛いのだ。


 しかし残念ながら内容が全くもって可愛くない。

 彼女が求めているのは俺との血肉湧き踊る戦い。

 研鑽に研鑽を重ねた先にあるさらなる高み。

 このダストエンドに戦闘民族が1人存在しているのである。


「分かったよ、マオ。だけど今日はこの後、集会があるんだ。ちょっとだけだぞ」


 するとマオの顔は一気にパッと明るくなった。


「エリアス様……っ!? だぁいすきっ!」


 さっきまでの振る舞いがまるでなかったかのような無邪気な笑顔。

 ……が一瞬で我に返り、恥ずかしそうに「です」とだけ付け加えた。

 いや、訂正すべき箇所は語尾かよって思ったが、まぁ彼女の言う大好きはおそらく恋愛的なものではなく、ボスとして的な意味だ。


 そんな無垢さを時折見せる彼女だけれど、結局いつも我に返って元の口調に戻る。

 もういっそ素のマオでいいのだが、それは彼女自身納得がいかないという。


 まぁマオが好きでやってるならいいか。

 と、俺はいつも思考を巡らせた末に辿り着いた結論で自己解決に至るのだ。



 その後少しだけ拳を交わし合って、俺達は集会所へ戻った。


 するとしばらくして『陰の牙』の部下達が入ってきた。

 そしていつもの如く今週の成果を出せという命令に俺達はそそくさと従っていく。


 そんな日々の光景、実は3年前とは大きく変わっている。

 すでに見慣れてしまっているため今となってはこの光景こそが正常なのだが、いざ3年前を振り返ると明確な違いがあるのだ。


 そう、それはヴォルガンの不在。

 2年程前、ヤツは唐突に姿を現さなくなった。

 そして以前下されていた厳正な罰、そんな子供達を苦しめていた所業すら今はもうない。

 つまり今ここで行われているのは、資材と食料の物々交換。

 そんな平和な取引だ。


 怪しい。

 何か裏があるはず。

 そう疑ってはいるが、肝心の証拠がない。


 俺自身3年前の約束通り、時々ヴォルガンの元へ召集されている。

 ただ飯を食いながら少し話して終わりの日もあれば、裏切り者やヴォルガンにとっての敵なんかと戦わされる日もあった。


 だがそれ以上のことは何もない。

 だからこそヤツの真意も全く分からないのが今の現状だ。


「おいおいおい先輩方よぉ。俺達ぁ主なわけだろ? なんで従者をもっとこう、いたぶったりしねぇんだ?」


 大人しくこの場を引こうとする部下達の中に、よく見ると一際チンピラ風を吹かしている青年がいた。


「おい、新入り! 今日は初日なんだから大人しくしておいてくれ!」


 部下の中でもリーダーっぽい中年が青年に対して、すかさず注意を飛ばす。


 そうか、どうりで見覚えのない顔だと思った。


「あぁん? なんだ、ボスが怖いのか先輩? 別に子供1人殺してもバレねぇよ」


「おい、ダメだって言ってるだろ!」


「邪魔だっ!」


 腕づくで止めにきた先輩をチンピラは全力で殴り飛ばした。


「この陰の牙って組織は実力主義って聞いてる。どうもつい最近入った新入りも実力で即No.2になったらしいしな。俺だってこの島に飛ばされる前は冒険者をやってた。しかもB級! 陰の牙へ入団を果たした時、ヴォルガンさんが言っていた。ここの部下の強さは大抵C級、D級冒険者がいいとこだって。つまりこの場で俺に勝てるヤツはいないわけだ」


 それを聞いた他の部下達は返す言葉もないのか、押し黙ってしまった。


 チンピラは愉しげにそう言い放った後、ぐるりと俺達1人1人に目を向けていく。

 そしてある1人を注視した。


「おっ! ガキばっかだと思ってたが、活きの良い女がいるじゃねぇか!」


 チンピラが威勢よく向かった先、そこにはリンがいた。


 彼女は今年で14歳。

 ちょうどマオと同い歳にあたる。


 リンに関してもこの3年で成長し、女性としての魅力がさらに増した。

 身長も伸び、スタイルも女性らしい凹凸のハッキリしたボディライン、体はしっかり大人である。

 だからこそあのチンピラが彼女に目を引いたのはよく分かるが、手は出しちゃいけない。

 やっぱりそういうのはお互いの同意がないといけないわけで。


「エリアス様、ここは正式な従者ではないアタシの出番ですねっ!」


 マオはこの現状の中、なぜか余裕の笑みを浮かべながら準備運動をしている。

 この子、すでにやる気満々なんだが。

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