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第20話 水戸での再会

「それにしても久しぶりですな」

 向かい合う二人。敬忠の目の前には初老の品のよさそうな初老の男性が正座して、茶を勧める。

「そうですね。もう―――二年も前になりましょうか」

 敬忠は思い出す。藩の公務で当時水戸藩の江戸勤番で交渉した相手、それが今目の前にいる脇坂内蔵允良忠である。歳は数えで五十五。現代人なら働き盛りであるが、この世界ではもう老人の域に達しよう。

 同じく将軍家に近しい藩の重役ということもあったが、年齢の離れた敬忠に対して脇坂はまるで息子の面倒を見るようにあれこれと目をかけてくれた。その関係もあって他藩とはいえ、定期的な付き合いは欠かしていない。今回、瞬を連れて水戸藩までこれたのも彼の名前の存在が大きかった。

『お会いして相談したことがあります―――』

 その手紙に対して、水戸藩中老の署名で通行許可の一筆を返信してくれたのが彼である。

「先ほど挨拶した子を養子になされるか」

 無言で頷く敬忠。それに対して脇坂も頷く。

「仔細もあるのでしょうな。なんにしても若いのに苦労されている感じであった。その若さでお二人も養子をとられるというのも奇特ではあるが。まあ、人生もいろいろでしょうからな―――柳橋弾正殿ほどお若ければ、十分夫婦でもよろしい気がするが」

 意外な脇坂の一言に、不思議な気持ちになる敬忠。”令和”の記憶がよみがえる前からそういったことには何か淡白な敬忠であった。なくした妻も大事にはしていた。しかし―――

「ご相談というのは何かな?私にできることならばよいが」

 脇坂のほうから話を切り出す。それに応じた形で敬忠も話を始める。

 隠居してのち、ご政道にかかわらない形で窮理の道を歩んでいきたいと思ったこと。特に歴史に対してひとかどならぬ興味を持っているということ。

「そういった中で、貴藩の名君義公に強く興味を持ちまして―――」

 『義公』とは水戸二代藩主水戸光圀、”令和”では水戸黄門として知られる人物である。講談を通じて人口に膾炙するのはもう少し後の時代のことであった。

「それはうれしい限りですな。よろしい、取り計らいましょう」

 脇坂は満面の笑みを浮かべて、了解する。


 脇坂邸に客人として夜を明かした次の日、水戸藩の城のそばにある敬忠たちは屋敷にいざなわれる。先頭には脇坂。それを迎えるのは一人の中年の男性。

「初めてお会いいたします。当藩で図書奉行を仰せつかっております、石河将監と申します。藩祖義公様のことをお調べになりたいとこと、その気持ち藩士としてありがたく感じます―――こちらへ」

 誘われるままに、部屋へと移動する。

「瞬殿であったか、これもいい勉強であろう。ささ」

 気を利かせて、脇坂が促す。

 暗い部屋。棚がいくつも並び、その上には何やら束になったものが鎮座している。

「こちらは初代藩祖源威公の御代よりの史料が収められております。幕府の書物庫にも質量ともに見劣りはしないかと―――特に義公、水戸光圀公は文に明るく、所蔵の珍しい本もあれば公の書かれた文も尋常ではない量がありますゆえ―――」

 晴れがましく説明する図書奉行。

 恭しく礼をして、この部屋を自由に使わせてくれることに敬忠は感謝する。

 二人が去ったのち、敬忠は瞬に告げる。これから始まる、”水戸光圀のラーメンレシピ”を探す戦いが始まることを―――



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