「アクロ──! 朝食の準備ができたよ──!」
ナナシがドア向こうから声をかける。
「服は着られたかい? 問題はない? 大丈夫だったかい?」
アクロは涙を
「大丈夫──! 今、開けるわ!」
扉を開けると、漂うチーズの良い香りが食欲を刺激した。
同時に二人、目が合う。
「あっ──ど……」
とっさに、アクロが顔を
「綺麗だよ──とっても……。やっぱり、アクロは素敵だ──」
アクロが顔を上げると、黄色い瞳は真っ直ぐ自身を見つめ、キラキラと輝いていて、心からの言葉だとすぐに理解出来た──。
「黒猫さんって、本当に素直ね……。あなた、絶対に嘘をつけなさそう!」
アクロは笑う──。
「ねぇ、黒猫さん──」
お腹を
「──私はとっても嬉しいのだけど──」
心の底から──。
「──あなた──それだと……苦労しそうね!」
──いつもこんな調子じゃ……いつか……本気で女性を
──そういえば……私──こんなに笑ったのって──いつ以来かしら……?
ナナシは、何が何だかよく分からないという表情──。
たが、アクロが楽しそうに笑っていると、何だか自分も楽しくなり、一緒に笑いだす──。
「あぁ……可笑しい! 黒猫さんったら……もぉ! 笑ったら、一気にお腹が減っちゃったわ……! 黒猫さん! 早く食事にしましょう!」
はにかんだ笑顔で──アクロはそっと……ナナシの腕を引く──。
ナナシは人々の悪意によって町から追い出され、長い時間を一人で生きる事になったが、結果──それ以上、悪意と関わる必要なく生きる事になった──。
見知らぬ世界への
ずっと──誰かと深く
その環境が──ナナシの心を、とても純粋な形に育て上げた──。
「ムウゥ……お腹いっぱい……」
アクロはベッドの上で
ナナシは、普段、小さなベッドで丸くなり寝ている身からすれば、大変、
朝食はお米に、森で
ナナシの一番の好物で、特別な時にしか食べない──。
今回は、アクロと出会えたお祝いだ──。
なれない量で、二人分よりも多く作り過ぎてしまった──。
しばらくゆっくりして──森が明るくなり始めた──。
「ねぇ、黒猫さん……私、外に出てみたいのだけれど……。あなたの暮らしを知りたいの、家の周りを案内してくれないかしら……?」
ナナシは腕を組み、不安そうな顔をする。
「心配しなくても……大丈夫よ! 私、もう歩けるから!」
本当は、歩くとまだ少し痛むのだが、これまで色々やって貰って、寝ている事は出来ない──。
アクロは何か手伝いたいと思う──。
「分かった……ちょっと待ってて──」
少し考えた後、ナナシは外から何かを持ってきた。
「これは──母さんの履いていた靴なんだ──」
縦に長く
「
アクロはベッドの上でうつ
「よし! 出来た! アクロ──ここに足を入れてみて……」
起き上がったアクロが足を通すと、厚みのある布がクッションになって、痛みを
「後は──足首のすき間に……布を……
見た目は
「うん! バッチリよ!」
アクロは
「ムウゥ……!」
これは
嬉しい時も、苦しい時も、涙を流す時にも出る
アクロはとても単純で──分かり
「さあ──! 出発よ──!」
「ごめんなさい……黒猫さん……」
ナナシに背負われるアクロ──。
「大丈夫──! 気にしないで──」
家を出た当初こそ自由に歩いていたアクロだが、やはりまだ足はかなり痛む様だ──。
「ムウゥ……」
調子に乗って──少し動き回った
「それより……ほら! 着いたよ!」
ナナシは最初に、家から少し離れた場所にあるスラムの中心へとアクロを案内した。
古い、
「これが──スラムの
ナナシが最近──建て直したのだ──。
真ん中に
「水は時々──ここで
ナナシは身振り手振りで説明する──。
「僕はいつも身体は布で
アクロはナナシの背中の上で、興味深そうに話を聞く──。
「それと……この先の──
さらに先に進むと、
「ここから……ここまでが畑で──季節ごとの野菜を育ててるよ──」
ナナシはアクロを背負ったまま、畑を
「すごい……」
畑はとても広く、アクロはたった一人でナナシが管理している事に驚き、小さく声が
「全てを同時にやっている訳じゃないよ……? ほら! あそこは今、芽が出てるだろ? でも、ここはもう一ヶ月待って……それから同じ物を植える。そこは違うものを……。ここはまだまだ先だね……。あそこは今は使って無いよ……」
アクロはもうお腹一杯になった──。
「黒猫さん……次へ行こう──」
次へ──。
「これが卵を生んでいる鶏だよ──」
次へ──。
「この辺りで動物を狩る事もあるよ──」
次──。
「……」
次──。
「……」
次──。
「……」
アクロはナナシの肩に
「ムウゥ……」
ナナシは楽しくなって連れ回し過ぎてしまい、反省する──。
「お昼だし……家に戻って食事にしようか……」
「黒猫さん──これは知ってる……? あのね……」
家に戻り、二人で昼食を食べながら、アクロはナナシに色々な外の世界の知識を教える。
ナナシはそれがとても楽しく、嬉しかった。
だが、話が盛り上がってきた頃、今度は空気が重くなっていく──。
アクロは自分の生い立ちや
「……」
小さな家で、二人は互いに顔を見合わせ、その表情はどちらも
「……」
ナナシは、アクロと自分の、生まれや
「……」
暫らく続いた
「黒猫さん……私──髪を切りたいのだけれど──」
「黒猫さん──切ってくれないかしら……?」
ナナシは机の引き出しから、母の使っていた洋服の