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第32話 コスプレ茶会

「アッ、アッ、アッ……」


「お客様!? お客様!? おきゃくさまぁぁぁ!?」


 袴褶こしゅう姿で出迎えたら卒倒されるという一幕をした後、私は何とか正気を取り戻させたロウファ様を座席に着かせるという一大英雄詩になっても良い難事を達成した。


「ビックリしたわ……もうウチの子になったんじゃないかと……」


「いえ、東方を旅していた時がありまして、お出しするものに相応しいかと思ってこの服装にしたのですよ……」


 何やらちょっと怖ろしいことを宣うロウファ様をしっかり正気に戻してさしあげながら、私は冷や汗を拭った。


 ちょっとコスプレしただけで、この破壊力とは。ヒト種恐るべし。


 いやまぁ、たしかに猫カフェで猫がイヤイヤかぶり物させられている様は、いくらでもチュールをあげたくなる可愛さだったから、狙い通りといえば狙い通りかもしれないのだが、プライドの高い竜種の膝が地面を付くところなんて人生で一回でもお腹一杯なのに、二回目なんて正直見たくなかった。


 しかも、ただのコスプレが原因でなんて。


「えーと、そうだ、ロウファ様! 特別なご用意があるのですが!」


 仕切り直すように手を叩けば、彼女は未だに動悸が激しいらしい、主張も激しい豊かな胸に当てていた手をそのままに顔を上げた。


「特別?」


「はい。帝都にいては茶会では出てくる物が決まり切っているでしょう? ですから、この間の朝市でいいものを仕入れてきたんです」


 お値段は普段と異なりますが……と一言断ろうとしたが、その言葉は半ば食い気味に呑み込まれ、出してくれと頼まれてしまった。


 何と言うか、こう、商売として張り合いがあるようなないような、何とも微妙な気分にさせられるな。たしかに彼女のためだけに用意したのではあるんだけど、もっとこう、何が特別なのかとか、どう特別なのかとか聞いてくれてもいいじゃない。


 提案したのを完全に鵜呑みにされるばかりだと、ちょっと私の商才というより、ヒト種であることのアドバンテージだけで店を回しているようで、少しだがもにょっとした感じがあする。


 元より武器にするつもりで〝Haven of Rest〟を開いたのは事実だが、斯くも全肯定だとなぁ……。張り合いがないというか、折角勉強した商売の知識を活かせないというか。


「あらぁ、懐かしいわぁ。東方茶やねぇ」


「はい、故郷の味と香りで落ち着いていただけるかと。お茶請けには月餅をよういいたしました」


 色々な感情を飲み込んで用意したのは、東方茶の一式だった。


 コッチにも茶の木はあるため東西問わず広く愛されているのだが、今回用意したのは私の前世で馴染みがある烏龍茶や緑茶ではなく、白茶と呼ばれる高級品だ。


 限られた品種の限られた時期、それも柔らかい新芽からしかとれない逸品を大枚叩いて用意した。


 将来のお得意様価格でも銀貨が結構飛ぶような値段設定なのだが、このお方は〝チップ〟と称して金貨を押しつけて来かねないので、お支払いの時に念押ししておかねば。


「ただ私、コーヒーや緋茶を容れるのは慣れているのですが、東方茶は購入してから幾度か練習しただけなので、不手際があったら申し訳ありません」


「ええのんよぉ。西は作法だのなんだのやかましけど、コッチのはゆったりしたもので、楽しく味わえればええだけやから、細かいことなんて言わしませんよ」


「では、ご用意いたしますね」


 優しいお客様でよかった。たしかに帝国の茶は、それこそ前世の茶道並にマナーが厳しいのだけど、中国茶とよく似た東方茶は文献を調べても〝作り方指南〟はあっても、愉しむ時のマナーといった細かい注意はなかった。


 それだけ懐が深くて、親しまれた文化だということだろう。こっちでも茶の木は東方原産種だしな。


 用意した茶の一式は、すのこ形の天板がある二層構造の盆であり、その上に小さな急須や数種類の茶碗が用意されている。


 手順は然程変わらない。まず熱湯で茶壺と呼ばれる小さな急須を温めるのだが、直でこのまま注ぐのではなく、一旦茶海という別の容れ物に移してから注ぐため、茶壺を温めた湯をそのまま茶海に注いで冷えている茶器を温めるのだ。


