硝子戸が開け放たれたバルコニーの向こうに広がる新月の闇。
砕いたオパールを撒き散らしたような星々の光が、ささやかに平等に地上に降り注ぐ中、バルコニーに立つ青年の短く揃えた銀の髪は、自ら光り輝いているようにすら見えた。
普段纏う鎧はおろか鎧下も脱いだ薄いチュニック越しに判る、細身ながら均整の取れた肢体に付いたしなやかな筋肉は、どこまでも鍛えられている。
そして彼は月光の騎士とも称えられているというそのきわめて整った顔立ちの中で、濃い青の瞳に薄氷のような色を浮かべていた。
美しくて、危うくて、今ではない場所を見ている、どこか人間ではないような。
――誰かがここに来たとして、私が彫像だと言えば、疑わないかもしれない。
彼の視線の先で立ち竦むヴィオレッタは、そう思った。
しかしたとえ彫像であっても、きっとどの年頃の娘も虜にしてしまうのだろう。
20代半ば過ぎか、年の頃ならそう変わらないだろうに、折れそうに細い四肢を修道服で覆い、深い藍の、色だけでなくかたちまで夜空のようにうねって広がってしまう髪をくくっただけの――おまけに爪の間をインクや顔料で染めた彼女とは、どこまでも対照的だ。
そう、あまりに対照的で接点など先日までなかったはずなのに、居心地の悪さも感じながらも、何故だかどこか懐かしく感じる。
その理由が自分のどこから来るものか、ヴィオレッタが思い出す前に青年は目元を綻ばせた。
そして薄くて形の良い唇が、まるで愛の言葉を囁くような甘い声を、夜の闇とバルコニーから続く写字塔の小部屋に響かせた。
「僕は二か月後に死ぬ。そして君はその二日後、僕に殺されるんだよ」
「……どうして」
張り付いた喉から出たヴィオレッタの疑問の声はとても小さかったが、彼は――シルヴェストリと名乗る神殿騎士は耳聡くそれを捉える。
というより短い関わりの中でも、今まで一言だって彼女の言葉を聞き逃したことはなかった。
「これは願いで、祈りだ。だから今死んでは駄目だよ、ヴィオ。僕の唯一、僕の金星、僕の女神。どうか生きて、」
たとえヴィオレッタでなくても、女性なら彼のどんなお願いでも受け入れてしまいそうになるくらいに彼は美しく儚げで。
切なげな声と眼差しはどこまでも甘くて、ヴィオレッタは目が逸らせなかった。
ああ美しさは暴力だと思う。特に自覚されていないそれは。
そして彼はどんな残酷な懇願でも注がれるままに飲み干してしまいそうなくらい、甘く続けた。
「必ず僕の死の二日後に殺されて欲しい」
――と。