受付嬢から受け取った地図とオートマッピング機能、あとはヴァイスを追った偵察用ドローンの情報を組み合わせることで、入り組んだ迷路のような水路でも迷うことなく研究所付近へと辿り着くことができた。
パッと見は曲がり角へ続く道なのだが、その暗闇の奥には国立研究機関への入り口があるはずだ。
騎士団でも入り口は極秘なのか、水路に見張りを立てると目立つからなのか、見張りはいない。
「入り口から乗り込む?」
「裏口はなさそうだね、じゃ行こう」
俺は前もって取得したパーク『ニンジャ』から『オンミツ2』を使用する。
すると足音や気配が消え、組織のメンバー――つまりクロバナさんまでもオンミツ2の恩恵が付与された。
「なにこれ、身体が軽い」
「俺のパークで低レベルの人間には、こちらから攻撃したり、目を合わせなければ見つかることはないはず」
それでも足音を殺しながら、研究施設へと潜入する。
研究施設内は思いのほかすんなり入れた。
白い壁に覆われて白衣の研究者が――なんて想像もしたが、中世ファンタジーの世界では科学が成長していないようで、大理石でできた清潔感のある廊下や部屋がいくつか並んでいる程度だった。
壁に規則正しくランタンがかけられており、明るさに困ることはなさそうた。
「誰もいなさそう」
「ハッタリが利いたならいいけど」
窓ガラスは無いようで、ドアから中を一つ一つ覗き見る。
各部屋の中は血だらけで包丁などが並んでいたり、想像以上にスプラッターな状況で俺は顔をしかめた。
「療養施設にしては、血なまぐさいか」
「アオは……!」
あまりの惨状にクロバナさんは足早に部屋を確認していく。
そのどれにも人の姿はない。
俺たちはさらに奥へ足を進めると、前を歩いていたクロバナさんが足を止めた。
「この瘴気は……?」
「まさか魔剣? クロバナさん」
「魔剣も瘴気の発生源の一つになりえるけど、本来、瘴気は魔族が支配する地域に溢れてるの」
「原因は分からないけど、急いだほうがいいってことか」
駆け出して角を曲がると、そこには剣を抜いた騎士がだらんと腕を垂らして立っていた。
何処か様子がおかしい、目の色は赤く、呼吸も荒い。
話しかけてみるべきか――やり過ごすか?
「シャドウクロウ!」
俺の思案はよそに、クロバナさんが先制攻撃を仕掛ける。
闇から生まれた爪が騎士を切り裂き、大きな声を上げることなく、地面へと倒れ、塵となって霧散する。
「瘴気に飲まれ、魔族化への適正すらなかった者の成れの果て、既に息絶えてる」
「分かった次は、躊躇しない」
更に歩みを進めていくと、散乱したベッドや壁に貼り付けられた鎖など、何に使ったか想像したくない器具たちが並んでいる。
「本当に酷い、あの時と一緒……」
クロバナさんが思い出すようにぽつりと呟いた。
ナレノハテとなった騎士たちを倒しながら、進むとなにやらガソゴソ聞こえる部屋があり、俺たちは中を伺う。
するとそこには研究資料のような紙類を集めている騎士の姿が見えた。
「誰だ、クソ、何故この研究所の秘密を知っている! そいつの一言でこの大惨事だぞ。しかも魔界化が進んでいる……あのガキども……何故このタイミングに!」
「――ヴァイス殿か」
クロバナさんの声に騎士が振り返ると、おかっぱの髪型で偉そうな男は、確かに聖剣使いのヴァイスである。
「く、黒の魔女――何故、ここにいる!」
「アオはどこ」
「ふん、貴様の妹など知ったことか、この惨状、まさか黒の魔女殿が指揮した暴動ではないか?」
「暴動?」
「貴様なのだろう、怪しげな手紙を我が家に置き、ガキどもの反乱を手引きしたのは」
「私じゃない」
「隠しても無駄だ。貴様達、色付きの魔女が一つの国に与しないことも知っている。契約の刻印を仕込まれ、命令されていた腹いせなのか!」
「腹いせなら直接やってる」
「どうかな魔女は人の魂すらも、もてあそぶ。だぁが副団長である私はここで死ぬ気もない、この資料を持って生き延びてやるのだ、退くがいい!」
ヴァイスは目を血走らせながら、腰の聖剣の柄へと手を当てる。
「その資料の中身によっては、逃がす気はない」
クロバナさんは魔法を放つ構えを行いつつ、ヴァイスを見据える。
「どうあがいても、契約の刻印があるお前は、私に危害を加えられん、便利だったが、散らせることで、ここは通させてもらう」
「くっ――」
クロバナさんは首筋を押さえて刻印の呪いが発動したことを確認しようとしたが、不思議そうな顔で首をかしげる。
その隙を見て俺は一歩前に出た。
「なら俺が相手だ」
「ぬ、無職のレベル1ではないか、弱者のくせに威勢だけは良いようだな」
ヴァイスは俺と問答する気はないのか、すぐさま聖剣を引き抜き、俺へと振り下ろす。
刀身は無く――振り下ろすと同時に蒼い刀身が現れ、鞭のようにしなっていく。
「俺の
ヴァイパーの名を冠して、聖剣とは微妙に不釣り合いだ。しかしその鞭のようにしなる聖剣は確かに厄介だが、俺を捕らえることは不可能というもの。
「サイバネティックを起動するまでもない」
パーク拳法5流水の型により、流れるような動きで鞭を避け、即座にハンドガンで手元に1発発砲すると、ヴァイスは初めての攻撃方法にたじろぎ聖剣を手放した。
「なっ!」
すかさずライトナイフを引き抜き、ヴァイスの背中から首筋に刀身を当てる。
「死角のない聖剣に頼りすぎて身体は鈍いようだね」
ヴァイスはレベル1に命を握られた事が信じられないようだった。
「こ、ころすな、俺は聖剣使いで、副団長だぞ、なんで、無職のレベル1なんかに――おかしい、おかしいだろう! ふ、は、ふははは」
若干、壊れ気味になってきてるな。
「クロバナさん、こいつの処遇は任せる、どうする」
「資料とこいつの聖剣だけ持ってこう、あとは放置。ナレノハテが徘徊する中、聖剣が無くなれば、生きていけるかは運次第」
「了解」
そう言ってヴァイスの近くに落ちている資料と刀身が消えた聖剣を回収して、俺たちはその場を後にする。
…━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━…
🌸次回:第16話 抱擁のアテナ――邂逅
…━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━…