 それから茶葉を専用の匙で掬って、茶壺にイン……せず、お客様のお目にかける。


 茶葉そのものの香りを楽しんでいただくだけではなく、使う物の品質を鑑定していただくのも楽しみ方の一つだそうだ。


「あらぁ、思いがけず良い茶葉やねぇ……白茶……それも白毫銀針シルバーニードルなんて、どこで手に入れたん」


「流しの隊商が貴族向けに持って来ていたのです。それを運良く滑り込みで手に入れました」


 最上級品の希少品種はお気に召したようで、にこにこと笑ってくれているから、それだけで朝早く起きて頑張って買ってきた甲斐がある。買い付けに来た貴族の使いっ走りと問答してまで手に入れたものだからな。


 私も自然と笑顔になって茶を茶壺に入れ、暖かい湯を注いだ。


 それから黒茶用のケトルで申し訳ないが、つつーっと湯を茶壺に注ぎかける。一見すると豪快すぎる所作だが、これにはこれで温度を更に維持する意味があるため作法には反していないのだ。そして、二層構造になっている盆は上からかけた湯を受け止めるために、このような構造をしている。


 そしてしばらく蒸してできあがった茶を、保温用の湯を棄てた茶海に注ぎ入れ、一杯目を背の高い茶碗に注いだ後……出すのではなく中身を捨てた。


 私の常識からするとナンデ!? となるのだが、一杯目は贅沢に香りだけを愉しむためにあるようで、聞香杯もんこうはいというそうだ。


 教わった時は嗅いでから呑んだらいいじゃないの? と思ったけれど、そうすると鼻を抜けて行く匂いが変わってしまうから駄目らしい。


「あらぁ? 用具からおもっとったんやけど、もっと北の方のやりかたやねぇ」


「えっ、そうなのですか?」


「東方言うても広いから。地域によってまちまちやよ。故郷やったら、こう、別の器があって聞香杯から移して、それも飲むのよ」


「これは失礼を……」


 いかん、リサーチ不足だった。私は傲っていたんのかもしれないと恥じ入ったが、顔を赤くすることだけは気合いで留める。


 そうだよな、東と行っても広い。帝国の植民地として奪い取られた所もあるが、本土はまだ独立しているし、広大な土地を保っている。風土毎に食事も違っていたのだから、茶の楽しみ方も異なって当然。


 私はもっとロウファ様のことを知っておくべきだった。こんなコスプレに浮かれるのではなく。


「ええのんよ。これはこれで楽しいし。ああ、ええ匂い……」


 受け容れてはくださったが、私は自分の至らなさを改めて自覚しつつ、せめて学んだものは手落ちのないように努力して茶を煎れた。


 ロウファ様は味がよい、風味がちゃんと活かされていると都度都度持ち上げてくださったが、それで満足してはいけない。


「ロウファ様、ご無礼でなければお話をお伺いしたいのですが」


「んー? ええよー? ヨシュアきゅんのお願いやったら何だって話そっか。くふふ、陛下がご執心の艶本作家まで教えてあげてもええよ」


 それは私の首が飛びそうだから勘弁してくれ。というか、流石は外務のお偉方。CIA的な組織を顎で使えるだけあって、皇帝陛下の個人的趣味まで丸裸とは。


 しかし、立場上仕方ないとはいえ、自分の臣下に性癖を知られているというのも難儀な仕事だなぁ、皇帝って。私なら寝台の下に隠している本の内容を具に理解されていたとあれば、相手を殺すか自分が死ぬかの二択になるぞ。


「では、ロウファ様のことを知りたいのです。好きな物、光景、楽しかった想い出。それをわたくしめと共有していただければ……」


 お客様と交流を図り、より好みを正確に把握しようと話題を切り出せば、ロウファ様の目が潤んだ。


 え? 何? 何なの?


「よ、ヨシュアきゅん、そんなに自分のことを知りたいって……」


「お、おもてなしのためですよ!? ネグローニカ伯!?」


「ロウファって呼んでええんよ! 様なんてつけんと! ううん、呼んで!!」


 感極まって手を握ってくるロウファ様に困惑しつつ、人造神格がNGを出していないので、これくらいのお触りは許容範囲なのかと自分でも受け容れた。


 ただ、グルゼフォーンが凄い顔をして――表情自体はいつもの鉄面皮なのだが――右手のメイン攻撃オプションをいつでも発動できるようにしているのがおっかない。


 私はそれから、お茶が冷めていくのを眺めながら、どうにかこうにか龍神を宥めて、彼女が気持ちよく自分語りをするように誘導するのであった…………。


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