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第17話「斬将、出陣」


「さて、覚悟しろよ、マグジール。あとはお前だけだ。」

「……………くそ!」


バフォロスを構え、歩み寄る俺を見てマグジールが後ずさる。

先程の大雪崩に呑まれてスノーゴーレムは一匹もいない。

あの様子を見るに、増援は無いと見ていいだろう。

鎖も出そうとして、そこでフレスに肩を掴まれ止められた。


「待て、アルシア。あとは私がやる。君は少し休め。」

「………いいのか?」

「ああ。大分魔力を使ってるだろうし、痛覚も繋げていたのだろう?あの程度なら私一人で充分だ。……借りも返さなければならないしな。」

「……そっか。なら任せた。」


そう言って俺は素直に引き下がり、代わりにフレスは鞘から剣を抜き放ち、マグジールと相対した。

一対一の勝負を手を抜いていると取ったのか、マグジールが怒りを滲ませた顔で吠える。


「ふざけるなよ、昔からそうやって手を抜きやがって!!」

「今回は抜いてねえよ。俺がいたら邪魔になるだけだ。そうだろ?」


ある程度距離を取ってフレスに問うと、それに応える様に彼は俺の視界から一瞬で姿を消し、マグジールの眼前でその姿を現しながら、手にした白刃を振り上げた。


「………………ぐっ!?」


マグジールはかろうじて手にした剣で防ぐも、その一撃の重さから顔を歪める。

防がれた刃越しにマグジールを見上げ、フレスは静かに冷ややかで、そして敵意に満ちた声を響かせた。


「一瞬たりとも気を抜くなよ、マグジール・ブレント。出来なければお前の首が宙を舞うだけだ。」




◆◆◆


フレスとマグジールが戦闘を開始して早数分。

戦闘は一方的という他無かった。

雪のように白い白刃が澄んだ音を立てながら、まるで猛禽類の猛攻の如く、敵対するマグジールを追い詰める。


「ぐ………っ、くそ!?」


一合打ち合えば、その後すぐに次の一撃、二撃、三撃とフレスの斬撃がマグジールを襲う。

その斬撃も直線かと思えば曲線、曲線かと思えば直線と、予測さえも許さない高速の連撃だ。

マグジールは無数の斬撃に身を刻まれながらもギリギリで持ち堪えるが、ジリジリと後退させられていく。

マグジールは要所要所で反撃をしようとはしているものの、その動きはすべて完封され不発に終わる。

それを見て、俺は呟く。


「まあ、当然の流れだな。」


穏やかでありながらも、いざ戦いとなれば苛烈な戦いを行う高位魔族、フレスベルグ。

彼は同胞であるフェンリルやニーザの様な派手な戦いは出来ない。

しないのではなく、出来ない。

彼の力、『斬撃』の権能は俺や彼女達の様に魔法としてばら撒くのには向いておらず、すべて剣術として使っている。

風を操りそれを武器とする事もあるが、それは稀だ。

自身の力を刃として振るい、敵対するものの全てを斬り伏せる。

それが彼が『斬将』、『斬翼』と呼ばれる由縁だ。


俺がマグジールとの戦いをフレスに任せたのも、魔力をかなり消費し疲弊していたからというのもあるが、一番の理由は一緒に戦ったところで彼の邪魔にしかならないからだ。

無理やりでしか魔法を使えないスノーヴェール雪山で、フレスベルグに勝てる者は現ファルゼアには存在しないだろう。


無数の斬撃を捌きながらマグジールが忌々しげに呻く。


「くそ、魔族の分際で人間の技を……!」

「口を開く暇があるなら得物に気を配る事だな。そら、片方貰うぞ。」


先程よりも早く、重たい一撃が繰り出され、鈍い音を立ててマグジールが左手に構えていたショートソードが半分のところで砕ける。


「馬鹿な……!?そんなあっけ……………がっ?!」


よほど強度の優れていた剣だったらしく、破壊された事に呆気に取られた様な顔を浮かべたが、それも束の間。

顔面に鞘尻の一撃を打ち込まれ、マグジールは大きく吹き飛ばされた。


「………はぁ、はぁ……っ!!」


よろめきながらも何とか立ち上がるも、マグジールに最早再び打ち合う程の余裕は無かった。

フレスも最早剣で戦う気など無いらしく、鞘に剣を収めると、右手を横に伸ばして指の間で何かを掴むように構える。

