「さて……、悪神を倒すのにアダムとイヴ、それと主神達が動いた、というのは覚えていると思う」
確認の意味を込めた問いにアリスが頷く。
そんなアリスを見ながら、ロキは自らの力をアリスに注ぎ始めた。
彼女の内にある『槍』の力を完全に解放する為に……。
「悪神を封印した後、ファルゼアはひとまず平和となった。けれど、それとは別に事件が起きた」
「事件、ですか?」
「アダムとイヴの知己にして主神連盟の一角であるクロノスが神界に叛旗を翻したんだ。彼が大切にしていた人間を他の神に殺されて、ね」
「殺す?どうして……」
アリスは殆ど無意識にそう訊ねた。
そんな事をする意味が分からなかったからだ。
ロキはその質問を予想していたのか、作業を続けながら口を開く。
「恐れたから、だと思う。生物の負の念が集積されることで無もなき悪神という大災厄が生まれた。神界の神は感情を持っていなかったけど、唯一クロノスだけはアダム達やその子ども達と交流する事で感情を得た。彼ほどの力を持つ神が悪神の様に変質してしまう可能性を考えて殺したんだろうけど、その結果、クロノスは離反。神界は半壊、いくつかの神は機能停止。加えて、主神を初めとした複数の神の力を奪い去られる結果となった」
「じゃあ、その内の1人が…………」
「そう。君が内に持つ、主神オーディンから奪われた力の一部、『槍』と呼ばれる力だ。数年前、アルシアの覚醒が近付いた事によって気配を晒した聖杖に共鳴し、君の成長を阻害する形で力を表に出し始めた」
ロキが語る内容にアリスも心当たりはあった。
たしかに1、2年前から急に魔法が不安定になった。
そして、聖杖との共鳴とやらについても……。
マグジールを滅ぼす時に起きた、あの現象だ。
「……ロキさん。天蓋の大樹でマグジールを倒す時に、誰かの心が入ってくる感覚があったんです。アレは……」
「イヴの意思だろうね。それは」
「イヴの、意思………」
「全てのアーティファクトは意思を持ち、自ら担い手を選ぶ。君が持つ天聖具もそうだし、イヴの聖杖もそう。本人はとうの昔に死んでいるけど、その意思……魂の一部は聖杖に今も存在している。相手が悪神の一部という事で表に出てきたんだ」
「あれが……」
『終わったのです、とっくの昔に貴方は』
マグジール……いや、マグジールを操っていた者に向けて放たれた明確な拒絶の言葉をアリスは思い出す。
名前しか知らない、まったく知らない誰か。
だというのに、アリスはそうは思えなかった。
身体を貸した時に流れ込んできた記憶の一部や、自分が成長して大人になったらこうなるであろうその見た目に、妙な既視感を覚えたからだ。
「さて、これで昔話は終わりだ。そして、力の解放も……」
「っ?!」
ロキがそう言うと同時、ドクン、と大きく心臓が脈打ち、アリスは一瞬だけ気が遠のきかけ、荒く息を吐いて俯いた。
だが痛みは無く、不思議と満たされる感覚がある。
存在が曖昧な身体で大きな力を使ったロキは脂汗を滲ませながら戦う事を選んだ少女に告げる。
「悪神を滅ぼす為に担い手を求め、自ら旅を選んだ聖杖………。そして大規模侵攻時、槍の一族が命を賭けてまで守り抜いた『槍』の欠片……。二つの遺産を手にした一族の末裔、アリス・リアドール。君にその力の本当の名を伝える。その名は…………」