「今回の遠征はどうしようかしらね……」
ソフィーさんがつぶやくように言う。
ソフィーさんが言っている遠征というのは、天使ちゃんスカウトの旅のことだ。今はガーランド伯爵から新人の軍人さんたちを借りている状態でなんとか日々をやりくりしている。だけど、正式な従業員を大量に雇用しなければお店が回らない状態なのは変わりないのだ。
「遠征の期間ですか? 長期間お店を空けられるとわたしとしても不安はありますが……それなりの期間、遠出が必要なんでしょう?」
お店の現場指揮だけならできるけれど、経営となれば話は別。さすがにそこまでは10歳のわたしには荷が重いよ。
「どうしても必要なことはお願いするけれど、なるべく負担がかからないようにするつもりよ」
もちろんできるだけのことはがんばりますよー。
できればそういう仕事も何人かの天使ちゃんたちと分散したいところですけどね。
「王都に滞在も考えると、期間的には……約1カ月というところかしらね」
「なるほど。1カ月ですね……」
なかなか長期間ですね。
途中の街や村にも寄るだろうし、往復でそれくらいはかかってしまうものかなー。
「食糧事情は気にしなくてよくなったから、それは本当に助かるわよ。比較的軽装でいけるし、食に関するメンバーを帯同させなくていいし、編成人数も最小でいいわね」
ガーランド伯爵から借り受けた『連動型アイテム収納ボックス』があれば、食糧問題は考慮しなくて良くなったに等しい。と、同時に、食料運搬のための人員や馬なども考えなくて良くなったわけだよね。
「便利ですねー。軍人さんたちはこんな良いものを使ってたなんて。もっと早く教えてくれればいいのにー」
「知ったところで高価すぎるし、そもそも民間には許可が下りなくて手には入らないのだけれどね」
ソフィーさんが苦笑する。
まあ、そうか。軍みたいに大人数でアイテムを共有しない限り、価格に見合うような価値は見いだせないよね。便利だけど、需要はそこまで大きくないということかな。
「それよりも、よ。どんな編成で遠征に行こうかしらね……」
「編成ですか? いつも遠征のメンバーが決まっているんですよね? そこから荷物持ちの人たちを減らしたらいいのでは?」
食料以外の荷物もアイテム収納ボックスで運べますからね。交渉と護衛のメンバーが数人いれば良さそうな気がします。
「基本的にはそれで行こうと思うのだけれど……」
ソフィーさんが言いよどむ。
何か引っかかっていることがありそう?
「いつも護衛としてエデンに帯同してもらってるのよね……」
「なるほど……」
エデンの戦闘スキルはいかにも護衛向きだ。
ソフィーさんがそばに置きたがるのもわかる。エデンは厨房向きでもホール向きでもないから、むしろそれが自然だよね。
「1カ月もお店を空けてしまうとなると、その間のローラーシューズショーは困るわよね……」
「そうですねー。3人のバランス……というよりも、今はお客様に顔を覚えていただく、ファンになっていただく時期でもありますからね……」
「そうよね……。今回は遠征から外れてもらったほうが良いかしらね」
ソフィーさんが少し不安そう。
合理的に言えばお店に残したほうが良いとは思う。でも、最近入ってくるニュースからすると、どうも物騒な話が多いんだよね。
街道沿いに強い魔物の出現報告が相次いでいる。しかも新種の魔物かもしれないといううわさが多く聞かれている状況。もし本当に新種の魔物が出現しているとなると、戦い慣れているソフィーさんでも苦戦する可能性があるわけで……。普段から一緒に組んでいるメンバーが欠けるのは、戦力的にも精神的にもあまりよろしくないと思う。
「ここは1つ、エデン自身の意見も聞いてみるのはどうでしょう? わたしたちで決めてしまうより、エデンの意見を尊重した形で決めたほうが良い気がします」
* * *
「というわけで、エデンくん。キミは今回の遠征についてどう思うかね?」
「どう、とは……」
エデンは、突然ソフィーさんの執務室に連れてこられて、居心地が悪そうにあたりを見回している。
「要約するとだね。ソフィーさんが『ローラーシューズショーと私とどっちが大事なの⁉』とおっしゃられているのだよ」
「ちょっとアリシア。言い方に悪意があるわよ……」
「それをボクが決めるのですか……」
「決めるってほど責任を押しつけるつもりはないって。どう思ってるのかなーってちょっと聞きたかっただけー。軽い気持ちで思ってることを言ってくれれば悪いようにはしないよ」
もちろんそこに強い希望がなければ、わたしたちが最終的に決断すればいいだけなのだから。
「それではあくまでボクの希望として。ローラーシューズショーの仕事は大切ですが、エリオットとセイヤーもいる。だけど遠征の護衛の筆頭はボクなので、そちらは代わりがいません」
「なるほど。ポジションの重要性の問題、と」
それはたしかにそう。
「それだけではなく……個人的な話になるのですが……」
エデンがわたしとソフィーさんの顔を交互に見比べる。
「いいよ、言ってみて」
「はい。同胞の情報を集めたい……」
なるほどね。
エデンが遠征に積極的なのはそういう理由があったのね。
「遠征、いきなさい。お店とショーのことはこっちで何とかするから」
絶対そのほうがいい。
雪女族のことを知るのは、エデンにとって、生きることと同じくらい重要なことなのだから。
「アリシア、それでいいのね?」
「はい、もちろんです。週末にはロイスも来てくれます。なんならマーちゃんにもレギュラー出演してもらえば、ローラーシューズショーはばっちりですよ!」
さて、とは言ったものの、エデンの抜ける穴をどう埋めていこうかなー。
はっ! エデンくん人形の出番⁉ ワイヤーアクションならお客様にもバレないか……?