風が音を立てて彼の手に集まり、神力によって目に見える程、圧縮された風の短刀が指の間に4本、姿を現す。

フレスはそれを投げる為に腕を曲げるとマグジールは何が起きるのかを察したのだろう。

残った剣を両手で握り、迎え撃つ構えを取った。


風貫かざぬき。」


そう言うと同時に、フレスは風の短刀をマグジール目掛けて投げ放った。

風貫と呼ばれた短刀は干渉してくる龍脈の力さえも斬り裂いてマグジール目掛けて真っ直ぐ飛んでいく。


「この程度、払えないとでも思ったか!フレスベルグ!!」


マグジールは身体強化を自身に付与し、向かってくる短刀を剣で切り裂こうとした。だが…………、風貫は触れた剣がまるで無かったかのように易々と貫き、そのままマグジールの身体に触れるや否や、同じ様にその身体を貫いて、遠くにそびえる山肌に4つの大穴を作りその姿を消した。




◆◆◆


「あ………、ぁ、ぐぁああああああああ!!?」


身体を貫かれたマグジールの絶叫が響いているが、俺はそれを無視して風貫によって開いた山の4つの大穴を見て、ボソリと漏らす。


「普通、あんなもん人間に撃つかね………。」

「普通の人間には使わないさ。そう、普通の人間にはな。」

「……それもそうだな。」


フレスの言葉にそう返しながら、再び視線をマグジールに戻す。


「う、ぐ………っ、が見つからないだけでなく、この僕がこんな……!」


マグジールの絶叫は収まってはいるものの、その顔は激痛と怒りで歪んでいた。

普通の人間であれば死んでいるであろう攻撃を食らったにも関わらずだ。

そして、風貫が突き抜けた身体の穴は身体の内側から滲み出た黒い何かによってみるみる内に塞がり、傷口どころか着ている物さえも元通りに修復されていく。

まるで、そんな傷など無かったかのように。


「たしかに、普通の人間じゃないよな。アレは。」

「ああ。それに………、気になる事が2つ出来た。」


フレスはそう言ってマグジールに近付く。

相変わらず剣は抜いていないが、それは見た目だけだ。

向こうが動く気配を見せれば、彼はすぐにでもその剣を以てマグジールを両断するだろう。

風貫で貫かれヒビだらけの剣を構えながら、マグジールがまた後退する。

それにフレスは近づきながら、挑発するように問いかける。


「どうした、私の剣を受けて身体を元通りに出来るならまだ戦えるだろう?」

「うるさい…………、」


マグジールは短く返すが、その背中が何かに当たり止まる。

何かと思い振り向いたところで、マグジールの目が驚愕に見開かれた。

先程まで離れた位置で対峙していたフレスが背後にいたからだ。

彼は自身の技の一つ、高速歩法である縮地を用いて一瞬でマグジールの背後に回っていたのだ。


「………、くそ?!!」

「―――――斬響。」


反射的に剣を振り回すも、フレスはそれを神速の抜刀術で迎え撃ち、残りのマグジールの剣を破壊、その刃を喉元に突きつけた。


「1つ目。何故お前が今も生きている?」

「…………答えるつもりはない、と言ったら?」


刃を突き付けられたまま、マグジールは冷や汗を流しながら返すも、フレスは相変わらず穏やかな顔のまま、次の質問を口にした。

俺も気になっていた、ある単語について。


「2つ目。とは何だ?」

「…………………っ、」


突き付けられた刃先がマグジールの首に沿う形で当てられ、その顔が強張った。

返答次第では、あの白刃は間違いなくマグジールの首を刈り取るはずだ。

マグジールはその事実に逡巡した後、不敵に笑った。


「…………それは自分達で見つける事だな、高位魔族!もっとも、見付ける頃には既に手遅れだろうがね!!」

「………そうか。」


短く言った後、フレスの腕が高速で動き、マグジールの首が宙を舞った。

そして、不意打ちとばかりに舞った首と胴体から負の念がフレスを襲うように湧き出るも、彼は白翼剣陣を使って、その身体と首ごと全てを跡形もなく斬り伏せる。


「残念だよ。」


刃に付いた血を払い、鞘に剣を収めたフレスの動きに合わせて、スノーヴェール雪山の吹雪は戦いの跡を掻き消したのであった。

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