歩きながら俺は資料に目を通す。
今更だが、言葉と文章が理解できるのは召喚された時の魔法か何かのおかげだろう。
「これは……この研究所では、魔剣を製造しているみたいだね」
「魔剣の製造……そんなことが可能なの?」
「ああ、聖剣の力を逆流させ、魔剣を製造し、人工的に魔族化を行い、使役することで、より大きな力を得る。要約するとそんな目的の場所らしい」
「それじゃ、アオは――!」
強く噛んだ歯ぎしりの音が、隣を歩く俺にも聞こえてくる。
「王都の奴らに半魔族化させられたってこと! 似たような人たちも沢山いるってことなの!」
「ああ、資料では大人になる前の人間が御しやすく、変化も行いやすいと書いている。数々の村で実験してきたようだ」
俺は次の資料をめくると、手書きで書かれた文書を見つける。
「そしてどうやら東の村に黒の魔女が踏み込んだら、魔剣で村ごと半魔族かさせる計画だったようだね」
「……くさってる、こいつら」
拳を強く握りながら、クロバナさんは壁を叩く。
おそらく今回の暴動は偶然の産物だ。魔剣化するための瘴気が研究所に漏れ出した結果なんだと推測される。
その結末は研究に携わった者たちが、ナレノハテとなってしまったのだろう。
「急ごう、アオさんを助けたらすぐに離脱しよう。これだけの騒ぎだ、きっと例の騎士団長もまだ近くにいるはずだ」
「分かった、けど――本当に許せない」
「ああ、そうだな」
クロバナさんの怒りをひしひしと感じながら、瘴気が強くなる方へと進む。
すると上へ進む階段が現れ、俺たちは急いで駆け上がった。
「城の裏にある騎士団の鍛錬場に続いてたのね」
「けど、事態は芳しくないようだ」
強い瘴気は薄紫となり、鍛錬場として使われている広いグランドを覆いつくしている。
その中央付近では、剣戟が響き合い、今まさに誰かが戦闘中のようだった。
「あそこの羽兜は、騎士団長のアテナか」
聖剣の力なのか彼女は瘴気の影響を受けずに、落ち着いて何かを振るっているように見える。
相対する者は猫背のシルエットで獣のように素早く、アテナとやり合っている。
「アオ!」
しっかりと姿を捕らえると、アオさんはまだ小学生高学年ほどの年齢に見える少女だった。髪は肩ほどであり、名前の通り空のように青い髪色だ。研究時の服なのか白いワンピースを着ていて、小柄な体からは想像もできないほど素手の一振りで、地面がえぐられる。
彼女の後ろ側には怯えたように固まっている10数名の子供たちの姿があった。同じ研究所の子供たちを守るために、アオさんは半魔族化の力でアテナと戦っているように見える。
「姉さん!」
アオはこちらに気が付いたのか、目が真っ赤に変化して魔族化していても、ぱあと明るい笑みを浮かべた。
クロバナさんはすぐに魔法を発動させ、アテナへと牽制の魔術を放つ。
「やっぱり騎士団へ攻撃できる」
「あ、やっぱ効果あったんだね」
俺も腰からライトブレードを抜いて構える。
「何故か分からないけど、俺が瘴気や魔剣の呪いの影響を受けないなら、同じ組織に入ってもらえば、俺の特性の影響を受けると思ったんだよね、だから刻印の呪いも無効化されたんじゃないかな」
「それなら!」
黒の魔女は次々と魔法を使用するが、アテナは全く気にすることもなく、手を振るうだけで全てがかき消される。
「つっ、やっぱり魔法はアイツの聖剣とは相性が悪すぎる――!」
クロバナさんは距離を取るように、俺の後方へと跳躍する。
「黒の魔女じゃない、その様子だと元気そうね?」
アテナは包容力のある優しいお姉さんのような声をこちらに投げかける。
途中、アオさんが隙を見ては空から爪で攻撃を仕掛けるが、それを見ずに何かで跳ね返す。
「私も聞いてないのだけれど、早急にここにいる子たちは誰も逃がすなって、王、直々の命令でね、少しだけ手が足りてないの、手伝ってくれる?」
「断る。この惨状、貴方は疑問を感じないの? それとも知ってて手をかしてるの?」
「二度目。私は知らないわ。でも王の命令だから……お仕事は『護らないと』ね。大丈夫、攻撃の手を休めてくれれば私も、あの子たちを『護る』から、ね」
羽兜の中では笑っているのか、悲しんでいるのか、話声は優しすぎてそれすらも分からない。
「どちらにしろ、黒の魔女では、私に触れることすらできないでしょう」
アテナは何も持っていない、いや、よく見ると腕のあたりに剣の柄を付けているように見える。それは時々、アオさんの攻撃を弾いている。
弾いた時の火花により、形が徐々に表れている。
「剣というよりは、盾じゃないか」
巨大な盾がアテナの腕についている。その守りの硬さが『抱擁のアテナ』の異名か。
その巨大な盾を振るうことで、俺のドローンすらも真っ二つにしたんだろう。
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🌸次回:第17話 記憶に残らないもの↓
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